006 自己紹介
「この街の消滅です。」
その場の空気が凍りつく。
サテュリオンが言ったことをすぐには理解できなかった、いや理解したくなかった。
街の消滅?意味がわからない。
「この裏世界にモンスターがポップする理由なのですが
彼らはこの裏世界の核であるコアを狙っています。
コアはこの裏世界を成り立たせるために不可欠な存在で
それを破壊されればこの裏世界は崩壊してしまいます。」
「そのコアはどこにあるんですか?」
「それは企業秘密です。堅牢な結界に守られているので破壊されることは絶対にありえませんが
この結界を維持するにもコストがかかるんですよね。
そのコストが皆さんに課せられているノルマになります。」
「つまり僕たちがモンスターを倒さなければ・・・。」
「結界が消えコアを守るものがなくなり
モンスターたちがコアを破壊して裏世界はボン!っと消滅するわけです。」
サテュリオンは握った拳をパッと広げヒラヒラと手を振る
それが裏世界の消滅の様だというように
「裏世界の消滅がどうして私たちの街の消滅につながるの・・・?」
「裏が消えれば表も引きずられるに決まってるじゃないですか。」
アハハと笑いながら軽く言うサテュリオンが憎らしい。
他の子供達も皆顔を青ざめさせている。
僕たちの結果如何でこの街が消滅するなど言われれば当然である。
のしかかるプレッシャーに押しつぶされそうだ。
「この仕事の期間は?まさか一生などと言いませんよね」
メガネの男の子がまたも手を上げずに質問する、彼も余裕がなくなってきたようだ。
「期間は一年間ですね。
一年あればモンスターのポップを止めることができるようになるので以降は結界が不要になります。
そしたらポイントも必要なくなってお仕事終了ーって感じです。」
「い、一年も……?」
思わず声が震える。
モンスターなんて呼ばれる化け物とこれから先一年も戦い続けろだなんて
しかもそれを拒めば僕たちの街が消滅してしまう……
絶望感にその場にへたり込んでしまう
目端に涙が滲み泣き出してしまいそうになる。
涙が溢れないようぐっと歯をかみしめるが噛み締めた歯も小刻みに震えてるためガチガチと情けない音を出すだけに終わった。
「テメェ!! ふざけるのも大概にしろよ!!!」
怒りを爆発させた金森さんがサテュリオンに向かって突進する。
固く握った拳をサテュリオンに向け振りかぶる
っがサテュリオンはそれを事もなさげにヒラリと躱した。
拳を躱されタタラを踏む金森さんにサテュリオンは足払いをし、地面に倒れ伏した金森さんの背中を踏みつけた。
「っぐ!!」
「はいはい、じゃあルール説明もこんなところで、自己紹介でもしましょうか。
じゃあ最初は座り込んで泣いてるそこのボクチャンから」
「え!? ぼ、僕ですか? ど、どうして?」
目端に溜まった涙を腕で拭いながら、どうして僕からなのか問う。
「理由なんか特にないですよ
あっ!じゃあここにきた後順ってことで!
はい! そこのベソかいてるボクチャン、名前と年齢と意気込みについてどーぞ!」
二パッと笑ったサテュリオンが促すように手を僕へ差し向ける。
突然自己紹介だなんて言われても咄嗟に言葉が出てこない。
この場の全員の視線を感じ、急に恥ずかしくなった僕は視線から逃れるように顔を伏せた。
「……那谷勇哉です、小5です。」
俯きながら簡潔に自己紹介をすると
サテュリオンが僕に歩み寄り、髪の毛を掴み顔を無理やり上げさせた。
「っ痛!?」
「自己紹介ですよね? 自分の紹介ですよね?
みんなに自分を覚えてもらうんですよね? やる気あるんですか?
ちゃんと顔上げてハキハキ喋らないとみなさんに失礼じゃありませんか?」
顔は笑っているが言葉の端々からサテュリオンの怒りが感じられた。
痛みと恐怖でまた頭が真っ白になり何も言い返せない。
ハクハクと口を開閉させるだけの僕に呆れを含ませたため息を吐くと、サテュリオンは僕の髪から手を離した。
「はーい、じゃあ次は私に踏まれて興奮してた思春期くん」
「興奮してねえ!!」
サテュリオンの足から解放された金森さんはうつ伏せから立ち上がり、また彼女へと殴りかかった。
サテュリオンはその拳を冷めた目で見つめたまま、今度は避けなかった。
ゴリッ
金森さんの拳はサテュリオンの顔面を捉え、
骨と肉がぶつかる音が響く
「ッ!!!??」
しかし苦悶の声を漏らしたのは殴られたサテュリオンではなく殴った金森さんのほうだった。
金森さんは拳を抑えたまま二歩三歩と後退し
何が起こったのかわからない顔でサテュリオンを凝視している。
殴られたサテュリオンは顔に傷一つつけず、冷めた瞳で金森さんを見続けている。
「一応仕事なので……」
ポツリと
「色々我慢してるんですが……」
サテュリオンが呟く
「そこらへん察してもらえませんか?」
無表情で、凍りつくような視線で、無感情な声で
「下等生物に時間を浪費させられることほど腹立たしいことはないんですよ」
ゾッと背筋が凍る
サテュリオンを中心に見えない何かが僕たちを貫いた。
冷たくて暗い、怖い何かが
ゆっくりとサテュリオンがこちらを振り向く
「ゴミはゴミらしく黙って言うこと聞いてればいいんだよ」
感情が抜けたサテュリオンと目が合った
そして気づいた
これは殺気なんだと……
