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化け物少女と、塔、登ります  作者: つくたん
かえったら、■さなきゃ
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焼き付かぬ名、焼き付く感情

――では、水神の加護持つ還りし者よ。汝の名は?


「霖……です」


火神の眷属に問われ、霖はそう返す。

その回答に対し、火神の眷属は否と首を振る。


――それは水神に与えられた仮の名よ。


霖という名は、水神の加護によって成立した完全帰還者に与えられたものだ。

火神の眷属が問うているのは、その大本となった人物の名である。


「それは……」


問い詰められ、霖は困ったように視線をさまよわせた。

名を名乗れと言われても思い出せないのだ。これは偽りにあたるのだろうか。あたるのであれば、待っているのは灼熱の死だ。

帰還者であろうとも、灰すら残らぬ灼熱に焼かれれば無事ではすまないだろう。再生し、焼かれ、再生し、焼かれ、永遠にそれを繰り返すのかもしれない。死なないといっても痛覚はある。斬られれば痛みを感じるし呪われれば苦しい。それなのに永遠の灼熱に苛まれてしまうのだとしたら。


「……ごめんなさい、わからないんです」


恐ろしさに震えながらも、霖は正直に打ち明けた。決して偽っているわけではない、本当に思い出せないのだと真摯に答える。

ほう、と火神の眷属は目をすがめた。わからないと言うか。


――ならば、炙り出そうではないか。


炎で炙り、魂に刻まれた真なる名を焼き出そう。火神の眷属は体の輪郭の形を変え、ヒトの手の形をした炎で霖に触れた。


「あ……っつく、ない……」


熱い、と反射的に言おうとした霖は、その温度が人肌ほどしかないことに気付く。

熱くない。これだけ燃え盛る炎が目の前にあり、そしてその炎に触れられているというのに。自分が完全帰還者だからというわけではなく、眷属が温度を加減しているのだ。

だが触れてきた手の温度と触れられた皮膚の体感温度は違う。火神の眷属が直接触れているその箇所は、じりじりと内側から焼け付くような疼くような痛みがある。火傷を負った直後に感じる痛痒感に似た感覚がする。

その手はゆっくりとあぶり出すように霖の左腕を撫でる。肘と手首の間、内側の柔らかいところだ。


――ほう。


面白いものを見たというように火神の眷属は目を眇めた。

魂に刻まれた名を焼き出したはずが、その箇所は黒く塗り潰されたかのように焦げている。本来ならば、まるで焼印を打たれたように字が浮かぶはずだった。

これは水神によるものだろう。霖に与えられた水神の加護が名前の看破を許さない。それほどに大事か、成程。頷いてそれ以上の焼き出しを止めることにした。黒く焦げた部分は帰還者の特性ですぐにみずみずしい肌に戻るだろう。


水神が名の看破を許さず、水神の眷属たる水竜が自身の領域を渡る道中を守護した。

それほどまでのものなのだ、彼女は。この世界を放棄して振り返ることは滅多にない神が、わざわざ振り返るほどの。必要な時以外、外界には関知せずずっと眠り続けることを選んだ水の竜が、眠る以外の行動を選ぶほどの。

そうするほどに強烈な感情なのだろう。この還りし者の核は。ならばそれに免じて、これ以上の野暮は無用だ。


――では次の問を。


氷の領域、真実の書架に行き、すべてを知った後。その後、どうするつもりだ。

真実次第のところはあるだろうが、今の所の予定として。

今からそれに臨む前に聞いておきたい。覚悟のほどをだ。


「彼女を還す」


問う火神の眷属に先に答えたのは真鉄だった。


帰還者は、要するに、死後の無念によってその場に取り残された感情だ。無念と未練によってその場に居残る亡霊のようなものだ。

それならば、その無念を晴らしてやりたい。死ぬべきものがきちんと死ねるように。死者は幽世にいるべきだ。


「思い残すことがあって帰還ってきたんだ、だったら、それを消化すれば還らなくて済む」


これ以上こんな完全帰還者に振り回されたくはない。さっさとこの者を消して、頂上に登らなければ。

そんな独善的な感情を取り繕いつつ、あくまで霖のためというていで答える。

火神の眷属が要求したのは『嘘をつくな』だ。すべてつまびらかにしろとは言っていない。心中の9割を言っていないだけで嘘は言っていない。ただ答えた真実が心中の1割なだけで。


「私は……その、心穏やかにいきたいです」


いつまでも現世にいたいという意味ではない。

自分が、いつかの誰かの激情から生まれたのなら、自分のうちにも同じ激情があるはずだ。その激情を消化してやりたい。無念や未練に裏打ちされた何らかの目的を果たしたい。

生きたいのではなく、逝きたい。すべてを終わらせて、すっきりとした気持ちになりたい。


真鉄も霖も答えている内容は同じだ。霖という完全帰還者の満足ある消滅。


だが、それは無理だろうなと火神の眷属は思う。

あれには水神の加護がついている。加護とはつまり、水神がその存在を保証するということだ。言い換えれば、水神がその存在を放棄しない限り、加護を受けた者は消滅できない。

霖自身の意思ではどうにもできないのだ。無念や未練を晴らそうともだ。その瞬間、加護は呪いに変わるだろう。


――すべてが瓦解するとしてもか?


すべては偽りの上と知るだろう。加護は呪いに変わるだろう。それでもか。


「あぁ、()()()()()()()()()()()()


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