第23話 イベントとは知らずに…
前回に引き続き、ダブル主人公の麻衣沙視点となります。
前回とは違い、今回はちょっとだけ…恋愛が進歩して?!
「何で、君が…謝るんだ?…君は謝るようなことは、何1つしていない。俺は…君を助けたかったから、助けただけなんだ。もしも、以前大学にも現れた和田という女性だったならば、俺は…助けていないだろう。」
この岬さんの言葉に、わたくしは思わず…息を呑み込みましたわ。ルルでしたら、「正規ヒロインなのに、彼女を助けないのですか?」…と、「何故、何故…」の攻撃をされることでしょう。ですが…わたくしも、今回に関しては、「何故?」と訊いてしまいそうでしたわ。岬さんが偶然、あの場所に…来られる訳が、ございませんもの…。
わたくしの疑問が、わたくしの顔に…出てしまいましたのでしょう。岬さんはフッと笑いを漏らされてから、わたくしの疑問に応えてくださいましたわ。今の…岬さんは、いつもの彼であり、柔らかい笑顔に戻られておられます。腹黒くない…岬さんに…。
「君の言いたいことは、分かっている。俺が、何でこんな場所にいるのか…だろう?…簡単な話だ。最初は、樹から聞いたんだ。如何やら、瑠々華さんと2人で出掛けたのに、出掛け先から瑠々華さんだけが…先に帰った、と。各自の家の車で出掛けたと聞いて、大丈夫だとは思ったんだが、何となく…嫌な予感がして、君の運転手に連絡を取ったんだ。しかし、麻衣沙が1人で街中に買物に行くと、車を降りたと聞いてね。これでも急いで来た。丁度俺も、樹の家から移動中に連絡入れたから、何とか間に合ったんだ…。」
彼はそう仰られますと、わたくしの手首をジッと見つめられます。先程、あのナンパ男に摑まれた箇所を…。わたくしの手にはまだ…薄っすらと、あの男の手の痕が残っておりました。単に…赤くなっているだけですが。それでも…まだ、掴まれた時の感触が残っております気がしまして、わたくしは無意識にこのお店のウェットティッシュで、ゴシゴシと拭っていたようでしたわ。
急に岬さんに手を掴まれ、ハッと致しまして彼を振り仰ぎましたけれども、何故か目の前に霧がかかったように霞んでしまって、彼のお顔がはっきりと見えません。どうしたのかしら?…そう思う矢先で、ポトンと大きな雨粒が自らの手に落ち…。
……いいえ。これは…わたくしの涙なの?…わたくし…泣いておりましたの?……岬さんの前で?……恥ずかしいですわ…。岬さんに…泣いているところを、見られてしまいましたのね…?
きっと…わたくしの緊張が、抜けきってしまって…あの時怖かった気持ちが、戻って来ましたのでしょう。泣いているわたくしは、身体が…小刻みに、揺れてもおりますから…。この震えは、泣いているから…ではございませんわね。間違いなく、あの時に感じておりました恐怖そのもの、という雰囲気ですもの。その証拠としまして、わたくしの身体の震えが…酷くなって参りまして……。
その時…ぎゅっと何かに、わたくしの身体が押し付けられ、包み込まれたような感じが致します。これは……岬さん自身?……わたくし、岬さんに…抱き締められましたの?…思わず、ビクッと身体が強張りましたけれど、彼がそっとわたくしの背中を、宥める様にゆっくりと撫でてくださいます。わたくしは…ポロポロと泣いておりましたが、涙が…溢れるように流れて来ます。息も苦しくなり、無意識に…彼のシャツを掴んで、嗚咽しておりました。もう、こうなりましたら、わたくしの感情が収まるまでは、泣き止まないことでしょう。嗚咽して泣いておりますのに、妙に頭の中は…冴えておりまして。前世は…覚えておりませんが、現世では泣いたことがございませんので、知りませんでしたわ。
岬さんは、わたくしが落ち着くまでずっと、背中を撫でてくださいました。恥ずか死ぬとは、こういう時のお言葉なのですね…。わたくし、今回は十分に…恥ずか死ねますわよ。選りにも選って…岬さんに見られてしまうなどとは、ルルが帰る頃までは、夢にも思いませんでしたわ。わたくしも、ルルのことを申します場合では、ございませんでしたわ…。
「岬さん、今日は…助けていただきまして、ありがとうございます。岬さんが…いらしてくださらなければ、わたくしは…もっと怖い思いを、しておりましたことでしょう…。今も…肩を貸していただきまして、ありがとうございました。」
「………。本当は、もっと早く…助けたかった。あの時、麻衣沙が連れて行かれそうになっているのを見て、頭の中が…真っ白になったんだ…。もし…遅れていたらと考えるだけで、腹の中が煮えくり返るぐらいに、頭から…血の気を失った…。樹が教えてくれなかったら、俺が…悪い予感がしなかったら、途中で…運転手に連絡しなかったら、っていう風に悪い方へばかり、考えてしまった…。」
