月からの留学生
月からの留学生
「まだかな……」
「もう、ヒロキったら、少しは落ち着いたらどうなの?」
「だって、本物の『ルナリアン』だぜ?どんなだか早く会ってみたいよ」
さっきから子どもたちとプロジェクトの指揮者たちは、海上に浮かぶ巨大な船の甲板で、首が痛くなるほど上空を見上げていた。
ランデブーの時刻はそろそろだ。
空の彼方でチカっと何かが光った。
銀色の機体があっという間に近づいてくる。
「一度は引退したものだけれど、十分に活躍してるな」
それはスペースシャトルだった。何度でも再利用が可能な設計が買われて未来でも使われている。
それが、轟音と熱波と共に甲板に着陸した。
緊張の瞬間。シャトルの中から現れたのは大人ばかり。期待していた子どもたちはざわついた。
「月の学校から来ました。ケンです」
「同じく、キャシーです」
「二人とも、身体は大きいけれどまだ10代だよ」
「ええええっ?!」
月の重力は地球の6分の1だから、月で生まれ育ったルナリアンは身体がでかいのだ。
おっかなびっくりで地球の子どもたちは二人と握手を交わした。
「ようこそ。歓迎するよ」
「ありがとう」
一行はそこから巨大潜水艦に乗り込んだ。
温暖化で極の氷が溶けて、水位があがり、地上には住めなくなった。海中にいくつもの都市が建造されている。そこではいろんな人種が混在して暮らしている。
「植物プラントで栽培したお花です」
メイがひなげしの花をケンとキャシーに手渡した。
「ありがとう。月の植物プラントでもお花を栽培しているけれど、バラとかカーネーションとか限られた品種だけで、このお花は初めてです」
二人は嬉しそうに花を愛でた。
「植物プラントの見学は?」
「月の方が大規模なんだよ」
「ちぇっ、つまんないの」
ヒロキがぶつくさ言った。
数日前に地球の子どもたちだけでいろいろ見学したり、予備学習していたのだが、水耕栽培されているとうもろこしを生でも食べれると聞いて、かじりついたヒロキは、味がない!と騒いでみんなのひんしゅくをかった。「家畜用のとうもろこしだよ」と言われて大恥をかいたヒロキは、ルナリアンの二人に同じ目に合わせてやろうと密かに考えていたのだった。
「残念ね、ヒロキ」
一つ年上のカナがヒロキをからかった。
「よせやい!」
「月では家畜はどうしてるの?」
ユウがケンに聞いた。
「必要最小限の数だけ飼育して、食用の肉はその部位の細胞を動物から採取して、培養して肉塊にしてから食べてるよ」
「屠殺はしないんだね」
「無益な殺生はできないからね」
「地球では、山岳地帯に生活している人々が昔ながらの方法でやってるみたいだけど、海中都市では、月と似たりよったりだよ」
「へええ」
地球の子どもたちはルナリアンを案内して学校に連れて行った。
「ここでは、他の海中都市の学校と同じ時間に一斉に授業を行ったり、各自で興味のある分野のデバイスでの学習を行っているよ」
「一斉の授業って?」
「地球の天気やこれからの対処法なんかをニュース形式で見せるんだ」
「ふうん。月でもニュースは流れるけれど、いつも緊急時だなぁ」
「なんか、緊迫してるんだねぇ?」
「なにせ、基地の外は宇宙空間だからね」
子どもたちはそれぞれ物思いにふけった。
「宇宙空間……真空……ってどんなかな?」
「死と隣り合わせだよ」
ヒロキはぶるるい、と身震いした。
キンコーン!キンコーン!!
突然、非常時のチャイムが鳴った。
学校の巨大スクリーンが息を吹き返した。
地下十二階で外壁に亀裂が入った!
各階のシェルターを封鎖!
修理ロボットと人員は直ちに処理に向かうべし!
「これ、訓練?」
「いや。ここも壁の外は海水だからね、ある意味月の基地と似通っているかもしれないね」
巨大スクリーンに修理に向かう姿がライブで映された。
みんなは食い入るように画面に見入った。
サイバという青年が、耐圧ガラスの耐久性を試してやる!と叫んで地下十二階で騒いでいる数分前の映像が流れた。
「サイバは追放されるな」
大人たちが首をふりながらため息をついた。
「何をしていいか、いけないかの判断力を身に着けなければどこでだって生きていけないんだよ」
みんなは神妙な面持ちで聞いていた。
追放されてもサイバという青年なら心配なさそうだった。今までいろんなサバイバル訓練やゲームにのめり込んでいたから、きっと外の世界でも生き延びるだろう。どんな集団にも属せない者もいるのが現実だった。
「いろんなことがあったね」
「これからも僕らは友だちだよ」
ケンとキャシーが帰る時が来た。
「月へ帰っちゃう!」
「かぐや姫だ!」
「……なんだい?それ」
「日本の昔話だよ。竹の中から現れたかぐや姫は最後に月へ帰っちゃうんだ」
「だからか……」
「?」
「ぼくらの学校、『かぐや学校』っていうんだ。そこらへんにルーツがありそうだな」
ケンが腕時計型デバイスで調べながら言った。
「でも、今度は君たちがぼくらの学校へおいでよ」
「行くよ!必ず」
みんなは瞳をきらきらさせて言った。