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化け物少女と、塔、登ります  作者: つくたん
かえったら、■さなきゃ
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樹の領域、未知への道を阻む茨

38階。樹の領域。


樹の領域だからきっと鬱蒼とした森か精霊峠のような花畑のような光景だろう、と思っていた真鉄の予想は裏切られた。


確かに、樹の領域と呼ぶにはふさわしい風景だった。外周以外の壁を取り払い、広々とした空間内にはびっしりと蔦が這っている。床、天井、壁、一面が覆われている。

不用意に踏み込めば蔦に足を取られてしまうだろう。足を取られて拘束されるだけならまだいい。そのまま解かれず、蔦の中に閉じ込められてしまったら。衰弱しながら死を待つことになるだろう。

体中の穴という穴から根を差し込まれ、そのまま養分となる可能性だってありえる。良質な魔力を食らうために、獲物を蔦の中に閉じ込めて最低限の栄養だけを与え生かさず殺さずずっと搾り取り続ける魔物だっているのだから。


そんな光景を上書きするような氷の情景が広がっていた。38階全体を覆っている蔦はすべて無情にも凍りついていた。薄く霜が張っているところもあれば、厚い氷に閉ざされたところもある。

まさに極寒といった風景だが、不思議と寒くはない。蔦を覆う氷に覆われた風景だというのに、吐く息は白くならず、指がかじかむこともない。

では氷は作り物か幻影の類かというとそうではない。触れればひやりと冷たい。逆に言えば、触れなければ冷たくない。氷が存在するだけで室温を下げることはないのだ。


「やぁどうも。遅かったじゃないか」

「……ネツァーラグ」


その中央に立っている人物を真鉄は知っている。

ネツァーラグ・パンデモニウム・グラダフィルト。塔の守護者であり、原初の完全帰還者だ。塔の守護者である彼に助力を要請したことは何度もあるし、最近では町に出現した帰還者騒動の時にも顔を合わせた。


「どうも」


演劇で、やっとスポットライトが当たった演者のようにネツァーラグは優雅に一礼する。

それから、まるで台本に記された台詞を諳んじるかのように、真鉄や霖の反応を待たずに喋りだした。


「君が死ぬ前にひと目見ておこうと思ってね」

「……死ぬ?」


神による存在の保証がある限り完全帰還者は消滅しない。火神の眷属が言ったことだ。

それなのに『死ぬ』とは。消滅のことを言っているのだろうか。

霖の体を構成する中央、その核となる情動。今際の際の願い。執念と言うべきかもしれない。それを叶えた時、霖の存在を保証している水神はその保証を手放すというのか。


真鉄の問いかけには答えず、ネツァーラグは『台詞』の続きを読み上げる。


「そう。だって同類だからね。あぁ、完全帰還者だからという話ではないよ。真実を知らず、無垢だった頃という意味さ」


真実を知らないままでいれば、決定的な瓦解が起こることもなかったのに。何も知らない愚かなままでいれば、真実に打ちのめされることもなかったのに。そういう意味では幸せだったと呼べるかつての自分と、今の彼らの構図は重なる。


「うん。いい顔だ。きっとよい絶望と慟哭をしてくれるだろうね。さて」


ここは樹の領域。真実を前に引き止める階層。

新芽に例えられるように、樹の属性は希望を象徴する。しかしその一方で、地中で絡む根がそうであるように束縛の性質もはらむ。

その特性を反映して、ここは『引き止める』『阻害する』という行為に特化した樹神の眷属がいる。


――本来ならば、だが。


その樹神の眷属には悪いが今回は氷の中に眠ってもらった。理由は簡単。今その足止めは不要だからだ。


「まったく、長かったよ。ルールさえなければ君らを書架に直接転送したのに」


未到達階への登頂は必ず1階層ずつ。そのため真鉄たちには31階からわざわざここまで登らなければならなかった。そのルールさえなければ、霖が31階への転移ができると判明した時点で書架に転送していた。もうすでにその時点で出るべき情報は出ていて、答え合わせができる状態だった。

しかしルールには反せない。ルール違反を取り締まる役目を負っている塔の守護者が違反をするわけにはいかない。歯がゆい思いで後の冗長な道程を見守るしかなかった。できることといえば、障害を取り除いて困難なく進めるように道を敷くくらいだけだった。


しかしそれももう終わる。この先、氷の領域にてすべてが完結する。この長い残響もやっと鳴り止むのだ。

どんな結末でも構わないが、せめてこの1階層を氷漬けにした労力以上のものを見せてほしい。塔の守護者の権限で簡単にやったように見えるかもしれないが、樹の属性の力が強いこの階層を一面氷漬けにすることはかなりの労力を傾ける必要があった。

そもそも塔の守護者が探索者の進行に口を挟んで手を出すのはルール違反になりかねない。ルールを屁理屈を弄して解釈して抜け穴を作って介入したのだ。


まぁ、そんなことなど彼らからしたら知ったことではないだろうが。


「すべてはその瞬間のために、さ」


残響が鳴り止む時。すべてはその瞬間のために。

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