前日譚8 一番失いたくないもの
今回、また別の人物の視点となり、再び前日譚に戻ります。男性陣最後と言えば…あの人視点です。
※多少、過激な描写が見られます。気分が悪くなられないよう、ご注意願います。
俺はあの時、本気でルルを失うかと思えば、怖かった。俺が庇った筈のルルが、急に意識を失くしたからだ。抱え込むルルから力が抜けて行き、支えているにも拘らず、彼女の身体が倒れそうになる。慌ててルルに呼び掛けてみたが、ルルからの返答は当然なく、俺の心は…不安で一杯になる。彼女を庇ったつもりだったのに、ルルまでも…蛇に噛みつかれたのだろうか…。
そうだとすれば、最悪だ…。俺が噛みつかれて痕が残っても、男性だから大丈夫だけれど、女性であるルルの身体には、蛇の噛み痕など…残したくない。そう思うのは勿論であり、本物の毒蛇かもしれないと思えば、ルルの命までが危ない…ということにもなる。
ルルが危ない…だと?……そんなこと、誰が許すものかっ!!…俺の視線の行き先は、ルルが倒れた原因となる、ヒロインを名乗る悪女の姿へと自然と辿り着き…。俺は思うままに動こうとして、誰かに腕を掴まれた。「樹っ!止めろ!」と岬が叫んでいたようだが、俺の頭の中には一切入って来なかった。俺は無意識に岬の手を無理矢理払い、悪女に近づき排除しようとしていたようである。
しかし直ぐに羽生崎教授にも押さえ込まれ、自分1人の力では振り払えなくなる。その時の俺は、悪女に向けて罵声を上げていたらしい。それでも悪女は、俺の様子を気にする素振りを見せ、俺が正常に落ち着いた後も、チラチラと俺の方を見ているようである。悪女がルルに向けた悪意が許せず、俺は完全に無視していたが。
これ以上、悪女に関わる気は一切ない。悪女と目線が合わされば、今度こそは…本気で襲いに行くだろう。それほど俺は、腸が煮え繰り返るくらいに、怒りが湧き上がっている。視線で殺しかねない勢いなんだよ、今の俺は…。
ルルはただ気を失っているだけだと、教授の婚約者である女医さんが診断してくれた。それでも…中々目覚めないルルに、気が気じゃない俺に対し、岬の手配した警察官達が漸く悪女を連行し、この場の全員が…ホッとしたのである。悪女は連行される最中も、俺に視線を送っていたようだが、俺が情けを掛けるとでも思っていたのか?…それとも、俺が悪女を許すとでも?
斎野宮家に移動して、教授と婚約者以外の全員は、我が家に来てもらう。俺は片時もルルから離れたくなくて、ルルの休んでいる部屋で居座ろうとしたら、真登里に説教されたよ。彼女は俺の生まれる前から斎野宮家に仕えており、俺の祖母のような存在だ。血の繋がった祖母は既に亡くなっており、俺は実の祖母のように慕っている。実際には主人の息子と使用人だから、そういう素振りは見せないが。
ルルが真登里に懐いてくれているのは、俺も非常に嬉しかった。俺とルルが結婚した後も、彼女を追い出したりはしないだろう。真登里は何時か、この家から去ることになる。だけど俺は、引退後も共に暮らしてほしい…と思っている。彼女に懐くルルならば、俺の意見に賛成してくれるに違いない。ルルは真登里の料理やお菓子が、大好きだからね。
乙女ゲーム通りになど、なって堪るものかっ!…俺は悪女を、徹底的に排除する。もう2度とルルや俺の前には、出て来られないように…。その為ならば、何だって遣るだろう…と。それが例え、人道的に認められない行為でも。ルルに2度と危害が加えられないのならば、俺は…鬼にでもなるのだろうな。
「…樹。お前があの女に、極刑を望むのは…理解出来る。だが、それは…あまりにも罪が重過ぎる。いくら斎野宮家の判断で、重い罪を与えられるとはいえ、極端な前例を作るのは、良くない。それにあの女には本心から、後悔させて遣りたいとは…思わないか?」
「確かに…その通りだ。真面に考えるならば、岬の考えが正しいとは、理解出来るよ。しかし今の俺は、そう簡単に切り替えることが出来ない。今回は単に、気を失うだけだったからいいが、これがもしも命に関わる事態だったらと思うと、自分でも怒りが抑えられそうに…ない。」
「そうか…。そうだよな…。俺も痛いほど、気持ちは…理解出来る。逆に俺がそういう立場でも、樹と同じような行動を取るだろうしな…。」
俺は一度、考えるのを放棄することにした。このまま考えていても、結論は変わりそうにない。俺も…今の自分の考えが、良くないとは理解している。ルルが目を覚ましてから、もう一度考えることにしよう。そう思いながら、ルルが休んでいる客間の扉を開れば、起き上がったルルと遭遇する。あの時と同様に…。以前、子供の頃のルルが熱を出して、ぶっ倒れた時と同じく。俺の頭の中では、小さかったルルが蘇って来ていた。懐かしい思い出と共に…。
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「私ね、いつきさんと仲良くすると、死んじゃうこともあるんだって~。だからね、仲良くしたくないんだよ、本当は。…あっ、でもね…。1つだけ、私が助かる方法があるんだよ~。それはねえ、『こんやくはき』すればいいんだって、麻衣沙ちゃんが言ってましたのよ。」
