番外③ 俺が守りたいものは
今回は番外編の為、とある人物視点となります。
主人公との出会いでの裏話も、含まれております。
俺は子供の頃から気が付けば、誰からも褒められていた。物心ついたばかりの頃は、それが心地良くて嬉しく思っていた。しかし、段々とそれが上辺だけのことだと判断出来るようになると、嬉しく思わなくなって来る。頭が良いと、流石はあの斎野宮家の坊ちゃんだと、大人の男性達から褒められ、将又、可愛いとか顔が綺麗だと、大人の女性達から可愛がられ、そして同年代の女子からは、顔が好みだとかカッコイイからタイプだとか、斎野宮家の嫡男だから玉の輿になれるとか、そういう理由で言い寄って来られて、俺はそれが…嫌いだった。
誰もが、俺の外見しか見ていない。誰も…きちんと中身を見て、俺を判断してくれようとしない。だから俺も、万人に好かれる人物を演じることにした。中には、俺の外見に興味がない人物も居たけれど、俺も興味を持てなかったり、相手の人物を好きに慣れなかったりした。そんな時に、俺は…『ルル』と出会ったのである。
俺には、生まれて間もない時からの幼馴染が、居る。それが…岬であった。彼の家柄は我が家よりは落ちるけれど、それなりの名家ではある。どちらかと言えば、彼の家が俺の家とお近づきになりたいのだろうが、俺としても彼と仲良くするのは、色々と得があったのだ。彼の姉との婚約を申し出られた時にはうんざりしたが、向こうも俺には興味が無さそうだったので、丁重にお断りをして置いた。二度と言って来ないように、彼のお父君には、しっかりと釘を差しておいたのだが。そんな幼馴染の岬には、生まれてすぐに決められた婚約者が、居るという。
俺達が5歳になると、岬が定期的に婚約者に会いに行くようになり、俺は退屈していた。俺には他に、気軽に本性で接することの出来る、友達が居ない。ある日、俺は…岬に提案した。俺も一緒に、遊びに行きたいと。彼も余程…退屈していたようで、岬は2つ返事でOKしたのだった。
初めて岬の婚約者に会った時、第一印象は…お人形みたいな子だった。麻衣沙嬢は俺達より2つ年下で、岬の父親が婚姻で結びたいと思う程の、それなりの名家のお嬢様である。名家のお嬢様らしく、気品があって大人っぽくて、俺達より2つ下だとは思えなかった。しかし、俺は…惹かれるものを感じなかったが。
岬自身もその頃は、彼女のことを婚約者としては、見ていなかったようであるけれど、まだ子供の俺達には、理解出来ていなかったのだから、仕方がない。彼女は、確かに綺麗な子ではあるけれど、ただそれだけである。岬を見ていたら、親に決まられた人物とは、俺は…婚約したくなかった。俺の家柄の関係上、俺の家と同格の家柄の令嬢との婚約が、望まれるだろう。そうと分かっていても、親が決めるのだけは、避けたいと思っていた。
暫く間、岬と共に立木家に通っていたある日、まだ僕達が小学生になったばかりの頃、だったと思う。その日は立木家に、麻衣沙嬢の幼馴染で友人である少女が、遊びに来ていると聞いた瞬間、俺は正直うんざりした。挨拶して直ぐに帰ろうかと岬と話しながら向かっていると、立木家の庭園に楽しそうな笑い声が聞こえて来た。
笑い声が聞こえる方向を眺めれば、何と…あの無表情なご令嬢が、笑み崩れているではないか…。婚約者の岬ですら驚いたようで、目を見開いて固まった。俺は苦笑し、彼女達の方を再度見て……。心臓が、一瞬止まったような気がした。麻衣沙嬢の向かい側に座り、笑顔を振り撒いている少女を見て。
初めて会ったような気が、しなくて…。まるでずっと探していたような、そんな気さえしたのである。今思えば…きっと、俺の好みのタイプど真ん中だったのかな。笑顔が…可愛くて、目が離せなかった。しかし、麻衣沙嬢に紹介してもらった途端に、彼女の表情は…強張った表情に変わってしまって。俺達を見て、明らかに困惑している様子であり…。
「僕は、『篠里 岬』だ。よろしく、瑠々華さん。」
「……あっ…はい。…よろしくお願いします。」
「僕は、『斎野宮 樹』だよ。よろしくね、瑠々華ちゃん。」
「…斉野宮……樹…さん?………あっ…。」
岬が名乗った時、彼女は更に動揺し出し、俺が名乗った時には…恐怖を感じたような表情であった。何で…貴方達が、というような顔であったのだ。そして少女は…俺が誰だか理解した途端に、倒れてしまったのである。俺は…どうしていいのか、分からなかった。俺の顔を見れば、俺から声を掛けられることを望み、俺から声を掛ければ、顔を赤くしてモジモジと恥じらい、自分だけを見ろとでも言うように、俺に媚びを売って来る…そういう女子としか、会ったことがなかったのだ、俺は。
初めてだよ、こんなこと…。俺を初めて敬遠した少女に、俺は…初めて恋をした、というのに…。
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ルルが倒れた時、麻衣沙嬢は俺を睨んで来たけれど、彼女は少なくとも、ルルが俺を見て倒れた理由を、知っているようだった。あの時本当は、ルルを俺に紹介したくなかったんだと、それぐらいは俺にも理解できている。
倒れた少女は、名門と言われる藤野宮家のご令嬢で、『瑠々華』という名前の愛らしい少女であった。真っ直ぐな髪を伸ばし、リボンで後ろを少し纏めていて、フワフワした雰囲気の可愛い子である。見た目の年齢は…麻衣沙嬢よりも幼く感じた。こんな可愛い子ならば、何処かで会っていたら覚えている筈で、今日初めて会った筈なのに。彼女に怖がられたり、嫌われたりする…覚えが、全く…ないのである。それなのに、彼女は俺を…明らかに怖がっていたのだ。どうして…?
