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化け物少女と、塔、登ります  作者: つくたん
師と弟子と
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想いを読み取る力

「……どうかした?」


不意に立ち止まって、露店を見ている。それはつまり、歩き去ることも目を逸らすこともできないくらい惹かれる『何か』があるということだ。

まさか、と淡い期待を込めて訊ねる。答えはなく、霖はふらふらと誘われるように露店へと歩いていく。


「へいらっしゃい嬢ちゃん。……うん? これかい?」


引き込まれるようにじっと見てどうした。怪訝に思いつつ、店主の男は彼女が見つめているものを持ち上げる。

年頃の少女が気に入るような、金の細工がきれいな髪留めだ。細やかな彫り込みがされた金の枠に色ガラスをはめ込んである。


「こいつはある女が手放したモンでね。どうだい、安くしておくよ?」


金のために泣く泣く手放したものだ。どうしても先立つものが必要で、そのためにこの髪飾りを売却した。

そう言う男の口調にはどこか嘘が混じっているような雰囲気だったが、霖はその声を聞いている様子はない。声も何も置き去りにしたかのように、ただじっと髪飾りを見つめている。


「霖?」


ようやく追いついた真鉄が彼女の見つめるものを見る。

もしや、と声を上げかけた店主には唇の前で人差し指を立てて黙ってもらうよう合図する。せっかくまだ誰にも気付かれていないのだ。無粋な真似はやめてもらおう。


「これかい?」


店主が持っているものを受け取り、霖の眼前で軽く揺らす。食い入るような視線が無言のままついてくる。

ついに見つかったのだと喜びたいところだが、残念ながらこれは武具でなくただの装飾品である。


武具は魔力を通しやすいように特殊な銀で作られている。たいてい装飾品の形を取るそれと区別するため、普通の装飾品は金や銅、その他の合金でで作られる。

だからこの金細工の髪飾りは武具ではなく、単なる装飾品だ。何の能力もないし魔法も込められていない。


武具ではない。運命論で論ぜられる武具と適合者の結びつきは発生しない。

なのにどうしてここまで魅了されてしまうのか。それは、霖の体質のせいである。


***


引き込まれる。市場の喧騒も何も置き去りにして、意識は金細工の髪飾りへと飲み込まれていく。


声が聞こえる。ざざ、と砂嵐のような不明瞭な雑音の中、聞こえる声がある。


――……な……た……


不明瞭な声を聞くためにさらに意識を集中させる。否。こちらが音を拾うのではない。あちらが叩きつけてくるものを受け止めるのだ。

聞こえないのは、聞いてはいけないと無意識に避けているから。その理性の防衛を緩めれば、声は明瞭に聞こえてくる。

絶対に受け取ってなるものか、聞いてはいけないという理性を捨てて、暴力的に叩きつけられる声を拾う。


――どうして。


それは嘆きだ。困惑から疑問、そして嘆きに成り果てた声。

水底から浮かび上がる泡のように、金細工の髪飾りから嘆きの声が響く。


どうして。どうして。なぜ捨てた。ずっと一緒だった。ずっと歩んでいくはずだった。

それなのに。どうして。どうして。どうして。どうして。どうして。どうして。どうして。どうして。どうして。どうして。どうして。どうして。どうして。どうして。どうして。どうして。どうして。どうして。どうして。どうして。どうして。どうして。どうして。どうして。どうして。どうして。どうして。どうして。どうして。どうして。どうして。どうして。どうして。どうして。


どうして殺してまでそれを手に入れようとしたのです?


***


「霖!」


鋭い声で名前を呼ばれ、はっとして思惟を引き上げる。


「あ……ご、ごめんなさい……」


やってしまった。()()()()()()しまった。

しゅんと肩を落とし、目の前の金細工の髪飾りから目を逸らす。もうそれを直視してはいけない。


「気にしないで。僕も怒鳴ってごめんね」


真鉄が慰めるように霖の肩を叩く。華奢な肩はいつにもまして小さい気がした。

気にしなくていいというのに。仕方のないことだった。むしろ、この危険を予測できていなかった自分のほうが悪い。こんな事態が起きることを想定できていればこうなることはなかったろうに。

まさか古物商の露店まであるなんて。中古品の販売店があると知っていれば避けていたのに。


霖には、想いを読み取る力がある。精神感応の一種だ。周囲の人間の感情に影響されやすい。誰かが怒っていればそれに同調して怒りを顕にし、悲しんでいれば涙を流す。影響を受けるのは憎悪でも何でもだ。

それゆえ、想いが宿りやすい中古品には絶対に触れさせてはいけない。もし触れることがあれば、元の持ち主の感情を読み取って『こう』なる。

精神を没入させ、感情を移入し、物品に刻まれた想いを読み取ってしまう。

それは、霖の意思では避けられない。一度触れてしまったが最後、流し込まれる想いの濁流に飲み込まれるしかない。


「……お客さん?」

「何でもないよ。今のは忘れるといい」


事態が飲み込めず、怪訝そうにする店員に髪飾りを返し、そのまま霖を引っ張るようにその場を立ち去る。

そろそろ雑踏も真鉄の存在に気付き始める頃だろうか。ちらちらと視線を感じる。大々的に騒ぎになる前に露店市を離れたほうがいい。そう判断して広場の出口へと向かう。


霖はただ、されるがままだった。まるで何かを置いてきたかのように。

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