029 初日:城ヶ崎梨華
本日複数話投稿
城ヶ崎梨華は美しい
城ヶ崎梨華は賢い
城ヶ崎梨華は真面目だ
城ヶ崎梨華は他人を慮る
城ヶ崎梨華とは優れた人間である。
思えば名前とは呪いであった。
姓は血統を、名は自己を
生まれた瞬間に名前という真っ白な仮面をつけられ他人がその表情を描く。
つまり城ヶ崎梨華とはそういった表情であり仮面である。
だから城ヶ崎梨華と名付けられた私は城ヶ崎梨華を演じなければならない。
それは城ヶ崎梨華と名付けられた私への呪いなのだから。
四の月第二週枯れ木の日
天気は快晴、先週の始業式から一週間が経ち、新入生たちも学校に慣れてきたようで緊張したような顔をした生徒の数はだいぶ少なくなってきたようだった。
「じゃあ城ヶ崎さん、お疲れ様」
「はい、羽島会長お疲れ様でした。」
私の通う私立蝦夷女学院は小・中・高の一貫校だ。
しかしそれぞれの学年で生徒会が独立しており、私は中等部生徒会の副会長をしている。
手を振りながら生徒会室を出て行ったのは私の一つ上、中等部三年の生徒会長羽島会長だ。
私と会長は来月開催予定の三等部一貫の運動会の打ち合わせをしていた。
三等部一貫ということで小等部と高等部の生徒会役員たちを交え、各自の役割分担とプログラムの作成、競技場の確保など様々なことを相談した。
経験の浅い小等部の子達には各競技に必要となる備品の準備と管理
私たち中等部はプログラムの作成と全体のスケジュール調整
高等部の先輩たちは競技場の確保と予算の内訳、さらには小中等部のフォローなどが担当として決まった。
打ち合わせには相当な時間がかかり、外は日が暮れ暗くなり始めている。
蝦夷女学院の生徒は大部分が富裕層だ。
金持ちの家の子供が暗い中一人で帰るなど誘拐してくれと言っているようなものだ。
だから残って打ち合わせをしていた生徒達はみんな家の迎えを待つことにした。
そして今羽島会長の迎えが到着し、生徒会室には私一人になった。
「竹内さん遅いなぁ……」
私の家の専属運転手の竹内さんが迎えにきてくれるはずなのだが、予定していた時間を過ぎたのに一向に彼がやってくる気配がない。
電話をしてみても繋がらず私は途方に暮れている。
「先生に相談してタクシーでも呼んでもらおうかしら」
時刻はすでに8時を過ぎている、これ以上帰宅が遅れると今日の予習を削るか睡眠時間を削るかをしなくてはならなくなる。
几帳面な竹内さんらしからぬ事態に困惑しつつ私は職員室へと向かおうと生徒会室の扉を開けた。
「………っえ?」
扉を開けた先は見たことのない廊下だった。
大理石と思われる光沢のある白い壁に、一眼で高価であるとわかる絢爛豪華なシャンデリアに照らされた広々とした廊下、その突き当たりには重厚な扉がひとつ閉じられている。
あきらかに学校のものではないこの廊下は一体どこなんだろう。
得体の知れない廊下に踏み出すのが怖くて一歩下がろうとした時、突然後ろから誰かに背を押された。
たたらを踏んで廊下へと踏み入ってしまった私は咄嗟に後ろを振り向く。
そこには猿のお面をつけ漢服を着た子供が1人クスクスと笑っていた。
「ボーッとしてちゃダメだよお姉さん」
「え!?あ、あなた誰?」
「あたし?あたしはね陰華!あたしはね望陰!あたしはね阿前!えっと他にはね、他にはね……いっぱい!」
パタパタと長い袖を元気に振り回しながらたくさん名乗った少女は珍しいものを見るように私の周りを駆け回り出した。
「お姉さん人間なんだね!あのね!あたし阿前や陰華結構好きだったからお姉さんが来てくれてとってもとっても嬉しいな!」
「えっと……ちょっと待って、いんかちゃん?あぜんちゃん?えっと…なんて呼べばいい?」
「何でも好きに呼んでくれていいよ!なんならお姉さんが名前つけてよ!そしたらあたしがまた増えるからあたしは嬉しいな!」
「名前をつけるっていきなり言われても……」
ねーねーっと強請るように私の手を掴んで振り回す猿面の少女にたじろんでいると、廊下の突き当たりの扉が重い音を立てながら開かれた。
扉を開けたのはこれまた猿のお面をつけ漢服を着た目の前の少女と瓜二つな子供だった。
「陰華、なにしてる。」
「陽華!あのね!お客さん!」
「知っている、僕は何でお客様を早くご案内しないんだと言っている。」
陽華と呼ばれた猿面の少年は真っ直ぐに私の方へと歩いてくると深々と頭を下げた。
「愚妹が失礼いたしました。どうぞこちらへ、ご主人様がお待ちです。」
陽華がうやうやしく手を差し伸べ奥へと案内してきたが私の足は動かなかった。
そもそもここはどこなの?あなた達は誰?ご主人様って誰なの?なんで私を待ってるの?
