その目的は君を殺すこと
朝。今日は予定があると真鉄が言った。
「予定ですか?」
「うん。植生調査」
「はぁ……?」
それは急な予定が入ったものだ。しかも植生調査とは。そんなもの、低級も低級の超低級のクエストではないか。
だが、わざわざ真鉄がやるということは何か意図があるのだろう。その予想はつかないが、あえて予想をあげるなら迷宮探索の追体験だ。霖が持つ『下層を突破した』という記憶をなぞるために、最初から検証してみようと。そういうことかもしれない。
わかりましたと頷き、外出の用意を始める。と言っても動きやすい服装をするくらいだが。
「あ、髪はまとめないほうがいいよ」
「どうしてです?」
「うなじに思いっきりつけたから」
何とは言わない。昨晩の甘い時間の成果だ。
首のあたりをとんとん、と指し、真鉄はにっこりと微笑んだ。
***
塔の構造は単純だ。下層にあたる1階と2階に町があり、3階から10階は迷宮。そして中層となる11階にまた町があり、12階から30階までが迷宮。さらにその上、上層となる31階にまたまた町があり、その上も迷宮だ。その先に頂上があるとされている。
真実はどうかわからない。36階までしか到達した者がいないからだ。ルッカである真鉄でさえ、そこから先は踏み入ったことがない。
そして真鉄と霖が今回植生調査を依頼されたのは5階だった。下層も下層。駆け出しの探索者が進むような場所だ。もはやこんな領域など、真鉄にとっては町と変わらないくらいだ。何の脅威もない。
「師匠、ひとつ聞いてもいいですか?」
「なんだい?」
霖の問いに真鉄が振り返る。
霖の質問とは、真鉄が植生調査を行うことについての意義だった。霖に記憶の追体験をさせるためなのだろうか。それにしては真鉄の態度に違和感がある。それとも思いすごしか。
真鉄はいったい何が目的なのだろうか。
「だからこそ、さ」
基礎ほど疎かにしてはいけない。そう真鉄が答える。
一番初めのことこそ重要なのだ。それはすべての始まりだ。その始点から逸れてはいけない。もし道を外すことがあるのなら、原点を見つめ直して目的を再確認すべきだ。
「自己を見つめ直すってことさ。そうしたら何か新しい発見があるかもしれないじゃないか。……ほら」
ほら見てごらん。そう言って真鉄が行き止まりを指差す。行き止まりの路地にはカロントベリーの茂みがあった。
分布を記録するために渡された地図にはカロントベリーの茂みの印などない。ということは、この地図ができてから今日の間に生えた茂みということになる。
地図が作られたのはつい先月。膝よりも低い低木とはいえ、30日足らずでこんなにも花をつけるほど育つだろうか。
答えは否。それなら、つまり。
「……ジャル・ヘディ!」
はっとして、霖が声を上げる。
成程。こいつは休息の象徴であるカロントベリーにつられて近寄ってきた探索者を食い殺そうと待ち受けていたというわけだ。
魔物ならば片付けねばならない。霖はぐっと首から提げていたペンダントトップを握る。
「……"タンタシオン"、発動!」
霖は武具を発動できない。だが戦うための手段は持たされている。それがこの"タンタシオン"だ。
これは、事前に真鉄が魔力を充填することで発動させることができる。霖の魔力など必要なく。言うなれば、外付けのバッテリーで動かしているようなものだ。
バッテリーの中のエネルギーが尽きなければずっと発動していられる。
この仕組みをそなえた"タンタシオン"でもって囮となり敵を引きつけ、そして集まったところを真鉄が斬り伏せる。
何度もやってきたコンビネーションだ。真鉄は確実に敵を切り刻み、そして一撃で戦闘を終わらせる。
――そのはずだった。
***
そして、鮮血。魔物ごと霖を両断した真鉄はその残骸を見下ろす。
「………………」
10、20、30。数を数えながら霖であるはずのものを見る。40、50、60。冷静に数えながら霖だったものを見つめる。
80、90、100。100の大台に入る頃には霖がその場に横たわっていた。両断され、分かれたはずの上半身と下半身はきれいに繋がり、みずみずしい少女の肉体を取り戻している。
100秒前には血を吹き出して崩れ落ちたとは思えぬほど、まったく無垢で無傷の状態で。撒き散らしたはずの血さえ消滅していた。
あぁ。また死ななかったのか。真鉄は声に出すことなく呟いた。