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化け物少女と、塔、登ります  作者: つくたん
かえったら、■さなきゃ
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そして私はまた死ぬのです

霖が目を覚ましたそこは、意識と命が断絶する前と同じ場所だった。

通行の邪魔にならないように端に寄せられてはいたものの、1歩も動いていなかった。


「おはよう」

「おはようございます」


にこりと微笑む真鉄にとりあえず会釈してから、記憶を現在に追いつける。

そうだ、自分は、確か。踏み出した途端に蟷螂に切り刻まれて、それから。


「……師匠はいつも、こうやって?」

「そうだよ」


柔らかい微笑みは変わらず、真鉄は霖のそれを肯定する。


再生能力を十全に発揮させるため、真鉄自らの手でとどめを刺した。

完全に死亡したことで帰還者としての能力が発揮され、そして霖は元通り復活した。


その事実を、真鉄は淡々と肯定した。

あっさり認めた真鉄の言葉を霖はじっと受け止める。


「そう……だったんですね」


では、魔物と対峙するたびに『気絶』していたのも。

戦闘開始から記憶がないのも当たり前だ。死んでいるのだから。


そうなんですね、と受け止め、事実を噛みしめる霖の様子を見、真鉄は微笑みを貼り付けたまま思考を走らせる。


これまで、真鉄が自分を殺害するという事実は覚えていなかったはず。前後の記憶は脱落していたからこそ都合のいいことを吹き込めた。外付けの魔力で強引に動かす武具を扱い損ねての気絶だと言い含めてきたし霖もそれを信じていた。

それがここにきて、殺害を記憶しているだなんて。帰還者の自覚は記憶の保持にも作用するのだろうか。


そんなことを考えつつ、取り繕うための建前を口にする。


「君を毎回殺していたなんて知られたくなかったんだよ」


こうして愛しい恋人を手にかけていただなんてことを。愛しい彼女に知られたくはなかった。


愛ゆえに、ではない。できるだけ本人に自身が帰還者であるということを自覚させないために。目と耳を塞いで飼い慣らすために。

だがその冷たい無感情を取り繕って、愛ゆえにという建前を述べる。恋人を殺すだなんて最悪の所業をしていたことを知られたくはなかったのだと。


「軽蔑してくれて構わないよ。殴られてもいい」


こう言えば優しい少女はそれ以上このことについて追求できなくなる。それを見抜いて謝罪を言う。

すべてを投げ出した平身低頭で謝れば、そこまで極端な詫びをしなくてもいいと遠慮と申し訳なさで言葉を引っ込めるはずだ。謝らないでくださいと慌てて追求を撤回するだろう。


「そんな、謝らないでください」


ほら、予想通り。謝罪然とした表情の下、内心でうっそりと微笑む。

なんと扱いやすいのだろう。ここまで飼い慣らしたかいがあった。


「私こそ師匠に無理をさせてしまってごめんなさい」


必要とはいえ、恋人を手にかけるだなんて酷なことを強いてしまっていた。しかもそれを誰にも明かすことはできなかったなんて。きっとつらかっただろう。それを知らず、のほほんと過ごしてきた自分が嫌になる。

そんなことを言い、自分こそ、と霖もまた真鉄に頭を下げた。


ここまで予想通りに事が運びすぎて笑えてきてしまう。計略はあまり得意でも好きでもないが、こうして予測通りに事態が転がることの快感は成程病みつきになる。

本当に、扱いやすくて助かる。


「許してくれるかい?」

「はい、もちろん」


こくりと頷き、霖は話を切り上げるように両手を叩いた。こうして重い雰囲気になった時、霖から話を切り上げる時の合図だ。この場ではもうこれ以上の話は不毛、これっきりにしましょうという無言の提案だ。


「そうだね、そうしよう。ごめんね、ありがとう」


そういった時の定型文を返して、真鉄もこれ以上この話を止める。

さて、話が終わったのだからこれからのことだ。あの蟷螂はいなくなったが、依然としてここから先の迷宮には強大な魔物が潜んでいるはずだ。

不意に1歩踏み出して四肢を切断されるのはごめんだ。気を引き締めなければ。霖にも手痛い授業料となったろう。


「はい! がんばります!」

「気をつけて。無理はしないで」


少しでも無理だとか難しいと感じたら、欲張らずに撤退すること。2歩進めると思ったなら1歩進むくらいの慎重さで行くように。石橋を叩くどころか補強工事までしていくつもりで。

それが上層を行くための心得だ。忘れかけていたそれを霖の死で思い出し、真鉄も気を引き締める。


「私が先に行っていいですか? 私なら、ほら、死なないですし……」


踏み出した1歩が致命傷になった時、自分なら取り返しもつきやすい。

そう思って出した霖の提案は真鉄に受諾された。いいよ、やってごらん、と。


「でも、完全帰還者なのを盾に無茶をしないでね」

「はい!」


では行こう。さっき踏み出して切り刻まれた二の舞にならぬように、周囲を警戒しながら同じ足を踏み出す。

1歩、2歩、3歩歩いて先を行く。真鉄がついてきているのを背後の気配で感じつつ、霖は誰に聞かれることのない小声で呟く。


――毎回殺していることくらい許しますよ。それよりももっと許せないことがあるので。


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