湧き上がる疑問と脳内で鳴り響く警鐘が私の足を止める。
前へと進むのは危険だ、ならば後ろに下がろう。
咄嗟に後ろに振り返り生徒会室への扉を開こうとしたが、さっきまであったはずの扉はどこにもなく大理石の壁しかなかった。
何が何だかわからず呆然としている私の手を陰華が掴み引っ張る。
「そっちじゃないよ」
少女の少し高く美しく声が鼓膜をくすぐる。
引かれるままに勝手に足が動く
「行く先はこちらです」
声変わり前の少年の声が脳を揺さぶる
扉の前へとたどり着くと陰華の手が離された。
「「どうぞ、どうぞ、いらっしゃいませ」」
2人の揃った声が私を扉へと誘う
なんだか2人の声を聞いてると不思議と不安な気持ちが消えていった。
さっきまで行くのが怖かった扉の先が、今は行きたくてたまらなくなっている。
陰華に引かれることなく、陽華に誘われることなく、自分の意思で扉を開いた。
「あぁ残念、お気に入りだったのだがここまでか。」
「うひひひ、因果とは巡るものですな。見てみなされあなたのお気に入りを屠ったのは以前のあなたのお気に入りの子孫ですぞ」
「ぬぬっ!?まさかまさか……あぁほんとうだこりゃ因果であるな。」
「・-・-- ・・ -・・・ ---- ---- ・-・-- ・・ / ・- ・--・ ・---・ -・-・・ / ・・-・・ ・・- --・-・ ・・ ・-・-- ・・-・- -・--・ ・-・・」
「おわぁ!貴様なんてことを!!」
「あらあら楽しそうじゃない?私も混ぜてよ」
「だがらっしゃら!ぬんだばらささに!!」
「えぇいやかましい、おまえの事象の見通しが浅かっただけだろが!」
「幼稚な諍いは世界の質を落としますからやめましょうよ……」
扉の先は体育館ほどの大きな広間で喧騒に満ちていた。
100人を超える人たちは等間隔に置かれている豪奢な机の上を覗き込みながら楽しそうに話したり怒りのままに怒鳴りあったりと様々だった。
いや、人だけではない。
よくよく見てみれば到底人には見えない人達があちこちにいる。
キリンのように長い首の先に人の顔がついてる人
人の形をしているが顔のパーツがてんでバラバラな人
人の口の可動域を超えるほど大きく口を開け、舌を歯に叩きつけてモールス信号のようなトン・ツー音を立てている人
普通の人に見える人達と一眼で人間じゃないとわかるような人達が楽しそうにテーブルを囲んでいる姿は異様な光景だった。
「なにここ……」
ポツリとそう零すと私の近くに座っていた男性がこちらへと足速に近寄ってきた。
「君はまさか!いや!わかっているとも私はわかっている!だってここはもう長いからね!君のことなんかわかっていたさ!」
私の手を握りブンブンと縦に振りながら男性は興奮した様子でよくわからないことを早口に捲し立てた。
男性が大声でそう言ったせいか広間中の視線が私たちへと集まった。
そして何人かの人が目を輝かせながら私たちを取り囲む。
「なんてこった!ニューカマーだ!新たなプレイヤーか!」
「やや!これはまぁ珍しい」
「ようこそお嬢さん、我々は君を歓迎するよ」
「大丈夫?言葉通じてる?ルーキーなんて久しぶりだから私たちそこらへんの配慮がよくわからなくなってしまってるの。大丈夫?ハロー?こんばんは?にいはお?」
代わる代わる手を握られ言葉を投げ掛けられるが何のことかさっぱりわからない。
津波のように押しかけてくる人たちに圧倒され愛想笑いを浮かべながら曖昧に頷くことしかできない。
「皆さま落ち着いてください」
そろそろ許容値を超えて泣き出しそうになった時、陽華が人混みをかき分け私の元へとやってきた。
「そうだよ!お姉さんはまだご主人さまと契約してないんだから!」
人混みの向こう側から陰華の声が聞こえてくる。
陽華と違い彼女はこの人垣を越えることができなかったようだ。
