009 サーラ・リビルキア
「ホッホッホッ! お見事お見事!!」
音もなく翼をはためかせゲイルロズと乃木さんが看板から降りてきた。
乃木さんはどこか気まずいように視線を逸らしているが
ゲイルロズは何の気なしに僕たちに微笑み賞賛を贈る。
「何人か死人が出るかもと思いましたが
まさか皆さん無傷で生還とはいやはや驚きました。」
「テメェクソ鳥、いい度胸してんじゃねえか!!!」
額に青筋を浮かべた金森さんが一度下ろした自転車を再度持ち上げ
怒りのままにゲイルロズに向かって投げつけた。
しかしゲイルロズは軽くその大きな翼を払い自転車を弾き落とす。
「ホッホッホッ仕方ありません。
私が優先すべきは司だけですので
皆さんのことは二の次三の次になってしまうのですよ。」
「ぶっ殺してやる!!」
金森さんは握り締めた拳をゲイルロズに振り下ろしたが
分厚い羽毛に拳は阻まれ、ボフッと鈍い音を立てただけだった。
悔しげに顔を歪ませた金森さんはその拳を何度もゲイルロズに叩きつけるがまったく効果はなく
そんな金森さんを細長く瞳を歪ませたゲイルロズが楽しそうに見つめている。
「金森くん、それに何を言っても無駄ですよ。構うだけ時間の無駄です。」
疲れた顔をした正立さんが額の汗を拭いながら金森さんそう言った。
この短い時間だけであのフクロウがどういうやつなのか僕にもなんとなく理解できた。
ものすごく嫌なやつなんだと。
いじめっこのように誰かにちょっかいをかけてその反応を楽しむだけの愉快犯だ。
そういうやつは無視するのが一番の対処法なんだと正立さんは言った。
「ホッホッホッ」
それが正解だというようにゲイルロズは笑う。
その反応も僕たちの神経を逆撫でるようでイラッとする。
「ところでそちらの玉のレディ、少し聞きたいことがあるのですがいいでしょうか」
『ん? 私? 聞きたいことってなに?』
愉快そうにふわふわと浮いていたサーラがその動きを止めゲイルロズのほうへ向き直る。
球体で顔もない彼女がそちらを向いたかどうかは僕には判断できなかったが
たぶんそっちを見ているんだろう。
「リビルキアの王女と名乗っていましたが、それはどちらのリビルキアでしょうか。
ズーローン? リテリオア? それとも群青でしょうか」
『・・・・・・あんた何言ってるの? リビルキアはリビルキアよ。』
「・・・・なるほどなるほど! 理解しましたありがとうございます。」
意図のわからない質問にゲイルロズ以外の全員が困惑した様子を見せるが
話はこれで終わりだと言うようにニッコリ笑ったゲイルロズは
事情を詳しく説明する気はなさそうだ。
楽しい気分だったのに水を差されたサーラは
ふわふわと僕のほうへと近寄ってくる。
それを受けるために手のひらを広げてやると
ポスっとそこに着地した。
『なんだか坊やといると落ち着くわ・・・・。
たぶんあんたが私の持ち主だからね。』
「えっと・・・・そうなんですか?」
『えぇそうよ。さっきは寝起きだったからわからなかったけど
今ならわかるわ、あなたは私の持ち主。私が守るべき人』
サーラはぽわぽわと淡く光りながら手のひらの上をコロコロと転がる。
確かにあの白い老人からもらったけれども
サーラはそれを誰に説明されるまでもなく感覚的に理解したのだという。
ふと思い出し、ポケットから残りの二つの玉を取り出しサーラと並べる。
「キミと一緒にこの二つももらったんだけど、なんでこっちは喋らないの?」
『さぁ? まだ寝てるんじゃないかしら。』
コロコロと転がり青い玉にコツンとぶつかるサーラ。
しかし青い玉はなんの反応も返さず静かにゆっくりと青い渦を巻くだけだった。
「こいつらもこの赤いのと同じように喋ったりすんのか?」
「きれい・・・。」
いつの間にかサヤちゃんを抱っこした金森さんが手のひらの上の玉を怪訝そうに見つめていた。
サヤちゃんも淡く光るサーラを見て目を輝かせている。
「サーラ様は仕事道具としてはどれに分類されるんですか? 魔具? 奴隷? 眷属?」
「お、王女様・・・? 本物なんですか?」
僕の後ろから正立さんと城ケ崎さんもサーラを覗き込む
正立さんは王女と名乗ったサーラを敬って様呼びしているが
食い気味に質問をしたところを見ると形式だけのようで
その目は心なしか好奇心に輝いているように見える。
城ケ崎さんは喋る玉の存在がいまだ信じられないのか懐疑的な視線を向けている。
「ねぇサーラ、僕もサーラ様って呼んだほうがいい?」
「これどっかにマイクでも仕込んであるんじゃねぇのか?」
「きれい・・・。」
「見た目だけなら魔具ですよね、でも喋っているし眷属・・・?」
「リビルキアってどこにある国なんですか? 聞いたことがないんですけど」
やいのやいのと攻めたてられたサーラはプルプルと小さく震えると
突然ピョンっと飛び上がった
『うるさーーーーーい!!!!』
僕たちの頭上まで飛び上がったサーラは
チカチカと鋭く点滅し怒りを表している。
『喋るならひとりずつ!! いっぺんに言われてもわからないわよ!!』
そう叫ぶとチカチカと点滅を繰り返しながら
ゆっくりと僕の手のひらまで下りてくる。
「ご、ごめんねサーラ。」
『ふん! わかればいいのよ。
それよりもまず私はあなたに聞かなきゃいけないことがあるわ』
「聞かなきゃいけないこと?」
『あなたの名前よ』
僕の目線の高さまで浮いたサーラは
チカチカとした点滅を止め、また淡く光りだした。
サーラは光の強弱で感情を表しているようだが
この淡く光るのは一体どんな感情を表しているんだろうか。
見ていると穏やかな気持ちになってくる優しい光り方から
友好の感情なんじゃないかと思う。
「僕は・・・僕は那谷勇哉。」
『そう、ナタニ・ユウヤこれから長い付き合いになると思うけどよろしくね。』
コツンとサーラが僕の額にぶつかる
サーラに触れている部分からじんわりと温もりを感じる
彼女を握っていたときはただの冷たいガラス玉だったけど
今はなぜか彼女の温もりを感じることができた。
心地よい温度に思わず目を伏せる。
僕を持ち主と言い守ると言ってくれたサーラ
その頼もしい温もりを感じ思わず涙がこみ上がる。
「うん・・・うん、よろしくねサーラ・・・。」
ぽわぽわと温かく光るサーラに思わず涙が零れた。
また泣き出した僕に他のみんなは苦笑いに近い微笑を浮かべる。
その時、遠くのほうでガシャンと何かが倒れるような音がし
全員が音のしたほうに振り向く。
「とりあえずここから移動しましょう。またあの赤ん坊が出てくるかもしれないから」
城ヶ崎さんがキョロキョロと辺りを見回しながらそう提案した。
言われて気付いた僕も辺りの路地へと目を向ける。
暗い路地の奥は真っ暗で何も見えない
そこからあの赤い赤ん坊が這い出てくるかと思うと恐怖で背筋が凍る。
僕たちはそそくさとバスターミナルへと戻ることにした。