番外⑤ 幼馴染周辺の観察日記②
今回は番外編なので、他の人物視点となります。副タイトルの①とは、
今回の②、これ以降の③となっても、同じ人物視点とは限りません。
ルル達が大学に入学してから、俺や岬に付き纏う人物がいる。その人物は、俺達が通う堀倉学園付属大の生徒ではないのに、堂々と侵入しては、俺や岬に絡んで来ていたらしい。その人物と初めて出会ったのは、俺が1人で食堂に来た、ある日のこと。その日はあまりの忙しさに、お昼時間に食事を取り損ねて、午後2時頃に食堂に行ったのだった。
そんな時間なので、利用している生徒は少なく、チラホラとしか席には座っていない。いつもは行列が出来ている、食事を注文する場所も、誰も並んでいない。俺は注文した食事を受け取り、食堂の中を横切ろうとして。俺の目の前に、1人の挙動不審の女性が現れた。彼女は、キョロキョロを何かを探すように見ていたが、俺の方を向くと、俺に声を掛けてもらいたそうに、上目遣いで俺を見て来たので、思わず…舌打ちしそうになる。
俺は正直、面倒なのに見つかったという気持であった。俺は大学に限らず、今まで女性には、極力…親切に対応して来た。本当は、色目を使う異性には、親切になどしたくないのだが。ルルが…そういう優しい人物を好むから、俺は彼女の望む人物になろうと、幼い頃にルルと約束したのだ。
だが、目の前の人物は、明らかに俺に的を絞っている、と思われた。然も…本能が告げるのだ、これはヤバい人物だと。だから、無視することにして、俺は反対方向に向きを変え、歩き出す。今は幸いにも授業中の時間であり、休講の生徒か若しくは、授業が終了した生徒しかいないし、昼食を取る時間ではない。つまり、どこでも席は空いている訳である。
然も、この女性は諦めが悪かった。「ちょ、ちょっと…待って。」と、慌てた様子で声を掛けて来る。俺は無視をし続けた。適当な場所で席に座れば、その女性も付いて来た。いつの間にか同じように、注文した食事のトレーを持ち。俺の前に平然と座ったのだ。俺が、許可を出してもいないのに。本当に何なのだ、この失礼過ぎる女は…。こんな女が、この大学に入学出来たのか?
この女は勝手に俺に付いて来て、勝手に前に座ったにも拘らず、俺のお陰だと言い始める。本当に…訳が分からない。何なのだ、この女…。よく見なくとも、この女の化粧も衣装も、ヤバかった。派手派手で上品さの欠片もない。化粧も、人相が変わる程分厚くしているようだ。元は悪くなさそうだが、そんなことを教えて遣る義理もないだろう。
その上この女は、性格が一番ヤバかった。人の言うことに、耳を傾けないタイプである。注意したところで、自分の都合の良いように捉える、そういうタイプであろうと思われた。一番厄介な性格の相手に、目をつけられたものだ…。
これでも俺は、斎野宮家の次期当主なんだ。人を見る時、見た目で誤魔化されない様にと、教育されて育っている。この女はヤバ過ぎる、と感じていた。今は、この女の情報が何もない以上、無視するしか方法がない。これで…もしも、何処かのご令嬢だとして、俺よりも格式がある家柄であれば、家族に迷惑を掛けることになってしまう。念には念を入れ、今は…こちらが大人しくして置くしかない。
俺が何も言わないのを良いことに、この女は喋りたいだけ喋り、俺に返事も求めない上、話す内容は、自画自賛と思われる内容ばかりで、ご令嬢の上品さが全く見られない。…本当に…どこかのご令嬢なのか?…ルルや麻衣沙嬢がお嬢様過ぎて、比較対象にはならないが。いや、それでも…何かがおかしい。これは、家に帰ってからと言わず、直ぐにでも調べる事案かも知れない…。
俺はなるべく手早く食事を済ませ、席を立つ。この女は話に夢中で、まだ殆ど食べていない。俺が去る時、「この食事、高かったのに~。奮発したから、ただでさえ少ないお小遣いが……。」とか聞こえたが、完全に無視して食堂から去る。お前が勝手にしたことだろ、俺は…知らん。そう心の中で呟いて。
岬にも連絡し、お互いの家の使用人に調べさせた。あの女の素性を。答えは直ぐに出るかと思われたが、難航した。その間に岬も被害に遭い、「何なのだ、あの女性は…。令嬢の片鱗も窺わせなかったぞ。」と。漸く素性が判明したが、何と…この大学の学生ではなく、現在浪人生であり、何処かのご令嬢でもなく、唯の一般市民であったのだ。何でそんな人物が、俺達の名前を知っているんだ。おかしいと思って調べても、その理由は分からず仕舞いで、暗礁に乗り上げた。
あの女は、いつどこに現れるか分からない。あろうことか、ルルを敵視していた。ルルの守りを、もっと強力にしなければ。俺がルルを守ると約束したのに、俺の不注意が原因で、あんな女に目を付けられるとは…。
こうして不審者である『和田 鮎莉』という名の人物は、俺と岬の中では要危険人物として、徹底的にマークされることになったのである。
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あの時、俺は…次の授業に遅れそうになって、急いでいた。近くの校舎の角を曲がった時に、1人の小柄な女性とぶつかってしまったのだ。当初は、ぶつかってしまって悪かった、という思いが強かったのだが、ぶつかった女性を見て、「ああ、これが樹が話す…例の不審な女性だな。」と気が付いた。
それと同時に、これは…態とぶつかったに違いないと、確信する。何故ならば、女性は俺を振り仰いだ時には、潤んで瞳で媚びた目線をしていたからだ。こういう視線は、何度も経験済みであり、俺も樹も直ぐに分かるんだよ。俺達を狙っている、女豹の目付きだと。
彼女の目的がはっきりせず、俺も岬もお手上げ状態であり、俺は一応無難な対応をすることにした。俺が拒否したことで、麻衣沙に何か遭っては不味い。だが、この女は…以外にしつこかった。樹の忠告通りの女だな…。まさか…俺まで標的にされているとは…な。一体、何が狙いなんだ?
