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031 遺言

まず感じたのは息苦しさと引き攣るように痛む喉と肺だった。

酸素を求めて口を開くがむせ返るだけでうまく空気を吸うことができない


『ユウヤ! ユウヤよかった! 生きてた!』


僕の頭上をクルクル飛び回るサーラを横目にあたりを見渡す。


どうやら僕はどこかのビルの一室に寝かされていたらしい。

お腹の痛みを堪えながら起き上がると僕の下には金森さんの学ランが敷かれていた。


「ゲホッ・・・・サーラ、みんなは?」


『無理して喋らないで、起き上がるのもなしよ。』


サーラが僕の額を押しせっかく起き上がらせた体を寝かせる。

痛みの激しいお腹に手を触れてみると、僕の手は真っ赤に染まった。

正立さんが応急処置をしてくれたようだったけど、あまり効果はなかったようだ。


『それよりもユウヤ! 早く私に命令して!! カナモリとサヤが危ないの!』


「ちょ、ちょっと……落ち着いて」


切羽詰まるように僕に命令するように言うサーラ。

こんなにも慌ててる彼女を見るのは初めてだ。

この場に僕とサーラしかいないことに関係しているんだろう。

多分みんなは僕たちを置いてモンスターと戦っているのだ。


「わかったよサーラ……我願う……」


僕が呪文を唱えようとしたその時、暗がりの向こうからカチャリと何かの足音が聞こえた。

思わず呪文を止めそちらに振り返る。


『来た……』


サーラが声を潜めてそう言った。

何が来たのかわからずそのまま暗がりを見つめ続ける。

カチャカチャと軽快な足音はこちらへ向かって真っ直ぐ歩いてきている。


『ユウヤ! はやく!! 命令を!!』


「ッ!! ゲホッ! 我願うッ……は原初の炎……」


悲鳴に近いサーラの言葉にお腹の痛みを堪えながら呪文を唱えるが喋るたびに走る激痛がそれを邪魔する。

その声を聞いた暗闇の足音は今までのゆったりとした足取りをやめ一気に駆け寄ってきた。

チャチャチャっと何かを引っ掻くような足音と共に暗がりから影が飛び出してきた。


「ッ!! サーラ!! 燃やして!!」


しかしその姿をちゃんと捉えるよりも先にサーラの炎が影を襲った。

呪文を途中で省略したからかいつもより小さく弱い炎だった。

だがそれでも影を怯ませダメージを与えられたようで、炎の勢いに押された影は部屋の隅へと吹き飛んでいく。


『ユウヤ! もう一度!! 早く!!』


「ッ!! 我願うは原初の炎!! リビルキアの炎の象徴たるサーラを手繰り!! 這い寄る魔を破壊せよ。原初の炎(サーラ)!!!」


一息に呪文を唱えるとサーラから大きな炎が吹き出し、部屋の隅に倒れ込んでいる影を包み込んだ。

轟々と燃える炎は数秒後に鎮火した、後には黒焦げになった何かが横たわっている。




それは一見すると犬のようにも見えた。





「サーラ、これはなに?」


『モンスターよ、あいつら今度は犬の姿で現れたの』


プスプスと音を立てながら悪臭を放つ死体を見てみると所々体のパーツがおかしかった。

尻尾のように見えたものは先が五つに割れているしお腹の横から同じような突起物が飛び出している。

瞼が溶けてむき出しになっている瞳は白く濁った青色だった。

黒焦げになってしまったからわからないがもしかしてこの犬は……


その時外からバタバタと誰かが走ってくる音が聞こえた。

またモンスターが来たのかと身構えたが現れたのは金森さんとサヤちゃんだった。


「那谷! おまえ目覚ましたのか!」


「金森さん」


金森さんは駆け寄り僕の様子を見た後、部屋の隅の焦げた犬の死体を見てホッとため息を吐いた。


「1匹取り逃がしちまって慌てて追いかけてきたんだがオメェがやってくれたのか」


「金……森さん、みんなは? みんな無事ですか?」


「無事だ、無事だから大人しくしてろ」


「よかった……」


