011 彼女のこと
「……おはようございます」
『おそようございます』
ベッドに正座した僕を少し高いところに浮かんでいるサーラが見下ろしている。
昨日裏世界から帰ってすぐに眠ってしまい、そのままお昼まで眠ってしまった。
目が覚めるとひどくご立腹のサーラが僕の目の前で激しく点滅を繰り返していた。
『そりゃね、昨日あんなことがあって疲れているんだろうと思って寝かせてあげていたけどね。
10時間も寝るってなんなの、寝る子は育つと言うけど私を放置してそんなに眠る? 普通』
「ご、ごめんなさい……でも起こしてくれてもよかったんだよ?」
『あんなに気持ちよさそうに寝られたら起こすに起こせなかったのよ』
ピカピカと点滅しながら、苛立ちをぶつけるように僕の額に体当たりをしてくる。
「ごめんね、サーラ」
『もういいわよ』
ふんっと鼻を鳴らすような音を立てながらサーラはベッドの上にコロコロと転がった。
その時僕のお腹がぐぅ〜と音を立てた。
そういえば僕は昨日晩ご飯も食べずに寝てしまったので丸一日なにも食べていないことになる。
何か食べたくて部屋から出ようとしたら、僕の後をふわふわとサーラが浮かんでついてくる。
「ごめんサーラ、お腹空いたから何か食べてくるね。
お母さんがびっくりしちゃうからサーラは部屋で待っててくれる?」
ぶわっと一度大きく点滅したサーラはフラフラとまたベッドへと転がった。
『あなたまだ私を待たせるつもりなの……』
拗ねるようにベッドの上をコロコロと転がるサーラに小さくごめんねと言い部屋から出た。
リビングへと向かうと、テレビを見ていたお母さんが僕を見て少し目を見開いて驚いている。
「あんたようやく起きたの、昨日帰ってきてからずっと寝てたから心配したわよ」
よっこらせっと椅子から立ち上がったお母さんは僕の額に手を当てて熱はないみたいねと微笑む。
「休みだからってだらだらしてたらダメよ。お腹減ってるでしょ、何か作るわ」
そう言うとお母さんは台所に歩いて行ってしまう。
ご飯ができるまでの暇つぶしにお母さんが見ていたテレビへと視線を向ける。
テレビにはスーツを着た男の人たちが半円状のテーブルに座って何か議論している。
「榊議員の使途不明金問題について我々は説明してもらう権利があるはずですが」
「どこからそのような話がでてきたのか甚だ疑問だが、証拠はあるのかね。」
「内部告発からの帳簿の流出、これは立派な証拠でしょう。」
「SNSに書かれた出所不明の情報を間にうけるとは正気を疑いますね」
メガネをかけた中年のおじさんが仕立ての良いスーツを着たおじいさんを詰問しているが、おじいさんは涼しい顔でそれを全て受け流している。
話している内容はよくわからないがなんとなくおじいさんのほうが優勢な気がする。
ポケーっとテレビを眺めていると、お母さんが料理を持って帰ってきた。
お母さんが作ってくれたチャーハンを受け取ると、急き立てるようにそれを掻き込んだ。
ほぼ1日ぶりのご飯に体が歓喜に震える。
必死にご飯を食べる僕をお母さんはニコニコと眺めている
その視線に気づいた僕は口に物を入れたまま何?っと問いかける。
「いや、なんか必死に食べてるのがかわいいなって」
クスクス笑いながらお母さんは僕のほっぺたについた米粒を摘み口に放り込む。
酷く子供扱いされたことに恥ずかしくなり誤魔化すように大袈裟にチャーハンを掻きこむ。
お母さんは昔からよく僕のことを可愛いと言いジッと観察してくることがある。
それは歯磨きだったりお風呂掃除だったり、僕からすると何が可愛いのかよくわからないようなことに可愛さを見出し楽しそうに見てくるのだ。
可愛いと言われることに男心からなんとなく反抗心を抱いてしまい、ついつい無愛想な態度をとってしまう。
がお母さんはそんな僕のことも可愛いと言うのでもうお手上げである。
急いでチャーハンを食べ終えた僕はご馳走様と言い慌てて部屋へと戻る。
部屋に戻るとサーラは窓からおっかなびっくり外を覗きピカピカと点滅していた
『あ! ナタニ・ユウヤお帰り!