受験には失敗しているが、女性はこの大学を受けている。だが、こういう風紀を乱す女性は、入学出来ても直ぐ退学になっただろうな…。案外知られていないことだが、この大学は…堀倉学園の高等部までの生徒を、何に於いても最優先しており、少しでもその生徒達に危害を加えれば、如何なる理由があろうとも、退学となってしまうのだ。
大学の施設に対して、内部生だけでは生徒が足りない為、外部から募集するだけである。堀倉学園の生徒達の家柄は、大企業や大富豪ばかりであり、当然だが…大事に扱わなくてはならない。要するに、通っている生徒の家柄が物を言う。それが堀倉学園の内部生に集中している、という訳である。大学の外部生の家柄が、全て劣る訳ではないのだが、一般的にはそうなのだから、仕方がない。
無事に遣り過ごしたつもりであったが、その後も女性は、何度も大学に潜り込んで来た。俺達に…というより、瑠々華さんに難癖をつけて来た女性は、樹が怒り狂って俺も賛同した為、一触即発の状態だった。女性の伯父さんという、予備校の経営者が遣って来て、嵐のように去って行ったのには、俺達も呆然としたのだが…。
その後、合宿先まで遣って来た女性には、正直ウンザリした…。お前、ストーカーだろ?…と、言いたいぐらいだな。ストーカーは主に、1人の異性に対して行う行為である。女性の行為は明らかに変であり、本当に…何がしたいんだか。合宿後は見かけなくなったが、俺達が付けた監視によれば、女性の伯父の監視が厳しくて、脱走しても直ぐに連れ戻されているらしい。まだ…当分は、油断が出来ないな。
樹も同じ考えらしく、瑠々華さんの護衛を強めていて、瑠々華さんの行動は、樹には…筒抜けなのである。逆に、彼女は未だに樹が苦手で、避けようとしているのが丸分かりであり…。婚約破棄をしたがっているけど、何故そんなに…樹を避けたいのだろうか…。樹のことが嫌いならば、理解出来るのだが。誰がどう見ても、樹を褒めているようにしか、見えないんだよな…。
女性とは関係ないことではあるが、先日の麻衣沙の事件には、俺も本気で…肝を冷やした。あの一件では、樹には感謝しきれないぐらいだ。抑々、樹が知らせてくれなければ、俺は知らずにいただろう。麻衣沙が泣きそうな顔で、俺を見つめていた時、怒りに任せて、男を打ちのめしていた俺は、しまった…と反省した。当初は、俺が怖いのかと思ったけれど、男に絡まれた時の恐怖が、後から遣って来たようである。嫌われたのかと思っていたから、ホッとしたよ…。
俺が淡々と、麻衣沙を見つけるまでの事実を告げていると、麻衣沙は…目に涙を浮かべていた。彼女を休ませるために入った店のウェットティッシュで、男に掴まれ赤くなった手首を、彼女は無意識に必死で拭いていた。泣いていることにも、気が付かずに…。これ以上拭うことで、赤くなるのを止めようと、俺は彼女の手をそっと掴んだのだが、彼女は本格的に泣き始めて。どうしていいのか分からず、取り敢えず抱き締めて背中を撫でていると、彼女は徐々に落ち着いて来て。
…そうか。彼女はずっと…演じていたのか。冷静なフリをして、我慢して来たんだな…。俺が…そうさせていたんだな…。済まない…。これからは、もっと距離を縮まるよ。ハッキリと俺の気持ちも、伝えるよう。麻衣沙に嫌われないよう、距離を保っていた俺が、馬鹿だった…。
これからは、婚約者としてではなく…俺自身が、彼女を守りたい。彼女がどう思おうとも、俺にとっての麻衣沙は、大切な人なんだから。麻衣沙に振り返ってもらえるように、俺も後悔しない生き方をしよう。俺が彼女を守る為に、そう決意して。
…麻衣沙、愛しているよ。これまでも…これからも…。
今回の番外編は、前半は樹視点で、後半は岬視点です。
今回はどちらも、ヒロインと出会った経緯について、語っております。
岬は、先日の麻衣沙が襲われた、その時の心境も語っておりまして。
彼から見れば、こういう心境だったというところです。
※前回の続きでなくて、申し訳ありません。次回は、前回の続きの予定です。