みんなの無事を聞いて安心したら体の力が抜けた。

張り詰めていた気を緩ませたせいかお腹の痛みが増した気がした、思わずうめき声を漏らすと金森さんは眉間に皺を寄せた。


「すまん、すぐにお前だけでも帰してやりたいんだが……」


表世界に帰るには帰還ポイントが必要だ。

そして帰還ポイントはモンスターが残っていればいるほど多くなる。

しかし今夜のモンスターは今までとはひと味違うようだ。

さっき金森さんは1匹取り逃したと言っていた。

つまりあの犬型モンスターは何匹もいるということになる。

おそらくみんなは犬型モンスターに苦戦しているんだろう。

モンスターが倒せないから帰還ポイントが多い、帰還ポイントが多いから帰れない、そういうことなんだろう。


「金森さん……ッ!! ぼくを……みんなのところへ」


「お、お前何言って」


「サー……ラなら……あいつらを……倒せます」


『ユウヤ……』


「早く……僕が……意識を保ってるうちに……」


サーラは僕の命令がないと戦えない、だから僕が起きているうちに決着をつけないといけない。

金森さんの袖を掴んで必死にそう訴えかける。

数秒逡巡した金森さんは僕を背負ってそのまま走り出した。


「玉っころ! テメェ秒であいつらぶっ殺せ! んでさっさと那谷を帰すんだ!!」


『当たり前よ!! リビルキアの魔法使いをなめないでよね!!』


走りながら怒鳴り合う金森さんとサーラの声を聞きながら必死に痛みを堪える。

走る振動が傷口を刺激して身を割くような痛みが全身に走る。

でも二人に心配をかけたくなくて唇をかみしめて我慢をする。


外に出ると正立さん達がモンスターと戦っていた。


正立さんはいつもの黒い槍を振り回し、日泉くんは黒い電信柱のようなものを振り回して戦っている。

そして城ヶ崎さんは驚くことに昨日僕たちを襲った黒い犬の背に乗っていた。

黒い犬は周りの正立さんや日泉さんに襲いかかることなく、城ヶ崎さんが指示をしたモンスターに向かって牙を剥いていた。

どうやら完璧にコントロールできているようだ。


みんなの様子を見てホッと一息をつき改めてモンスターを見る。


黒焦げでない犬型モンスターは一眼見て異様だった。

全身は真っ赤な肉が剥き出しの状態で、尻尾の部分から赤ん坊の小さな手が飛び出し動く度に左右に微かに揺れている。

顔と前足の付け根には青い瞳が4つついていてこちらをジッと凝視している。

赤ん坊を無理やり犬の形にこねくり回したらこうなるんじゃないかというほど醜悪な姿に思わず吐き気がした。


『ユウヤ!!』


「ッ!! 我願うは原初の炎!! リビルキアの炎の象徴たるサーラを手繰り!! 這い寄る魔を破壊せよ。原初の炎(サーラ)!!!」


モンスターの醜悪さに唖然としているとサーラの叫び声が聞こえ慌てて呪文を唱える。

いつかのようにサーラは炎を纏い真っ直ぐに犬型モンスターへと飛んでいく。

正立さんが牽制していた5匹の犬型モンスターは逃げる間も無くサーラの炎に飲み込まれる。

そのまま城ヶ崎さんと日泉くんが相手をしていた犬型モンスターのほうへと飛んで行くが、燃え盛るサーラを見た犬型モンスターは大きく飛び退き攻撃を回避した。


そのままお互い距離を取り睨み合う。

残りの犬型モンスターは……8体。

さっきの様子だとサーラなら苦もなく倒せるだろう。

ホッと安堵のため息を吐いていると、戦っていた3人がこちらへと駆け寄ってくる。


「うぉー!! 玉のにいちゃん起きたのか!!」


「那谷くん! よかった……あの……私……」


「ご無事……とは言えませんがとりあえず意識が戻ってなによりです。」



三者三様に僕の無事を喜んでくれるに思わず頬が緩む。

間に合ってよかった。



『あ!! 待ちなさい!!』


焦るサーラの声に全員がそちらを振り向く。

視線の先には一目散に逃げ出した犬型モンスターの後ろ姿が見えた。


逃げた……?今までただ闇雲に突っ込んでくるだけだったモンスターが僕たちを置いて?