「しかししかし、あの方が呼んだということは素質ありということでしょう」
「そこらへんは僕からは何とも言えません。ただ僕たちはお客様をご案内するようにとしか命令されておりません。」
「だからね!だからみんな!」
「「道を開けろ」」
威圧するように低くなった2人の声が重なる。
先ほどまでの子供らしいかわいい声とは打って変わって重さを感じる迫力のある声だった。
私たちを取り囲んでいた人達は波が引くように静かに後ろに引いた。
先程までの興奮し切った様子とは打って変わって全員が頭を下げ口が縫い付けられたように黙り込んでしまっている。
「さぁお客様、こちらへ」
ピクリとも動かない人達を気にする様子もなく陽華が私を案内する。
怖い
何十人といる大人たちをただの一言で平伏させ黙らせるこの子供は何者なんだろう。
普通ではありえない光景に消えていた恐怖心がまた顔を出してきた。
再び湧き上がってきた恐怖心からまごついているとまた陰華が私の手を引く。
頭を下げた人で出来た道を陰華に手を引かれながら歩く。
まるで大名行列みたいだなと思っていると一つの扉の前で陽華の足が止まる。
「こちらでございます。」
「ここから先は私たちついていけないの」
「「どうぞここからはお一人で」」
そう言うと2人は扉の両脇に立ち周りの人たちと同じように頭を下げ動かなくなってしまった。
真っ赤に塗られた扉に手をかけゆっくり押すと軋むような音を立て扉が開く。
扉の先は広間とは違い薄暗い部屋だった。
四方の壁はカビ臭い書棚で埋め尽くされそこらへんに読みかけの本や巻物が散らかっている。
部屋の真ん中には重厚な雰囲気の机が置かれ、この部屋唯一の光源である蝋燭がひとつポツンと置かれている。
そしてその机には1人の男が座っている。
黒く長い髪を後ろで一つに結び白い漢服を身に纏った男は、陽華と陰華がかぶっていたのと同じ猿のお面をつけていた。
猿のお面越しに男と目が合う。
猿面の男は黙り込んだまま私を凝視している。
笑っているのか怒っているのか泣いているのかよくわからない表情をした猿のお面にずっと見つめ続けられるのは精神的にくるものがある……
無言の時間に耐えきれなくなり口を開く。
「あ、あの!私帰りたいんです!」
「どこに」
想像していたのと違い、猿面の男は意外と高い声で問い返してきた。
「い、家に帰りたいんです」
「帰ればいい」
「私いきなりここに連れてこられて帰り方もわからなくて……」
「ならば帰らなければいい」
「だからその帰り方がわからないんです!私をここに連れてきたのはあなたなんですか?だったらあなたが帰してください!」
「断る」
ダメだ話にならない……
陽華と陰華、それに広間にいた人達の話を聞く限りこの猿面の男がこの異様な空間の主人なんだろう。
来た道が閉ざされてしまった以上どこか別の道を探さないといけないが、最初にいた廊下には広間に続く扉以外に扉は見かけなかった。
その次の広間は広すぎて隅まで見切れなかったが、パッと見扉らしきものは見当たらなかった。
ならばこの猿面の男の部屋はというと、ここも入ってきた扉以外に外に出る方法はなさそうだ。
ということはここは出口のない閉鎖された空間ということになる。
そもそも来た道が突然消えた時点でここは私の常識が通じる場所ではない。
ならば私の考えも及ばない非常識な方法でここを出られるんじゃないかと、そしてその方法はこの男が知っているはずだと考えた。
だけどこの男は私の話を聞いてくれない。
話を聞いてくれないのでは交渉のしようもない。
どうしようと悩んでいると猿面の男は机の引き出しから一つのガラスケースを取り出し机の上へと置いた。
「受け取れ」
そう言うと男はまた黙り込んでしまう。
恐る恐る机の上のガラスケースを手に取ってみると中には数十枚ほどのカードが収められていた。