「はい! っというわけで〜自己紹介どうぞ!」
パッと笑顔になったサテュリオンが僕にしたように金森さんに手を差し向ける。
僕と同じようにサテュリオンの殺気にあてられたらしい金森さんは脂汗を浮かべながら怯えた目でサテュリオンを見る。
「じ・こ・しょ・う・か・い」
「ッ!! 金森!! 金森伸也だ!!」
笑みを薄くし強調するように自己紹介を促された金森さんは慌てて名乗る。
「ちゅ……中学1年だ…」
「はい!よくできました〜」
パチパチと拍手をしたサテュリオンは次に爪を噛んでいた女の子へと手のひらを向ける
「じゃあ次は神経質そうなそこの彼女」
「ッヒ!!!」
ビクリと大きく肩を跳ねさせた女の子は、見ていて不憫になる程怯えている。
「・・・・。」
「城ヶ崎!! 城ヶ崎梨華です! 中学2年です!!」
スゥッと目を細めたサテュリオンを見て涙を浮かべながら必死に名乗った。
背中まで伸びた綺麗な黒髪の整った顔立ちをした少女は
不安を押し殺すように自身の爪を噛み続けている。
サテュリオンが恐ろしいのかそちらには絶対に視線を向けようとしていない。
「はいはい、じゃあ次はそこの………おや?」
サテュリオンがそちらに視線を向け首を傾げた。
視線の先には立ったままこっくりこっくりと大きく船を漕いでいる男の子がいた。
パジャマ姿に真っ赤な布をスーパーヒーローのように首に括り付けた男の子はフラフラとしながらもなんとか立っているような状態だ。
僕よりも小さいので多分年下の男の子だと思う。
サテュリオンが近づき、男の子の前で手を左右に振る。
「あぁ〜ダメですねこの子、もう完璧におねむモードですよ。」
頬を引っ張ったりしてみるも起きる様子がない男の子にサテュリオンはため息を吐く。
サテュリオンは男の子を抱き寄せると、優しくポンポンと背中を叩く。
男の子は糸が切れたように体から力を抜きサテュリオンにもたれかかる。
完全に寝入ってしまった男の子をその場に寝かせると、サテュリオンは仕方ないかと呟き立ち上がる。
「では次はそこのフクロウを連れたお嬢さん?」
フクロウの足元にスッポリと収まっていた女の子が鋭い目つきでサテュリオンを睨む。
「乃木司、小学6年よ。よろしくねおばさん」
「お、おばっ!?」
肩口まで伸びた黒髪の目つきの鋭い少女は挑発的な表情でサテュリオンを煽る。
おばさん呼ばわりされたサテュリオンは頬を引きつらせ額に青筋が浮かんでいる。
思わずヒッと悲鳴を漏らしてしまう。
先ほどまでのサテュリオンの様子を見ておきながら、なぜこの少女はそんな態度が取れるのか。
「ホッホッホッ! 司は大変好戦的でして申し訳ない。
私はフレズベルク様の10翼が1翼、音切り羽のゲイルロズと申します。
以後お見知り置きを」
睨み合うサテュリオンと乃木さんの間にフクロウが割り込み朗らかに自己紹介をした。
片翼だけで僕が三人は収まりそうな大きな翼を広げ
片方だけ胸の前に持ってくるとゆっくりとお辞儀をした。
フクロウなのにとても礼儀正しいと感心してしまう。
「ふれす……フレズベルク……あぁ屍肉漁りですか。それはそれはご丁寧にどうも」
「フフフ、言うじゃないですか阿婆擦れ。」
視線を乃木さんからゲイルロズに変えたサテュリオンは満面の笑みで毒を吐いた。
それを受けたゲイルロズも大きな目を細め笑いながらサテュリオンを貶す。
険悪な空気が二人の間に漂い
しばらく睨み合うとプイッとサテュリオンが顔を逸らした。
「あーあー、これだから眷属 って嫌なんですよ
無駄にプライド高くて口も回るからイライラします。
もうさっさと次いきましょう。」
最後に残ったメガネをかけた男の子に全員の視線が集まる。
「正立学、中3です。よろしく。」
言葉短めに名乗った正立さんは
短く切りそろえた髪と綺麗にアイロンのかかったシャツと、シワひとつないズボンをキチッと着こなし
全身から漂う雰囲気から彼が真面目な人間なんだと察することができる。
うちのクラス委員長に似ていて少し近寄りがたい。
「若干一名できませんでしたが、これで全員の自己紹介が終わりましたね」
サテュリオンは一仕事終えたように肩と首をまわし、僕たちから少し離れたところへと歩いていく。
「では私の今日の役目はこれで終わりですので、あとは皆さん頑張ってお仕事してくださいね。」
気怠げに僕たちに手を振るサテュリオンが周囲の空間ごと
まるで本のページをめくるようにペラリと裏返りその場から突然消えてしまった。
唖然としている僕と違い、他のみんなは特に動揺していないように見える
「え……あ? 消え………え???」
「そう、あなたは最後に来たから知らないのよね。
あなたが来た時もあんな感じで何もないところがめくれて現れたのよ。」
混乱している僕に城ヶ崎さんがそう教えてくれた。
ここに来るときのワープみたいなのは、外から見るとあんな風になってたのかと一人納得した。
会話の主導を握っていたサテュリオンがいなくなったことで、その場に沈黙が降りた。
誰もがなんと切り出せばいいのかわからずお互いの顔色を伺い続ける。
その状況に業を煮やした金森さんが大きく舌打ちをした。
「っで勝手に放り出されたけどよ、これからどうするよ。」
答えを持たない僕は胸元を握りしめ、ただ黙りこくることしかできなかった。