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化け物少女と、塔、登ります  作者: つくたん
かえったら、■さなきゃ
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火の領域、立ち塞がらぬ灼熱

35階。火の領域。35階からの階段を登った先にあったのは灼熱だった。


炎そのものだ。風の大鳥のように、水の海竜のように何かの形を取っていない。

火と熱を凝縮されて形作られた、燃え盛る業火がそこにある。

立ち塞がる灼熱はあの日、真鉄が見たものと同じだ。その炎と熱でトトラの腕を焼いて呪った。


火神の眷属はこの世界に遣わされた時、自らの主である火神から2つの使命を与えられている。

1つは火と熱をもって人間に恵みを与えること。昼夜の運行があるだけで季節などないこの塔の世界に適度な熱を与えて適切な気温を保ち、火でもって人間に文明を与えた。

そしてもう1つは、探索者の障害となること。頂上を目指す探索者の前に立ちはだかり、相応の試練を与えることだ。


――久しいな。


声帯を使った発声ではない『声』で火神の眷属は真鉄を見る。

誰かと思えば、いつか追い返した未熟者のひとりではないかと言いたげに、何の感慨もなく。


ひくりと真鉄の喉が引きつる。あの光景はよく覚えている。

あの時の再来があるのではないかと心に影がさす。もし、焼かれて呪われてしまったら。その時自分はどうするのだろう。この体が呪われたとして、その状態で果たして頂上を目指すことはできるのか。できなければ、この願いの行く果てはどうするのだろう。


緊張の面持ちを見せる真鉄をよそに、灼熱が渦を巻く。

熱はぐるぐると室内を渦巻き、凝縮されて鳥の形になる。かと思えば頭と胴が変形し、背中から翼を生やしたヒトの形に変わる。

ヒトの形となった炎の塊は道を譲るように一歩引く。


――通れ。


資格は十分。通るがいい。ついと灼熱は行く道を指す。この先に見える階段を登れば37階、樹の領域。そのさらに上が氷の領域、真実の書架だ。


「……いいのかい?」


こんなにあっさりと。トトラの腕を呪ったくせに。

問う真鉄にゆるりと灼熱は首を振る。


――我の役割は頂上を目指す者の前に立ちはだかること。真実を求める者の前に立ち塞がることではない。


真実を求めて書架を目指す者の前に立ち塞がることは与えられた役割ではない。試練の対象となるのは、いつかの真鉄たちのように頂上を目指す者だ。

試練の対象でないのなら、立ちはだかる必要も義務もない。役割の範疇でないのだから好きに通るがいい。


――誰彼構わず襲う狂鳥や思い通りになるように束縛する樹とは違うのだ……。


呟いた言葉は愚痴めいていて、何となく苦労がうかがえた。眷属同士で色々とあるらしい。

思わぬところで神々の眷属の人間臭い苦労を知ってしまった。こんなものに足止めされてしまったのかとこめかみを押さえたくなる気持ちを抑えつつ、真鉄はその容赦に甘えることにした。


行かせてくれるなら行こう。ここからは真鉄自身も踏み込んだことのない場所だ。初めての場所が完全帰還者と一緒だなんてと思わなくもないが、それを言ったってどうしようもない。

灼熱を受けて熱された石壁と床が放つ熱気を受けつつ、真鉄は足を進める。その1歩先を霖が行き、火神の眷属が追従する。


「……ついてくるんですか?」


目を瞬かせ、霖が訊ねる。水神の加護を受けている霖に海竜が付き添ってついてきたのはわかるが、なぜ火神の眷属がついてくるのだろう。追従する理由などないはずなのに。


――着くまで暇だでな。少々問答をしようと思ったまでよ。


ただ淡々と歩くのではつまらないだろう。37階への階段に行くまでの暇潰しだと思ってくれればい。

ただし、回答が気に入らなければ殺す。気に入るというのは火神の眷属の好みに合うかではなく、その答えが偽りなく誠実かどうかだ。


火の属性は偽りを嫌うとされる。物事の正邪を問う際に炎に腕を突っ込む神明裁判がそうであるように、悪しきものは炎に戒められる。

その性情でもって問おうというのだ。神明裁判同様、嘘偽りを述べようものなら死が待ち受けることになる。


「死ぬかもしれない暇潰しなんて冗談じゃない」


――誠実であれば問題なかろう?


真鉄の皮肉に直球で返してきた。確かにその通りだと降参のように両手を挙げた。

納得したなら何より。それでは問おう。真鉄の隣に立った火神の眷属は言葉を紡ぐ。


――火の信徒よ。汝の名は?


真鉄はキロ族だ。火の属性を信仰し、その信仰に沿って生きている。もともと信心が薄い上にこの世界で生活しているうちにほとんど薄れてしまったのでキロ族らしいことをしたことはないが、文化や風習などは継承している。

そのひとつが(あざな)と呼ばれる風習だ。神に仇なした者が神々の目から逃れるために名を偽ったことに由来するそれは、普段は仮の名で呼び合い、真名は秘するというものだ。

真鉄の場合、『真鉄』は字にあたる。真名は別にあり、それは死んでいった仲間でさえ知らない。


その真名を火神の眷属は問う。親か伴侶しか知らせない真名を明かすことは、火神に対する最大の信仰の形だ。


「……マズルカ。マズルカ・キロ・ヴェイジマーズル」


火を信仰するキロ族として、その信仰を示そう。敬虔ではないが誠実に。

真鉄が自らの名を口にする。死んでいった仲間でさえ知らないものを明かすのは苦い気分がした。


ほう、と火神の眷属は感心したように目を細めた。

キロ族にとって真名は重要なもの。敬虔な者へ、真名を明かすか命を取るかと選択を迫られれば自害することもあるほどに。

苦々しくとはいえ明かすとは。その誠実さは火神の眷属の好みでもある。その信仰を評価しよう。


――では、水神の加護持つ還りし者よ。汝の名は?

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