前日譚6 俺のやり方で貴方を守る
今回は、また別の人物の視点となります。暫くこの人物視点が続きます。
「俺は本来なら、君にこんな事を頼めた筋合いではないんだが、ルルの為に…協力してほしい。」
あの日、あの人は…そう俺に頼みに来た。俺が、あの人の大事なものを奪わない、と知っているからだ。彼女を諦めているようなことを、俺があの人に伝えていなければ、きっと…俺を本気で蹴落として来ただろう。どんな手を使っても…。彼女が俺を本気で選ばない限り。いや、本気で選ばれたとしても、それ以前に…俺を蹴落とせばいいんだ。あの人なら…遣り兼ねない。そう、あの人…斎野宮先輩ならば。
「俺に何を、協力させたいんですか、斎野宮先輩?…貴方ならば、俺なんかが協力しなくとも、何でも…出来るでしょうに。何故、俺に頼むのですか?」
斎野宮家には、殆ど敵はいない筈だ。少なくとも…この国には。それなのに態々、俺に頭を下げて来るなんて、腹黒いこの人は…何を考えているのだろうか?…俺の家柄では…出来ないことはあれど、斎野宮家に出来ないことはないだろうに。
「この世界に転生者が存在することを、君は知っているのか?」
「…まあ、そのぐらいは。」
「ルルは…その転生者の1人だ。麻衣沙嬢も…。他にも、何人か居るようだ。」
「………。何故、そんな重要な事項を…。」
転生者の存在は知っていても、誰がそうなのかは…知られていない。それは…そうだろう。それなのに、この人は…何を言い出すのか……。婚約者が大事な筈のこの人が、何の目的で…こういう事情を、俺に態々…話すのだろうか?
「彼女達に依ると、この世界は…乙女ゲームの世界らしいのだ。そして、彼女達は皆…悪役令嬢キャラなのだと…。」
「………。」
…はあっ?!……乙女ゲームと悪役令嬢……。嫌な予感がする…。もしかしなくとも、そうなのだろうか…。俺達も、そのゲームに登場するとか…。あの瑠々華さんの様子を思い出す。そうとしか思えない態度に…。
「そして、俺も岬も君も…ヒロインの攻略対象らしい。然もヒロインは、あの…和田とか言う浪人生のようだが…。」
「………。」
嫌な予感が、当たったな…。あの頭がイカれた女が…ヒロインで、瑠々華さん達お嬢様が…悪役令嬢?!……何なんだよ、その乙女ゲームは。…というか、その乙女ゲームって、マジで…最悪だな。誰が作ったんだよ、そのゲームを。まさか…そいつも、こちらの世界からの転生者とか…なのか?
一応、斎野宮先輩からは一通り、ゲームの内容を詳しく聞くことが出来た。それに依ると、俺は…隠しキャラと言う存在で、前世の瑠々華さんと麻衣沙さんはゲームをクリア出来ず、隠しキャラが誰かなのかを知らなかったようだ。
なるほどね、そういうことか…。彼女達が唐突に、俺に興味を持ったのは…。漸く瑠々華さんの行動の意味が、全て理解出来そうだよ。彼女は間違いなく、俺を攻略対象として見ていたのだろう。彼女のあの余所余所しさは、そういう理由があったのだな。漸く、全ての疑問が解決したと同時に、何となくガックリと肩を落とした俺は。ショックだな…。彼女は…現実の俺と、ゲームの俺とを同一視していたのだろう。ゲームの俺を知っていたならば、別人なのだと…気付いてほしかった。
けれども、これで漸く…彼女を、吹っ切る切っ掛けが掴めた。彼女は俺を見ているようで、見ていなかったのだから…。俺は、俺だけを見てくれる人物を、見つけたいんだ。それでも、瑠々華さんと知り会えたことには、感謝している。彼女に会わなければ、俺は一生あのままの人生を、送っていたかもしれないからな。
1人の異性を好きになることがなく、1人の異性に惹かれることがないままで…。俺は誰かを好きになることを、一生知らなかったかもしれない。彼女には…そういう意味で、感謝しているんだよ。暫くは、苦い思い出になりそうだけどなあ…。
兎に角、斎野宮先輩の話を聞いた俺は、瑠々華さんに…いや、彼に…協力することにしたのだ。どうせ、元から俺も巻き込まれていたのなら、彼が言うように…俺達攻略対象とやらも、協力し合う方が手っ取り早い。あの…ヒロインとやらは、俺達全員に粉をかけているのだし…。一体、本命は誰なんだろうな?