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わたくしはやっと、彼に…お詫びではなく、お礼の言葉をお伝えしましたのよ。そう、やっとなのですわ。わたくし、どれだけ…強情なのでしょう…。そのようなわたくしの気持ちに対して、彼は…苦しそうにお顔を歪められ、あの時の気持ちを吐露されます。岬さんは、本当にわたくしのことを、こんなにも…心配してくださるのですね…。わたくし、疑ってばかりでしたのに…。こんなにも心配していただく資格など、ございませんのに…。
「麻衣沙が悪くないのは、分かっている。それでも、君が気を付けていれば、今回の事件は起きなかった筈だ。だから今後は…絶対に、1人で行動しないでくれ。もし、今回みたいに1人になりそうな時は、必ず…俺に連絡してほしい。俺は、君の婚約者だ。君は俺のことを、好きではないかもしれないが、それでも…俺は君が大事なんだ。」
「……岬…さん………。」
大事な婚約者として心配した…と仰る岬さんに、わたくしは…言葉に詰まりましたわ。わたくしは…最低な人間でしてよ…。彼のことを正式な婚約者として、今まで一度も見ておりませんでしたわ。わたくし、ルルには大丈夫だと申しておきながらも、わたくしも…ルルと同じようにしか、考えておりませんでしたのね…。岬さんを…ずっと避けておりましたのね…。
わたくしが自分を振り返り、しんみりと自分の行動に反省をしておりましたのよ。そして新たに、これからは…自分から岬さんに歩み寄って行こう、と決意致しまして。岬さんを信じよう、婚約者として岬さんを見よう、と決意しておりましたら、彼がわたくしの手を取られて。先程の赤くなった手首を、観察されるように…ジッと見つめられ。そして……彼は、とんでもない行動に…移されましたのよっ!
わたくしの手首を持ち上げられたか…と思いましたら、赤くなったそこに…彼の唇を、寄せられましたのよ!……ええっ!?……これは…キス?!…わたくしの手首に…キス…されましたの?!……チュッと…リップ音も聞こえましたのよ!
「………なっ!?……何を……?!」
「このぐらいしないと、麻衣沙には…振り向いてもらえないだろうからな。これで、嫌でも…意識してくれるよな?」
「……!?……っ…?!…………な、な、…なっ…?!」
今までは…このようなことなど、彼がわたくしに、無意味に触れることなどなく、前世も覚えがなく、現世でも…わたくしは免疫が全くございません。お陰で…相当なパニック状態と、なっておりましたわ。わたくしの顔には…熱が集まって来ておりまして、きっと…真っ赤っ赤に、なっておりますことでしょう。わたくしは金魚のように、口をパクパクと動かしますが、声が…出て参りませんのよ。出てくる音は、意味のない言葉の羅列ぐらいでして…。
…ええ!…意識しておりましてよ!…岬さんの…思惑通りでしてよ!…振り向くかどうかは、まだ…よく分かりませんけれども…。だって、わたくし、現世では…まだ、恋もしておりませんでしたのよ。今すぐには…分かりませんわ!
「…くっ…くくく…。麻衣沙って、案外と顔に出るんだな。今までは、自分で制御していた訳か…。そうさせていたのは、俺なんだろうな…。俺も…色々と制御して来たしな…。瑠々華さんみたいに、麻衣沙に…拒否されたくなかったから。」
「……っ!?………。」
「今までも、2人が何か隠しているのは、気付いていた。相談してほしかったけれど、君達は…秘密にしたがっていたから、気が付かないフリをしたんだ。樹も気付いていて、瑠々華さんに嫌われるかもしれない…と分かっていても、瑠々華さんを警護させているし…な。俺も…同じ気持ちだった。だけど、俺は…君には嫌われたくない。だからこそ、君から打ち明けて欲しい…と思っている。君が打ち明けられるようになるまで、俺は…待つよ。」
「………。」
…狡いですわ、岬さん……。岬さんの告白は、わたくしを更に…追い詰めておりましてよ。わたくしに拒否されたくない、とか…。わたくし達の秘密に気付かれていた、とか…。わたくしには嫌われたくない、とか…。これって、愛の告白…なのですの?…わたくしは、ルルみたいに鈍くない…と思っておりましたが、十分鈍いのでは……。自信が…失くなって参りましたわ。
…ん?…これ…よく考えましたら、岬さんルートのイベントでは?……えっ?!…わたくし、気が付かないうちに…岬さんルートを、攻略しておりましたの?!……彼のヒロインの代わりに…?……わたくしが……攻略?!………ええっ~~~!!
これでは…わたくし、ルルのことを申している場合では、ございませんわね……。わたくしも、ルルと全く同じ状態…では?……岬さんは何時から、わたくしを見ておられたのかしら?…わたくしは特に、岬さんに好かれるような行為を、しておりませんのに…。どうして…こうなったのかしら…ね……。
今回漸く、岬さんルートでのイベントであることに、麻衣沙も気が付きます。
麻衣沙が岬に、攻略されかかっておりますね。まだ麻衣沙が、そういう意味で意識していないので、ラブラブとは言えませんが。それでも、もしかしたら…ルルよりも先に、恋愛カップルになるのかも…?
 




