やったらやり返される。当然のことだよね?
「火神の眷属、僕からもいいかい?」
まだ上階への階段は遠い。ちょうど半分くらいだろうか。本来なら試練として戦うためか、階はひとつの大きな広間となっている。灼熱から身を隠す障害物として使うための瓦礫が転々とあるくらいで、他に目立ったものはない。
それらを回り道をして避けつつ、道程はまだ半分ある。ならばちょうどいいだろうと真鉄が口火を切った。
応、と火神の眷属が答える。火の属性を信奉するキロ族の信条はやられたらやり返す過激さだ。
何かをやるということは、やり返されても文句は言えない。殴るなら殴り返される覚悟があるべきだし、質問をしたら問い返される想定でいるのは当然。
自身が信徒に投げかけた問いは3つ。名と、すべてを知った後にどうするかと、瓦解するかもしれないという示唆の確認。ならば自分も信徒に3つだけ質問を許そう。
「火神の眷属。あなたはすべてを知っているかい?」
――否。
すべてではない。35階で真鉄の仲間がどうなったかは知っているし、霖の正体についても目星はついている。だがそれが正答であるかどうかまでは確認していない。
「じゃぁその目星っていうのは?」
――それは書架にて知るべきだろう。それとも、我の推測を真とするか?
「正解かどうかは書架で検証するよ。それで?」
ずいぶん不遜な信徒だ。敬虔でないとは言っていたが神直属の眷属にこの態度とは。礼儀云々についてはそこまで口うるさいつもりではないのでとやかく言わないが。
だが質問を許したのはこちらだ。
――水底で死んだ者だ。
水神の加護がついているということは、水神にその激情が届いたということ。そのお膝元で息絶えれば、声も届きやすくなる。この世界において、それが可能な場所は水の領域に他ならない。
その水底で死んだ『誰か』だ。具体的な人物の目星について、口にはできない。
――水神の怒りには触れたくないのでな。
火に水は天敵だ。同格同士でも圧倒的に不利。水を統べる水神と火神に連なる眷属という神格の差があればなおさら。たった1階層しか焼けぬ灼熱が勝てる相手ではない。
そんな相手の不興を買うことは避けたい。水神が火神に進言し、火神が承認すればこの灼熱の身はあっという間に貪欲な水に沈められ消滅するだろう。
――土の巨竜にも文句を言われたこともある。敵は作りたくないものよ。
「巨竜?」
霖という完全帰還者について語れないというのならもう問うことはない。余ってしまった3つ目の質問はそれにしよう。
土の巨竜と言ったが、それはおそらく土神の眷属のことだろう。言い伝えでは、土神の眷属の体は強固な地盤となってこの塔を支え、土の領域にいるのはその力を割譲した分身であるという。
――あの時、土神の信徒がいただろう。それだ。
「土神の……? ……トトラかい?」
あれは確か、竜族の血を引いていると聞いていた。ハーフだったかクォーターだったか、それよりさらに混血だったかで直接ではないのだが、自身の血のルーツに竜族がいたという。
竜族は堅牢を象徴する土の属性を信奉する。竜族の子孫であるトトラもまた、熱心な敬虔さではないが、それなりに竜族の風習を重んじていた。重んじていたといっても、過度な調味料は足さずに素材の味を活かすとか華美な格好はしないだとか、素朴な生き方を好んでいたという程度だが。
曰く。トトラを炎で呪った件について、土神の眷属から文句を言われたらしい。うちの信徒に何をするんだと、子をかばう親のような剣幕で。
堅牢ゆえに動く必要がなく、怠惰に横たわる土神の眷属が身を起こして肩を怒らせた。普段大人しいものほど怒れば怖い法則で、それはもうたっぷり絞られたのだとか。
――あのような思いは二度とすまいよ。
「あの、私からもいいですか?」
苛烈さをそのまま体現したかのような火神の眷属のちょっとした親しみやすさで緩んだ空気を締めるように、霖が軽く片手を挙げた。
――問いは3つのみ許すと言ったが?
「えぇ。でも、私に質問したぶんはまだありますよね?」
自分も答えたのだ。言い換えれば、自分にも質問された。
ならば自分だって何か質問をしてもいいはずだ。火神の眷属の問いは真鉄への3つと霖への3つの計6つ。
そうだろう、と迫られ、火神の眷属はやれやれと肩を竦めた。自分の負けだ。そう考えれば確かに質問権は彼女にもある。
「……では、1つ目」