乙女ゲームは良く知らないが、ギャルゲーならば多少なり知っている。まさかと思うが、まさか…全員と両想いになれると、本気で考えている訳では…ないよな?…あのお馬鹿なヒロインならば考えそうで、有り得そうである。あのヒロインに堕ちる攻略対象など、存在しているだろうか?…いや、いないだろう。誰も……。
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あの日、瑠々華さんが他の悪役令嬢キャラの女性達と共に、街を散策する予定だと斉野宮先輩から聞かされ、その待ち合わせ場所に俺も来るように…と、言われていた。彼女達がショッピングをしている間に、俺達攻略される側も集まろう…と、いうことになっていた。要するに、攻略対象同士も顔合わせをしよう、という訳である。
待ち合わせ場所に近づけば、男女が揉めているような声が聞こえ、人集りが出来ていた。近づいて覗き込めば、例のヒロインとされる女が居た。これが、イベントというヤツか…。ヒロインと揉めている男女2人が、矢倉くんと霧島さんなのだな。時々この街に遊びに来るようで、運悪くヒロインに捕まったみたいだな…。
ふと誰かの視線を感じた…と思えば、先輩達と共にいた瑠々華さんが、驚いたような表情で俺の方を見ていた。俺と目が合うだけで、不安そうな表情に変わり…。俺はその時、決意する。俺は彼女の隣で守れない代わりに、俺なりの遣り方で彼女を守ろう。この悪女・ヒロインの注意を、俺に向ける必要がある…と。
俺は瑠々華さんの横を通り過ぎ、悪女の前まで進み出た。すると悪女は、俺の姿を見た途端、驚いた顔をする。今度は俺に、媚びるような視線を向けて来た。彼女の外見の変わりように驚かされるが、おくびにも出さずに、俺は冷静に話し掛ける。
「君は、俺を追い回していたから、俺に気があるのかと思っていたのに、違っていたみたいだな。」
「……えっ?…徳樹さん?!……ち、違うわ!…いえ、そうじゃなく……。」
俺は先程まで、冷たい視線を悪女に向けていたが、今は…普段の爽やかな笑顔で、悪女に微笑む。まるで…悪女に気があるのだ…と、思わせぶりに振舞うのである。瑠々華さんらしき人物からの視線が、むず痒い…。彼女は絶対に、何か違う風に誤解しているんだろうな…。府に落ちんわ……。
俺はチラリと、先輩達に目線で合図をする。斎野宮先輩も篠里先輩も、俺と同様に合図を送って来た。如何やら俺の行動は、彼らのお気に召したようだ。他の周りのギャラリーや、攻略対象と思われる目の前の矢倉くんも、そして…瑠々華さん達の方に近づいた人物も、「趣味が悪いなあ…。」と言いたげな顔をしてくれるが、これは悪女をおびき寄せる、囮みたいなものだ。……趣味では断じてないっ!
目の前の悪女は、俺の先程の言動に、完全に気を良くして、嬉しそうに頬を染めていた。今日の悪女の見た目は決して悪くなく、こういう風に見れば、案外と可愛い容姿であるが、悪女の本性を知っている俺には、通用しない。悪女はまだ…気付いていなかった。目の前の悪女がどれだけ否定しようとも、攻略対象全員が揃っている状況では、八方美人な様子の悪女を見た、という大事な証言者となるのだ。
悪女の本命が今更、誰かとかはもう…関係ない。1人の本命に、絞れば良かったものを…。攻略対象のほぼ全員と恋愛なんて、欲張り過ぎである。この後は、悪女に何らかの制裁を与えられる、時間となるのだ。悪女には…地獄の時間であろう。
「兎に角、ここでは、目立ち過ぎているからね…。場所を変えて改めて、此処にいる皆と…じっくりと話をしようか?」
「………えっ?!…どうして…樹さんと岬さんも……。…えっ?!…あなたは…『教授』?!」
何時の間にか、斎野宮さんが俺の隣に並び、悪女と対峙する。悪女は一時的に驚いても、直ぐに嬉しそうな顔に変化した。馬鹿だよな…。場所を変えてこのメンバーで話合うのは、糾弾されると思わないのか?…本来ならば、恐怖心を感じる場面だが…。えっ?…羽生崎教授?…教授も攻略対象なのか……。ご足労おかけしたようですね……。
瑠々華さん達は、何も知らされていなかったようだな。少なくとも…ここにいる、悪役令嬢キャラの女性陣は、何も聞かされていなかったのか、4人共戸惑っている様子である。……先輩達。自分の婚約者達には、教えてあげても良かったんじゃないのかな…。
早々と場所を移動し、斎野宮先輩が有名な料亭の個室を貸し切り、ヒロインに断罪の場を急遽用意した。制裁される側の彼女は、オドオドしてもおかしくないのに、嬉しそうである。悪女は、根っからの馬鹿なのだろう。何故だか、瑠々華さん達が青くなっている。斎野宮先輩が俺に助けを求めた気持ちが、よく理解出来るな…。彼女はもう何年もずっと、こうして怯えて来たのだろう。
「この世界は、和田さんがよく知っている、乙女ゲームの世界ではなく、現実の世界だ。俺達は皆、生きている人間であり、ゲームのようなやり直しは…不可能なんだ。生きている俺達には、全てが現実であり、一度起きた出来事は、取り消すことは出来ない。瑠々華さんのように、死亡ルートが存在するならば、それが現実になってしまえば、もう二度と生き返らない、ゲームと違って…。」
「どうして…徳樹さんが……。乙女ゲームのことを…?」
俺がゲームのことを語り始めると、悪女は口をあんぐりと開け、ポカンとした間抜け面をしており、動揺した様子である。しかしその後、悪女の本性は腐り切っている…と、判明するとは…俺もまだ知らないことであった。
今回は隠しキャラこと、光条視点の『前日譚』でしたが、『前日譚1』も含め、本篇・番外編に限らず、隠しキャラから見た裏話となっています。
思いの外、長くなりました。残り部分は、次回の『後日譚1』に含まれます。