何とかルルと仲良くなりたくて、初めて関心を持った少女から嫌われたくなくて、必死にルルに向き合おうとしたのに、ルルはいつも俺から逃げてしまう。逃げ足が速くて、隠れるのが上手なルル。俺は見つけることが出来なくて、ガックリと肩を落としていたら、彼女は僕の前に現れて謝ってくれた。逃げてごめんなさい、と。
…そうか。彼女は、誰にでも優し過ぎるんだね…。それからはこの手を使って、彼女をおびき出している。何回同じ手を使っても、彼女は毎回引っかかってくれる。彼女のお人好しな部分は、俺には…心地良くて、更に惹かれていく俺は。自分でも不甲斐なくて、情けないと思うけれど…それでも、俺は…ルルを諦められない。
ある日、女子生徒がルルに意地悪をした。幸いにも、ルルが怪我した訳ではないのだが、ルルの私物を汚したのである。罰として女子生徒本人が、汚れを綺麗に落として元通りにするようにと、ルルがそう申し渡して、たったそれだけで済ませてしまったのだ。それぐらいの罰で済んだのだから、ルルには感謝してほしいよな…。俺は…我慢出来なくて、「2度目は…ないよ。」としっかり脅して置いたけれど。
この事件を切っ掛けに、俺は両親に、ルルとの婚約を申し出た。両親は、俺が婚約したい相手が、藤野花家の令嬢だと知ると、それはもう大喜びであった。藤野花家は、俺の家と大差ない程の家柄である。何故だかルルは、藤野花家がそれ程上位の家柄だとは、思っていないようだった。彼女自身も、何かと自信が持てないらしくて、あんなにも愛らしいのに、全くモテない容姿だと思っていて、成績も上位であるにも拘らず、彼女自身がよく理解していなかったのである。
俺は、そんな風に自信が無く、誰にでも優しい彼女を、自分の手で守りたくて、無理矢理に…婚約者になろうと、画策していた。俺の両親は喜んで、ルルのご両親に婚約を申し込んだ。しかし、ルルのご両親からの、最終的にはルル次第だという約束で、婚約出来たのである。要するに、成人する頃までに、ルルが他の誰かを好きになれば、その時は婚約を解除する、という仮の婚約であった。但し、彼女もご両親も、ルルには正式な婚約だと、伝えたということだったが。
ルルのご両親は、彼女の為の婚約を考えられていた。彼女には既に、沢山の婚約の申し込みがある。将来ルルには、幸せな結婚をしてほしい。その為の偽りの婚約でもあった。ルルが好きな俺ならば、ルルを守ってくれるだろうと。彼女に嘘を教えたのは、本当のことを知れば、嘘の下手な彼女の言動で、周りの人間に嘘だと見抜かれるからである。ルルが知らなければ、麻衣沙嬢や岬にも…バレないであろう。
知っているのは…俺と俺の両親、ルルのご両親だけ。俺としては、今は…嘘でも構わない。ルルは本物の婚約だと思っているし、俺も本物の婚約者として、彼女と共に居られるのならば、今は…何だって構わない。
そうして表向きは、正式な婚約者の俺とルルは。諦めたルルは、本気で逃げるのを止め、俺も追い掛けるのを止めた。2人っきりになるのを嫌がったから、なるべく4人…若しくは、麻衣沙嬢が居る状態の3人で、会うようにと配慮した。俺とルルの婚約が、周囲に周知されればされる程、俺はそれだけでも…良かったのだ。
ルル達が大学に入学した後、ルルだけではなく、麻衣沙嬢の様子もおかしいと、護衛に付けた使用人から、連絡が入る。大学には不審人物と思われる、おかしな女性が入り込み、俺も岬も絡まれたりした。ルルと麻衣沙嬢は、何かを知っている素振りで。何を、2人は隠しているのか…。俺達に知られては、不味いこと?
以前から、ルルが俺を敬遠する理由を、麻衣沙嬢は知っているようだ。一体、何が起ころうとしているのだ。…予想もつかない、あのバカ女は…誰なんだ。麻衣沙嬢も同様に、岬に肝心なことは…話していないようで。俺が麻衣沙嬢にも、警護を付けていなければ、どうなっていたのだろうか…。
俺は…ただ単に、ルルを守りたいだけなのに…。ルルは俺には、何も話してくれないなんて。これでは…守れるものも、守れないというのに…。
とある人物=樹でした。岬視点のものと、対になっています。
瑠々華が隠している事柄は、前世及び乙女ゲーム、についてですね。
何かを隠していること自体は、彼にはすっかりバレておりました…。