ガラスケースを開け中のカードを手に取ってみる、背面には数学記号が書かれており表面は白紙のいたって普通のカードだ。
「あの、これは?」
「それはアーキタイプスロット」
「アーキタイプ?」
「世界とは集合的無意識の表現現象だ。肉体、精神、魂。命の三概念のうちの精神の揺らぎとまとまりが見せる概念的蜃気楼。私たちが、お前たちが目で見て感じとる光は精神群の蜃気楼によって歪められ屈折された偽りだ。それではダメだ、私が知りたいのは何者にも歪められず偽られていない真なる世界。即ちアーキタイプなのだ」
「は……はぁ……」
突然勢いよく喋り出した猿目の男に呆気に取られていると、男はしまったとつぶやきながらお面に手を当てた。
「喋りすぎた……」
「はい?」
「貴様は……毒だ。」
「は?」
「もういい、このペルソナは破棄する。ならばできうる限り貴様と話しておくべきか。」
そう言うと猿面の男は私の方へと近づいてきて私の肩を掴んだ。
「いいか、貴様はこれから貴様の世界のありとあらゆる現象を認知し記録するのだ。そしてアーキタイプスロットが埋まったその時、貴様はここへと戻ってくることになる。」
掴まれた肩にどんどんと力が込められ段々と痛くなってきた。
男の腕を外そうとするがとんでもない力が込められているせいかピクリとも動かない
ギリギリと男の指が肩へと食い込み痛みに顔が歪む。
「見逃すな現を、偽るな過去を、思い描くな未来を」
力強いその言葉に猿面の男を仰ぎ見、その異様さにギョッとする。
笑ってるのか怒ってるのか泣いてるのかわからない表現の猿のお面の模様が端の方から溶けるように滑り落ちていってしまっている。
どんどんと溶け落ちるスピードは速くなりとうとうお面の模様は全て溶け落ちてしまった。
真っ白になってしまったお面がただ黙って私を見つめる。
「私はどんな顔をしている?」
白い仮面の奥から弱々しい声が発せられる
「私は……だれだ……私は……どこに?」
男は何かを探すように白いお面に触れる。
目の窪みや鼻の筋を指先でなぞりながらどこだ、誰だとうわ言のように繰り返す。
「頼む……たのむ……だれか……」
男がその場にしゃがみ込み顔を伏せる。
「わたしを見つけてくれ」
消え入りそうな声で男がつぶやいた瞬間、私の視界が暗転した。
そして気がつくと私は学校の校門前に1人立っていた。
「え……」
一瞬にして全てが切り替わってしまったことにしばし混乱する。
薄暗い部屋も猿面の子供も白面の男もどこにもいない、あるのはただ街灯に照らされている学校の校門だけだった。
「一体どうなって……」
夢でも見ていたのかと思い込もうとしたが、掌の中に収まっているガラスケースの存在がさっきまでの奇妙な体験が間違いなく現実だったと強く主張していた。
しばらくガラスケースを握り締めながら呆然としていると校門の前に一台の車が停車した。
「あぁ……お嬢様申し訳ありません。」
運転席からひどく焦った様子の竹内さんが降りてきて私に謝る。
何があったのか聞きたかったがもう遅い時間だからと竹内さんは私を車に押し込んでそのまま出発する。
「いやはや……信じていただけないかもしれませんが……私も今だに信じがたく……」
運転しながら話し始めた竹内さんはなぜこんなに迎えが遅くなったのかを怖々と話し出した。
私からの迎えの連絡を受けた竹内さんはすぐに車を出して学校へと向かったらしい。
家から学校まで車で30分ほどの距離なのですぐにつくと思っていたが、気づいたら見たこともない林道を走っていたらしい。
カーナビのGPSも動かず、電波も繋がらないかったようでほとほと困りきったところに二人の子供が現れた。
猿のお面をつけ漢服を身につけた男の子と女の子は竹内さんに向かって「もう少し待ってね」というとそのまま林の中へと走り去ってしまった。
