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化け物少女と、塔、登ります  作者: つくたん
師と弟子と
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わからないの、なにも?

自分はどうやって下層を突破したのだろう?


自分は探索者だ。探索者という自己認識がある。

探索者だ。塔の頂上を目指す探索者として、神々によってこの世界に召喚された。だから探索者として、下層を突破して。それで。


自分は武具を使えない体質であるはずなのに?


下層は一番簡単なエリアだ。だが、戦う手段も持たない人間が歩けるほど安全ではない。

だから自分は何かしらの武具を用いていたはず。でなければ下層の突破は不可能だ。

仲間に助けてもらったという線はありえない。足手まといを連れて行く理由がない。武具が使えないのなら置いていくだろう。


あぁ、でも、私は武具を持っているじゃないか。"タンタシオン"という武具が。だからきっとこれで囮役を。


違う。


この武具は師匠に与えられたもの。魔力がなくて武具が発動できないというのなら、外付けのバッテリーを持てばいいのだと言って毎日師匠が武具に充電してくれるもの。

だから下層を突破したという出来事の時系列に反する。


では、自分はいったいどうやって下層を突破したのだろう?


――わたしは なにものだ?


***


「……また考え事かい?」


やや呆れたような声で、思考を引き戻す。すっかり湯気がおさまってしまったティーカップから顔を上げる。


「ご、ごめんなさい……」

「いいよ。でも、何を考えていたのかは教えてほしいな」


はい、と頷いて思考を述べる。魔力を持たず、武具を発動できないという体質を持つ現状と、下層を突破したという記憶の矛盾点について。


どうやって。自分のことなのにそれがわからないのだ。

探索者として召喚され、その時の仲間と下層を突破した。不仲により解散した。そこから記憶がなく、次の記憶は真鉄が自分の身柄を引き取ってくれた日のことだ。彼女の世話をすると言って、真鉄が自分の家に霖を招き、そこから一緒に生活している。

師匠と呼んでいるが師匠らしいことはしていない。なんとなくそう呼び始めたらそのまま定着してしまった。


記憶の混濁。武具が発動できない体質。それから感情を読み取る力。3つの要因から真鉄は霖の身柄を預かっている。

いずれ頂上に至るだろうという周囲の期待を放置し、頂上への探索を中断してまで。


「僕としても思い出してくれればありがたいけど……わからないんだろう?」

「はい……さっぱり……」


記憶はそこで断ち切られている。もしかしたら、この『下層を突破した』という記憶は誰かの感情を読み取った結果、自分のものと誤認してしまったものではないかとさえ思ってしまう。

はっきりと自分のものと言えるのは、真鉄が自分の面倒を見ると言ったその日から今日までのことだけだ。それすら曖昧にならないようにと日記を書いて記録している。


「司書が口を割らないのが悪いよ。君のせいじゃない」


司書ヴェルダ。世界のすべての記録と記憶の書架の魔女。

彼女ならば霖の素性についても何かわかるだろうと、当然真っ先に当たった。霖を連れて行った最初の場所がそこなくらいだ。

だが、ヴェルダは真鉄の問いにはいっさい答えなかった。曰く、『問題文を解こうという時に解答を教師に聞くか』と。秘密の中に凍結させて、真実はいっさい話す気はないと言ったのだ。


答えは知っている。だが教える気はない。口を凍らせて秘するのだと。

それではあまりにも、ということで慈悲によりヒントはもらったが、答えの道筋は未だに掴めない。

もったいぶっていないで口を割ってくれればこんな苦労はしないのに。だから、悪いのは霖ではないのだ。


「仕方ないさ。ないものを嘆くよりはあるものの活用法を探そうじゃないか」


霖は精神感応の力を忌々しく思っているようだが、それは違う。

霖が読み取らなければ、あの金細工の髪飾りは不当に奪われたままだっただろう。本来の持ち主は嘆いて日々を過ごしただろう。それを看破したのは霖の力だ。真鉄にも、この世界の人間誰にもできないことだ。それは誇ってもいいはずだ。


「君は特別なんだ。引け目を感じることはないよ。……落ち込んでいる君も可愛いけどね」

「師匠!」


真面目な話の最中にさらりと惚気を混ぜないでほしい。落差に頭痛がしそうだ。

重くなってしまった空気を切り替えるためのおふざけだろうが、いや本気かもしれない。おふざけということにしておこう。本気だったらいたたまれない。

その気遣いに感謝しよう。ありがとうございます、と言って冷えたカップの中身を飲み干した。


「と、いうわけでおいで」

「なんでですか」


なぜ両手を広げているのか。この胸に飛び込んでこいと言いたげに。


「冷えたお茶なんて飲んだら体を冷やしてしまうだろう? そういうわけで、温めてあげようかと」

「何言ってるんですか!」


だめだこれは本気の方だ。そして霖はこの流れに逆らう術を持たない。あとはもうなし崩しに真鉄にいいようにされてしまうしかない。足掻こうとももう遅い。


「だって朝に言っただろう? そういうのは夜に、って」

「し……」

「ここからは恋人の時間。そうだろう、僕の可愛い霖?」


とっくに追い詰められて、そして捕まった。

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