ねぇねぇ、さっきすごい大きな音を立てて大きな鳥みたいなのが飛んでたんだけどなんなのあれ』
興奮したようにピカピカと点滅を繰り返しながら僕に詰め寄ってくる
多分それは飛行機だと言うと飛行機ってなんだとまた興奮し出したので落ち着かせるためにサーラを鷲掴みした。
「そこらへんはまた後で、今は先にサーラの話が聞きたいんだけどいいかな」
『話? なんの話?』
「えっとそうだな、まずは君の魔法について教えてよ。」
今後裏世界で戦い続けるにはサーラの力が必要不可欠だ。
今日の夜までに彼女の魔法について詳しく知っておくべきだと考えた。
『私の魔法ねぇ……昨日見た通り私は火の属性だから火の魔法を使うわ。』
「うん、昨日のあの炎本当にすごかった。」
金森さんが全力で殴りつけてもケロっとしていたあの赤ん坊たちを、サーラは苦もなく消し済みに変えていた。
骨も残らず燃やし尽くしていたのでそうとうの高温だったと思う。
『ふふん! そうでしょうそうでしょう!
なんたって私はリビルキア1の魔法使いだったんだから』
「昨日の炎を纏うやつ以外にはどんなことができるの?」
『そうね、火を飛ばしてぶつけたり火柱をたてたり爆発を起こしたり……
そうそう! 空を飛んだらとかもできるわよ』
「ほんとう!?」
空!空を飛べる魔法だなんてすごい!
アニメのように空を自由自在に飛び回る自分を想像して胸が高鳴ってきた。
「ね、ね、今飛べる?」
『あぁーここだと狭すぎて危険かしらね』
「じゃあ外に出よう!」
『待って待って、外で飛んだらなんかしたら大騒ぎになるんじゃないの?』
サーラの指摘にハッとなり頭が冷える。
この街はとても栄えていて、人気の少ないところなんてそうそうない。
そんな街で空を飛んでたりしたら間違いなく大騒ぎになる。
下手をするとサーラを取り上げられてしまうかもしれない。
空が飛べないとこにシュンと落ち込んでいるとクスクスと小さいサーラの笑い声が聞こえた。
『そんなに空を飛びたいの? なんだかあなたかわいいわね』
「そ、そんなことないよ」
またかわいいと言われムッとしながら頬を膨らませる。
男に向かってかわいいなんてバカにしてるとしか聞こえない。
『それより私も聞きたいことがあるわ
まず昨日いたあの世界はなんなの?』
スッとサーラの雰囲気が変わる、真剣みを帯びた声に思わず背筋が伸びる。
僕は昨日の夕方からサーラが目覚めるまでのことをサーラに説明した。
白い老人の腕の従僕になり、サテュリオンに裏世界に連れて行かれ、モンスターを倒さなければこの街が消滅してしまうことまで全てを
僕の話を聞き終わったあと、サーラはしばらく黙り込みそして口を開いた
『間違いなくなにかの儀式よね……』
「儀式?」
えぇと答えたサーラが僕の目線の高さに浮かぶ。
『儀式ってのは大掛かりな魔法を行使する時の手順のようなものよ。
必要な物は術者・魔法式・供物・時間・誓約。
あなたの話を聞いた感じ術者はサテュリオン
供物は貴方達、時間は一年ってことよね……』
「く、供物!?」
供物ってつまり生贄とかそういうやつだよね?