「………。僕と…仲良くすると、ルルが…死んじゃう?…『婚約破棄』すると、ルルが…助かるの?」
「うん!でもね、『こんやく』はダメなんだよ。『こんやくはき』しないと。」
「僕は…そんな酷いこと、出来ないよ。ルルは大事な……お友達だよ。そんなルルに、『婚約破棄』する為に『婚約』なんて出来ないよ。」
「あのね、『こんやく』はしなくていいんですの。『こんやく』は仲良くする為のものだもの。『こんやくはき』だけでいいんですの。」
「………。ルルは…僕のこと、そんなにも嫌い?…どうしたら、好きになって…もらえるの?」
「…?……え~と、いつきさんが、私に嫌なことをしないのなら、嫌いではないですの。いつきさんを好きになるかは分からないけど、私は…優しい人が好き。誰にでも優しくして、困っている人にも助けてあげて、絶対に…叩いたり殴ったり怒鳴ったりしない人!そういう人が好き!」
「……そうなんだね。…分かった。僕、将来はそういう人に…なるよ。頑張ってルルに認められるような、ルルを守れるような人になるから、僕が…ルルの好きなタイプになったら、僕のこと…嫌わないでくれる?」
「……うん…。それなら…いいよ!いつきさんのことは、本当は…怖かっただけだから、嫌いじゃなかったんだもの。分かってくれて、よかったあ~。」
「………。ごめんね、ルル……。」
頭の中に蘇って来た記憶は、今思い出しても、辛い…。しかし、漸くその理由が分かったよ。俺はルルより2歳年上だから、婚約と婚約破棄の意味は…理解出来ていた。婚約しないと婚約破棄は出来ないんだよ…と、突っ込みたかったけれどね…。ルルのご両親は優しい人達だから、絶対に叩いたり殴ったり怒鳴ったりしない人…と、ルルが言った時に変だなあ…と、感じていた。多分、前世に関係があるんだろう…。ルルの前世では、彼女の周りには…そういう人が居たのだろう。
そう思うと…居ても立っても居られなくなり、彼女に大股で近づいて無言のまま、ルルをギュッと抱き締める。彼女の身体が一瞬にして固まるのが分かったけれど、俺もまた彼女の身体を抱き締めながら、小刻みに震えていた。如何やらルルにも、その震えが伝わってしまったようだな…。彼女の緊張が、ゆっくりと解けて行く。
「…ルル……。良かった…。君も…蛇に噛まれたのかと……。毒蛇だったら、どうしようかと……。君を失うなんて、絶対に嫌だ!それぐらいならば、俺がどうにかなった方が、マシだよ……。」
彼女の耳元で、血を吐くような低い声で呟いたが、彼女は黙ってそのまま受け入れてくれていた。暫くそのままで居たけれど、彼女はハッと思い出したように、俺から身を離して俺の肩を凝視する。包帯で巻かれた状態の肩を見て、明らかにホッとしている彼女は、あの後の状況について訊いて来て。俺はルルをベットに座らせるようにして、俺も並んで隣に座り…。そして、ルルが気を失っている間のことを、詳しく説明したのである。
「樹さんはずっと…私との約束を、守ってくださっていたんですね…。私…今まで、樹さんに酷い態度を……。」
俺が説明を終えると、彼女は…昔の出来事を想い出したように、染み染みと…そう語る。俺が思い出した出来事と同じ真実を、俺に酷い態度を取ったと悲し気に…。俺は単にルルが大好きで、自分の力で守りたいと思い、行動しただけだったのに。婚約はしても、婚約破棄をするつもりはなかった…というのに。だけど…真実は伝えない。俺は彼女の口実を、利用する。ルルの気持ちを、手に入れる為にも…。
「……ルル、俺は君が大好きだよ、ずっと…。これまでもこれからも…永遠に。ルルが大学を卒業したら、俺と…結婚してくれるかな?」
俺は正式に彼女に向けて、プロポーズの言葉を口にした。ルルは驚いたような顔をしてから、目を伏せる。数秒経ってから再び目を開け、真っ直ぐに俺の顔を見つめて来て。これは……期待しても、良いだろうか…?
「……………はい…。」
「……っ!!……ああ!やっと…君を手に入れた!」
彼女は決意したように、それでも自信なさげに、俺の耳に届くかどうかの声で…応えて来て。…ああっ!…神様っ!…俺は、幸せ者だよ。俺は心の底からの歓喜を上げ、ルルを再度ギュッと抱き締めた後、彼女の唇に俺のそれを重ね…。真っ赤になりながら恥ずかしがっている、ルルが可愛過ぎて…。何度か、長めのキスもしてしまったよ…。
「……これ以上は、無理ですわっ!…ギブアップ、致します!これ以上は、ご勘弁を!」と、ルルに叫ばれてしまい……。うっ…。涙目のルルが、可愛すぎ…だろ。俺、我慢出来るかな…。
樹視点の前日譚です。丁度、ルルが気を失った事件からの裏側、となります。
本編でも、ルルが思い出していた記憶を、樹も同じく思い出していました。本篇には出て来ない裏側の話も、含まれています。ニヤニヤ…となる場面も。ルルは実際に、声に出していたようですね…。
※樹の言動に、少々暴力的な問題がありました。ご気分が悪くなられた方々には、大変申し訳ありません。




