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化け物少女と、塔、登ります  作者: つくたん
師と弟子と
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ホロロギウム歴8874年 48の月13日の日記

ホロロギウム歴8874年 48の月13日。


今日は散々な一日でした。


私のチカラが発動してしまって……せっかくの買い物が台無しになってしまいました。

師匠にはとても申し訳ないと思います。私がこんな体質でなければ、といつも後悔ばかりです。


こういう時には良いことを数えるのが一番です。

ひとつはサンドイッチが美味しかったこと。それに今日も師匠が素敵でかっこよかったこと。あ、これは本人に言うと調子に乗るので内緒です。


そうそう。忘れないように記しておかなくちゃ。

私があの髪飾りについて読み取ったことで、不当に奪われた盗品であることが判明したとのことです。髪飾りは元の持ち主のもとに返還されるように計らってくれるそうです。

きちんと持ち主が見つかって、手元に戻ればいいなぁと思います。スカベンジャーズの皆さん、どうかお願いしますね。


それから……。


***


日記を書く霖の背中を見つめる。

今日の出来事を思い出し、それを残さず記録しようと集中しているようで、真鉄の視線には気付いていない。

そういうひたむきなところも愛しいのだが、しかし放って置かれっぱなしは寂しいものがある。


「まだ書けないのかい?」

「ふぁ……、ごめんなさい、もうちょっとだけ……」


そう、と言って弟子兼恋人の観察に戻る。彼女は文字を書き連ねる作業にまた没頭しはじめてしまった。

日記を記すという行為が霖にとって重要な意味を持つので無理には止めない。

なにせ、他人の感情を読み取ってしまう。それは時にひどい混乱をもたらす。同調の結果、今自分が抱えている感情が誰のものかわからなくなってしまう。他者に影響されたものなのか、自分の身の内から湧き上がるものなのか曖昧になってしまう。

その結果、自己というものがわからなくなる。他者のものを自分のものと取り違え、記憶は混濁し、情緒は不安定になる。

だから、自分を見失わないための行為が必要だ。日記を記すという行為は自己という存在をこの場所に繋ぎ止めるための儀式なのだ。


「……っと、よし、終わり!」

「お疲れ様」


ペンを置いて日記を閉じた霖に微笑みかける。一息つけるようにと温かい茶を差し出した。ちなみにこの茶は真鉄が手ずから淹れたものだ。料理ができなくても茶くらいは淹れられる。


「ありがとうございます。……あの、髪飾りってちゃんと……」

「元の持ち主に戻るだろうよ。スカベンジャーズがやるんだ。間違いはないだろうね」


スカベンジャーズとは、この世界の掃除屋だ。

迷宮に横たわる探索者の死体や魔物の亡骸、捨てられた物品などを掃除し、片付ける役目を追う。

死体漁りの追い剥ぎと違って、探索者の埋葬もするし、遺品も申請があれば返却する。

町の住民に対してもそうだ。犯罪者の摘発、家の取り壊しや廃棄物の回収もスカベンジャーズの仕事である。

おどろおどろしい呼び名に反して、決して悪の存在ではない。


そのスカベンジャーズが後のことは預かってくれる。盗品を売りさばいた男は摘発され『掃除』されるだろうし、髪飾りはきちんと持ち主のもとへと返還される。

スカベンジャーズが持ち去るということはありえない。『掃除』し損ねることもない。持ち主はきちんと見つかる。なぜなら『そういうもの』だからだ。

だから大丈夫。何も心配することはないのだ。


「でも、えぇと……担当してくれるあの黒衣の人……」


霖が良くない感情を読み取ったということは、何かしら悪い手段で入手したものだろうと目をつけた真鉄が適当に通報した時のことだ。

担当した黒衣の男は胡散臭いことこの上なかった。発言した数秒後には前言と真逆のことをしそうなくらい。掴みどころがないと表現すれば聞こえはいいが、悪く言えば不真面目で不誠実。

そんな男がこの案件を担当したのだ。『そういうもの』だから大丈夫だとわかっていても疑いたくなる。


それに、彼はやたら霖のことを見ていた。真鉄と話しつつも、その注意は時々霖へと向かっていた。

その雰囲気は警戒に近かったように思う。

無理もない。髪飾りから感情を読み取ったなんて理由の通報だ。怪訝に思うのは当然だ。なんだこいつと疑問に思うだろう。あのルッカである真鉄が言わなければ、悪戯半分の虚偽の通報だと処理されていたかもしれない。


「そういう理由じゃないと思うけどね」

「それはどういう?」

「ほら、霖って可愛いから……。まぁ僕が選んだ女性だから当然だけど」


しれっと甘いことを吐く。この男め。

不意の甘い言葉にいたたまれなくなって、両手で握ったカップに目を落とす。ほどよく抽出された茶葉には香り付けに花が混じっているようで、ほんのり優しい香りがする。

湯気を漂わせる水面は静かだ。そこに映る自分の顔。特に美女というほどでもなく、極端に醜くもない。いたって平均的な少女の顔つき。毛の中ほどから波打った金髪と、湖の底のように青い色をした目。


それに比べて師匠という男は。温和という言葉をそのまま写し取ったような優男然とした美形だ。真鉄という名にふさわしく、鉄のように強固な意思と、刃のように鋭い理知を持つ。

顔、性格、実力、名声。どれをとっても完璧だ。完璧という言葉を体現したかのよう。


そんな完璧人間に可愛いと褒めそやされるような容姿だとは到底思えない。恋人関係になったのだって、彼が自分に一目惚れをしたと言ったからだ。

いったどこに惚れたのだろう。いたって平均的な少女のなりだ。美しさでも、知恵でも、器量でも、もっと上がいるだろう。それに。

そこまで思考して、どんよりとした気分になる。それに、自分はこんな厄介な体質持ちだ。武具も使えない。どこかに出かければ、不意に誰かの感情を読み取ってしまう。

真鉄が頂上を目指す探索をいったん止めているのは自分のせいだ。まだ中層の踏破すらできていない自分に付き合って中層にとどまっている。本来なら、上層のその上を目指して進んでいただろうに。


――あれ。自分はいったいどうやって下層を突破したのだろう?


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