001 夕暮れの曝露
僕は今まで僕というものを他人から与えられたピースで組み上げてきた。
それはお父さんであり、お母さんであり、友達だったり先生だったり。
そんな僕が僕の考えとして出した答えは果たして本当に僕の答えなんだろうか。
僕は欲しい、ただ一人僕が考えて出したんだと言えるような、そんな答えが……
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ガタンゴトンと電車の走る音が遠くから聞こえる。
僕の住む街には4本の路線が走る大きな駅がある。
この街はこの駅を中心に開発された街で、建物はみんな線路に沿って建設されている。
だからこの街は線路で区切られ東西南北の4つに分かれている。
市庁舎を中心としたビジネス街の北区
学校や娯楽施設が集まる西区
工場やよくわからない研究所が多い東区
商業施設と居住区の南区
区画を跨ぐには線路か路線橋を通る必要があり
西区の小学校からの下校途中の僕は南区の家を目指して路線橋を登っている。
西側を背にしているため、夕陽に照らされた僕の影が目の前に長く伸びている。
段差をあがるたびにひょこひょこと動く影を踏みつけながら一段一段登る。
いつもは日が暮れる前に帰宅するのだけれども今日は友達のよっちゃんに誘われドッジボールをしていた。
日が暮れ始めても帰らない僕らに業を煮やした先生にさっさと帰れと怒鳴りつけられ慌てて帰っている途中だ。
毎日通っているはずの見慣れた道は
夕陽でオレンジ色に染められ、どこか非日常的な、神秘的な空気を醸し出している。
毛色を変えた風景をワクワクした気持ちで楽しみながら路線橋を登り切る。
線路を跨ぐ橋に落ちる自分の影を見つめながらテクテクと橋を歩いて渡る。
下を見て歩いていた僕は、路線橋に伸びる自分の影の先にポツンと細長い影が落ちていることに気付いた。
なんの影だろうと顔を上げると信じられない物があった。
白くひび割れた老人の腕
何もない空間に肘から先しかない皺々の腕がぶらりとぶら下がっている。
その腕は人間のものとは作りが違い手首から先が三叉に割れ、細く長い指のようなものが3本ついている。
指の長さは手首から肘くらいまでの長さで3つの関節で分かれている。
白樺の枯れ枝のような指はピクピクと痙攣し、その腕が生きていることが窺える。
ボーッとその腕を眺めていると、三本の指のうちの一本
その指の腹が突然横に裂け、その傷口からベロリと赤い舌が飛び出した。
『誰ぞ、誰ぞおらんか?』
嗄れた老人の声が中空に向かい投げかけられた。
静かだが威厳のあるその声は偉そうで高圧的に聞こえた。
『誰ぞおったら返事をせぬか』
「あ、はい……」
思わず老人の声に返事をしてしまった。
声を出した後にしまったと思い慌てて口を手で塞ぐ。
しかしそれは手遅れだったようで、白い腕はグルリとこちらを向くと指の一本を僕の方へと向けた。
その指の腹も横に裂け今度は傷口から灰色の目が覗いた。
『おぉおぉ、よう応えた小僧。重畳重畳。』
カッカッカッと快活に笑う腕に言い知れぬ恐怖を覚え、思わずその場から逃げ出した。
来た道を引き返し全速力で走り出す。
『ではまた夜にな〜』
どこか呑気な声が背後から聞こえたが無視して走り続ける。
路線橋の階段を数段飛ばしで駆け下り、オレンジ色の風景を駆け抜ける。
なんだあれ、なんだあれ、なんだあれ
頭の中ではそれだけが渦巻いている。
お化け?妖怪?誰かの悪戯?
白い腕の正体を考えながら少し遠回りになる帰り道を駆ける。
路線橋を使うのが怖くて、赤信号だと待ち時間が長すぎて使う気がしない踏切へと向かった。
幸いにも踏切は開いておりそのまま走り抜けた。
乱れる呼吸も気にせずにひたすら走り続け、自宅のマンションへと飛び込んだ。
家の扉を開け慌てて鍵をかける。
ガチャリと重たい鍵の閉まる音を聞いてようやくその場に座り込んだ。
はぁはぁと止まらない息を少しずつ落ち着かせながら心臓に手を当てる。
ドクドクと脈打つ心臓はいつもよりも早く脈打っている。
「あんたどうしたの、そんなとこに座り込んで」
家の奥から僕を出迎えるためにお母さんが出てきたが
玄関で座り込んでいる僕に驚き小走りで駆け寄ってきた。
「どうしたの? 気分でも悪い? 顔が真っ赤じゃない、熱あるの?」
「……大丈夫だよお母さん、ちょっと走って帰ってきたから疲れただけだよ。」
「走ってってどうしたの? 何かあったの?」
「……ううん、なんでもないよ。ただ早く帰ってきたかっただけ」
あの腕のことをお母さんに言おうかと一瞬迷ったが
僕のことを心配そうに見つめるお母さんにこれ以上心配をかけたくなくて言い出せなかった。
そもそもあんなこと信じてもらえるとは思えない。
心配そうにするお母さんになんでもないと言いながら自分の部屋へと戻る。
全速力で走ったからくたくただ、ランドセルを適当に放り投げベッドへと倒れ込む。
疲労からか横になったら急激に眠気が襲ってきた。
あの白い腕のことを考えたかったが
襲いくる睡魔に勝つことができず僕はそのまま意識を手放してしまった。