「私の目的は、あなたを殺すこと」
もう、偽らなくていい。偽りのベールを脱ぎ捨て、霖は真鉄を見下ろした。
「『私』の信条は知っているでしょ?」
やられたら、やり返す。
殴られたら殴り返す。切り捨てたのだから切り捨てる。ただそれだけの話だ。すべての伏線はこの一瞬のために。
***
どうして。水底に沈む体を自覚しつつ、深淵に沈む意識でそう問う。
どうして斬った。どうして殺した。どうして斬られた。どうして殺された。
理由がわからない。気まぐれで殺せる仲ではない。仲間のために自分を犠牲にするのは当然と、それくらいの狂気の相互信頼があった。トトラが火神の眷属に呪われた時もそうだ。トトラは一言、『自分で良かった』と言った。仲間ではなく自分が呪われたことが最高の幸福であったと。
だから、真鉄が必要と判断したのなら自死を選ぶことすら厭わなかったのに。それは真鉄だってわかっていたはず。真鉄とて、自分の犠牲が必要だと判じた理解したなら愛刀で自らの首を断つことさえしただろう。
それなのに。どうして理由を打ち明けてくれなかったのだ。なぜ黙って実行したのだ。この狂気の相互信頼は嘘だったのか。必要ならば迷わず自死を選ぶというのは意気込みの話で実際には実行しないだろう、悪く言えば口だけだと思ったか。口だけの威勢だから黙って斬ったと?
打ち明けてくれなかったことが悲しい。信じてくれなかったことが悲しい。狂気を虚勢と断じられたことが悲しい。
悲しくて、悲しくて。
悲しくて、悲しくて、悲しくて、悲しくて、悲しくて、悲しくて、悲しくて、悲しくて、悲しくて、悲しくて、悲しくて、悲しくて、悲しくて、悲しくて、悲しくて、悲しくて、悲しくて、悲しくて、悲しくて、悲しくて、悲しくて、悲しくて、悲しくて、悲しくて、悲しくて、悲しくて。
だから。
どうして、と問う。
打ち明けなかった理由は。信じてくれなかった理由は。虚勢と断じた理由は。
最初に信を裏切ったのは誰だ。虚勢であると誤解されるほどの大層な口を叩いた自分か、仲間の言を信じずに叩き切った真鉄か。
歯車が噛み合わない。すれ違ってしまった。信頼が悲劇に転じた我らの罪の所在はどこにある?
――その悲嘆を認めよう。
その身でもって罪の所在を探すがいい。
答えが得られるまで何度でも還っておいで。
――最期の一呼吸が水面で弾けて消える前に、その慈悲に身を委ねた。
***
「そうして、"私"が還ってきたの」
いつかのワタシが還ってきた。水底より還ってきた。残響を引きずって。水底の水泡の記憶を抱えて。
どうして、と。ただ一言を問うために。成立には少し足りない体に、水神の保証とトトラの信託を足して。
「そうして私は、何も知らない少女のふりをして探したわ」
完全帰還者の能力。想いを読み取る力でもって、少しずつ。夢に紛れて真鉄の記憶を探った。
真鉄の視点ではどうだったのか。真鉄の思考ではどうだったのか。もしかしたら、打ち明けるに打ち明けられない事情があって、黙らざるをえなかったのではないかと僅かな希望を抱いて。我らは裏切られていないのだと信じたくて。
そして、記憶が歪められていることに気付いた。なぜ、誰に歪められているのかまでは探ることはできなかった。
だから『どうして』はいったん捨て置くことにした。この記憶の歪みの鍵が外れない限り、『どうして』はわからない。歪みの上からは読み取れないし、歪曲を外すこともできない。諦めるしかなかった。
読み取れない過去はいい。では今は。仲間の死を相応に嘆いてくれているだろうか。我々が死ぬに足る信念は真鉄に宿っているだろうか。
夢に紛れて探っても、探っても、その答えはなかった。見つけられなかったのではなく、存在しなかった。
「それってつまり、切り捨てたってことでしょ?」
何もなかった。我々の死に対して逃げる素振りさえした。花を手向けることもなく。思い出すことすら苦痛として。
我らの死は真鉄にとって何の糧にもならなかった。では何のために我らは切り捨てられねばならなかったのか。
なら、後はもう。狂気の相互信頼がなくなれば、あとはやられたらやり返す流儀しか残らない。
「――かえってきたら、殺さなきゃ」
だから、今あなたは血溜まりに伏せている。