「ダメ!! 逃がさないで!!」


城ヶ崎さんが黒い犬へと命令すると黒い犬はモンスターが逃げた方へと走っていきあっという間に見えなくなってしまった。


「あっ!! 逃げんなこらぁー!!」


その後を日泉くんも走って追いかける。

その速度は到底人間のものとは思えないほど早い、黒い犬と同じようにあっという間に見えなくなった。


「あの……犬…………は」


「喋らないで! お願いだから喋らないで!!」


ポロポロと涙を流し、ごめんなさい、ごめんなさいと謝りながら痛いくらいの力で僕の手を握る城ヶ崎さん。

金森さんの背中から下ろされ地面に寝転ぶ僕の様子を見る正立さんの顔色は悪い。


「出血が……」


「まっさん! どうすんだよ! 那谷どうなっちまうんだよ!」


「・・・・・モンスターのことは日泉くんたちにまかせて僕たちはバスターミナルに戻りましょう。 あとは帰還ポイントが足りることを祈るしか・・・。」


それを聞くと金森さんはまた僕を背負い走り出した。

そのあとをみんなが追いかけてくるが城ヶ崎さんとサヤちゃんはついていけずどんどんと遅れている。


「金森くん、僕は城ヶ崎さんたちと一緒に行きます。 君は那谷くんとサーラ皇女殿下とバスターミナルを目指してください。」


正立さんがそう言うと彼の走るスピードが緩められ後ろにいる城ヶ崎さんたちと合流した。


後ろのみんなを気にする様子もなく金森さんは黒い街をひたすら走る。

金森さんの背中に頭をもたれさせていると短く切られた呼吸音とトクトクと早鐘のように鳴る心臓の音が聞こえて来る。


「なっ……たに……死ぬなッ!! がんばれ!! もう少しだ!!」


走りながらも僕を励ます声が聞こえる。


『ユウヤ……ダメよ、約束したじゃない……私より先に死なないって……』


僕の首元に埋まるように引っ付いているサーラの泣くような声が聞こえる。


段々と頭が回らなくなってきた、指先はもう感覚がない。

金森さんの背中が僕の血でべっとりと汚れてしまっている。


あぁごめんなさい、クリーニングをお母さんにお願いしないと……


お母さん、お父さん……

ごめんなさい、でもがんばったんだよ。

やれることはやったはずだ、僕は彼のように後悔しなくてすんだろうか。

それでも、それでもと考え浮かんだことを口にする。


「金森……さん、できるか……わからないけど……僕のポイントは全部……金森さ……んに……」


「バカなこと言ってんじゃねえ!! ポイントなんかいるか!! 今は生きることだけ考えろ!!」


そんなこと言わないで金森さん

もう僕にできるのはそれくらいだから……


「サーラ……ぼくね……青と黄色と会ったよ……あの二人……も……いつか……」


『ユウヤ! ユウヤぁ!!!』


「約束……守れなくてごめ………でも……がんば……よ……」


『ユウヤ! イヤよ!! 逝かないで!! 置いてかないで!! ………兄様達みたいに私を一人にするの!!! ユウヤ!!』


金森さんとサーラの声が段々と遠ざかる。

身体の感覚が薄くなり目の前が暗くなり始める。

どうやらここまでみたいだ、また僕は死ぬみたいだ。



2度目はもうないかな





そう思いながら僕は肉体を手放した。





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