『まぁでも腑に落ちないところがたくさんあるのよね』
「腑に落ちないところ?」
『えぇ、例えば供物である貴方達に力を与えて自由にさせているところ。
どんな儀式がわからないけど私なら貴方達の自由を奪って儀式の間ただ生きながらえさせる手を取るわ。』
冷たくそう言い放ったサーラに背筋が凍る。
自由を奪いただ生きながらえさせる
その言葉から、自分が拘束されて口にチューブを入れられ給餌される姿を想像してしまった。
顔を青ざめてサーラを見ていると、私はそんなことしないわよっと慌てて訂正した。
『そもそも人間なんて不純物だらけの供物なんて儀式の質が落ちるだけだし私はやらないわよ。』
「そうなの? 魔法の儀式って聞いたら人間の生贄とかよくある話だけど」
『それは魔法が使えない人たちが勝手に妄想してるだけよ。
人間なんて属性がぐちゃぐちゃに混ざってて使い物にならないわよ。』
「属性……って漫画とかでよくある火とか水とか?」
『マンガ……? はよくわからないけどそうよ。
火・水・土・風の四属性よ。存在を証明できてない空想の属性で光や闇なんかもあるわね。』
「すごい、本当にアニメや漫画みたいだ。サーラはそのうちの火の属性なんだね」
『えぇそうよ、リビルキアで1番の火の使い手だったんだから』
ピカピカと光ながら自慢げに語るサーラ
リビルキアで一番の使い手というのはサーラにとってよっぽど誇らしいことだったらしい。
それからしばらくサーラに魔法の話をねだり続けた。
サーラも話すことが好きなのかペラペラと色々なことを話してくれた。
リビルキアという砂漠にある大きな国のこと
サーラはそこの王様の3人いる子供のうちの一人だということ
類稀なる魔法の才能を持っていたため小さな頃からすごい魔法がいっぱい使えたこと
ある日突然現れた巨大なワームの化物を兄妹で力を合わせて倒したことなど
夢のような異世界の話をたくさん話してくれて僕はずっとドキドキワクワクしっぱなしだった。
そんな話を続けていくうちに外はだんだんと日が暮れていき暗くなってきた。
「それで? 隣国の王子が婚約を持ちかけてきてサーラは受けたの!?」
『もちろんそんなのごめんよって蹴り飛ばしてやったわ!
だってあの男の第一声が
「君のような力しか価値のない女を娶ることになるとは」
だったのよ! もう頭にきちゃってその場で髪の毛全部燃やしてやったわよ!』
「ハゲだ! ハゲ王子になっちゃったんだ」
『毛根まで燃やし尽くしてやったから二度と髪の毛は生えなかったでしょうね。
そのあとその話を聞いた兄様達が隣国に軍を率いて攻め込もうとしたことを止める方が大変だったわよ』
「アッハハハハ! お兄さん達本当にサーラのことが大好きなんだね」
『そうよ! 兄様達は格好良くて強くて優しくていつも私を……』
楽しそうに話していたサーラの声が段々と小さくなりそして黙り込んでしまった。
ピカピカと光っていた体も今は弱々しくなってしまっている
「……サーラ?」
『だから私を庇って死んじゃった』
「え?」
ポツリとそう言ったサーラが力なくベッドの上に落ちた。
光は益々弱まり今にも消えてしまいそうになっている。
サーラは本当に楽しそうにお兄さん達の話をしていた。
お兄さんたちはサーラのことが大好きで、同じくらいサーラもお兄さんたちが大好きだったと話を聞いていて思った。
そんなお兄さんが自分を庇って死んでしまった。
それはどれほど辛いことだったんだろうか、そしてそれはサーラがこのガラス玉の姿になってしまったのと何か関係があるんだろうか。
そんなことを聞くに聞けずお互い無言になる。
「勇哉ー、ごはんよー。」
部屋の中が重苦しい空気に包まれていると、お母さんの僕を呼ぶ声が聞こえた。
「……ちょっと行ってくるね。」
『……うん、いってらっしゃい。』
そのまま部屋を出てリビングへと向かう。
食卓についた僕にお母さんが誰と話してたの?っと聞いてきたが、友達と電話してたと誤魔化した。
元気のなさそうな僕の様子にお母さんが心配するような顔をしていたがあえて気づかないフリをした。
黙々とご飯を食べ終え、すぐに部屋に戻らずテレビを見て時間を潰す。
たぶんサーラには心の整理の時間が必要だと思ったからだ。
しばらくテレビを見てからお風呂に入り、たっぷり時間をかけてから自分の部屋へ帰る。
サーラはまた窓から空を見ていた。
真っ暗になった外は街の明かりが眩しいばかりに輝き、空には小さな星が無数に輝いている。
『ここの空は随分星が薄いのね』
そんな光景を見てサーラがそう呟く。
そして僕の方へと向き直るとゆっくりとこちらへ近づき額にコツリとぶつかった。
『あなたは私が守るわ、今度こそ』
震えた声で優しく囁かれる
『だから、私より先に死なないで』
今にも泣き出しそうな優しい言葉は僕の心に浸透していく
「……わかった」
今にも砕け散ってしまいそうなガラスの彼女に、労わるようにそう答えた。