竹内さんは2人を追ったが途中で見失ってしまい、しかも帰り道もわからなくなりしばらく林の中をウロウロと彷徨ったらしい。
ようやく車の元へと帰り着いたらそこは林道ではなく学校近くの道路になっていたそうだ。
さすがに気味が悪くなった竹内さんは慌てて私の元へとやってきたということだった。
猿面の子供……
手の中に握り込んだガラスケースを見つめながら考える。
十中八九これをくれたあの男の関係者だろう。
あの男は何が目的でこんなことをしたんだろうか、私を呼び寄せ竹内さんを迷わせて……
その結果がこのガラスケース一つを渡しただけなんて意味がわからない。
不安を押し隠すように目を閉じる、全部悪い夢であって欲しい……
そう願わざるを得ない。
結局迎えが遅れたのは電波の通じない場所で車の故障があったからと竹内さんと口裏を合わせることにした。
真面目な竹内さんは嘘をつくことに抵抗があったようだが本当のことを言っても信じてもらえないだろうとわかっていたようで渋々了承してくれた。
帰宅し自室へと戻るとそのままベッドの上へと倒れ込んだ。
なんだかやけに疲れた、そういえばあそこにはどのくらいいたんだろう。
戻ってきた時には完全に日が落ちていたから二、三時間程だろうか。
そのまま眠ってしまいそうになったが気合いで起き上がり勉強机へと向かう。
まだ今日の復習と明日の予習をしていない
いつもならもう寝る準備をしている時間だが予習復習は欠かすことができない。
眠い目を擦りながらノートを開き復習を始める。
しばらく壁掛け時計のカチコチという駆動音と鉛筆で文字を書く音だけが部屋の中に響く
規則正しい時計の音と眠気を誘う鉛筆の音で途中何度も眠りそうになってしまったが眠らないように気をつけるのに苦労した。
集中してノートに向かっていると壁掛け時計からボーンっという0時を知らせる鈍い鐘の音が聞こえた。
ノートから顔を上げ時計を見て0時になっているのを見て、今日はこの辺りでもうやめようかと大きく伸びをした時
「こんばんは」
私以外誰もいないはずの部屋から女性の声がした。
驚き声のした方を振り向くと、私の座ってる椅子の背もたれを掴み上からノートを覗き込んでいる紫色の髪の女性がいた。
「ふっふっふっ、お勉強ですか?偉いですねぇ」
目線をノートから私に移した女性はニンマリと目元を歪ませる。
慌てて椅子から立ち上がった私は咄嗟に女性から距離を取る。
「だっ!誰ですか!?」
「盤古様からの参加者ですよね?」
「ばんこ……?誰ですか?」
「はいはい、あなたは知らなくてもこちらは把握してるので大丈夫ですよ」
そう言うと女性は私の手を取り顔を近づけると小さく囁きかけた。
「あなたが積み上げたものに意味はありますか?自分を殺して自己を演じて手に入れたものに価値は?あなたはあなたを手にすることができていますか?でもそんなのもう関係ないですよね、だってあなたは裏返っちゃうんですから!!」
甲高い女性の笑い声が耳に響くと同時に周りの風景がガラッと顔色を変えた。
絵の具が乾いていないのにキャンパスを立てかけてしまったように周りのありとあらゆるものがゆっくりと雫となって落ちていく。
雫は一定の方向へ流れ始めゆっくりだったそれは段々と目にも止まらないほどに早くなっていく。
自分がどこに立っているのかも曖昧になってまっすぐ立っていることすらできなくなっていく。
「い、いや!なにこれ!!いやぁ!!!」
女性の手を振り払おうと暴れるが握る力が強いのかまったく離れない。
目が眩むほどの色の奔流の中をただ流されるまましばらく経つと突然周りの景色が真っ暗になった。
「ようこそ、裏世界へ」
城ヶ崎梨華とは
こんな
非常識の中にある人間ではなかったはずなのに




