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化け物少女と、塔、登ります  作者: つくたん
かえらなきゃ
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「これから」に備えて、舞台裏

風が鳴く。風が泣く。風が哭く。

荒れ狂う嵐の体現がそこにいる。風の領域を支配する大鳥は今日も怒りを撒き散らしている。


「ルフ」


建物に吹き付ける隙間風のような声で鳴き散らす風の大鳥へ、ネツァーラグはそっと声をかけた。

返事は突風。しばしの後にそこに風が舞い込んだ。末端が薄く緑がかった羽毛の大鳥が壁に空いた穴から器用に滑り込んでネツァーラグの目の前に降り立つ。


これは大鳥そのものではない。姿を保てる程度のわずかな力を割譲した分身体だ。力としては本体の羽一枚にも満たない。

世界を睥睨する完全帰還者としてではなく、世界を守る塔の守護者として現れたネツァーラグへ、何の用だと要件を聞くためだけに遣わされた。


その努力に謝辞を述べつつも、早々にネツァーラグは本題へ入る。


「ルッカが来る」


それがどうした、との大鳥の返答。

いやいやこれは前置きだよ、最後まで話を聞けと肩を竦めてから、それで、と話を続ける。


「ルッカと……あぁ、完全帰還者もひとりついてくるかな。彼らを素通りさせてやってくれないかい?」


怒り狂い、手当り次第に誰彼構わず争いを挑む凶暴な大鳥の存在は、頂上を目指す探索者の前に立ちはだかる障害としてはうってつけだ。

だが、今からやってくるだろう彼らの目的は違う。彼らの目的は頂上ではなく書架だ。そこで知りたいものを知り、そしてそこで彼らの物語は終わる。


「いい加減冗長なんだよ、この物語も」


だからさっさと終わらせてしまおう。それには障害など必要ない。

だから風の大鳥には彼らに一切手を出さず、上階へと素通りさせてやってほしい。戦闘などもってのほかだ。


ぐるる、と風の大鳥が唸る。なぜそのような指示を聞かねばならないのだという苛立ちが吹き溜まっている。


「了解しないなら結構。守護者権限で君を封印する」


自主的に従ってくれれば嬉しいが、そうでないなら力ずくで。

そう言い放つと、風の大鳥は余計に唸り始めた。不服、不満、苛立ち、そんな感情が渦巻いて嘴から漏れている。


「どうする? 僕としては円満な解決を望むけれど」


塔の守護者の権能。完全帰還者の能力。そしてネツァーラグ自身の力。それらを投じてここで激戦を繰り広げても構わない。ちなみに全力を投じずともネツァーラグが勝つくらいの力量差はある。

その事実を踏まえて、さぁどうする、と風の大鳥に決断を迫る。


ぐるる、と唸った大鳥は忌々しそうに嘴を歪め、それから、渋々といったていで頷いた。


――了とした。戦いを挑むような真似はしない。


声なき声でそう返し、風の大鳥はゆっくりと翼を広げる。

非常に不服だ。この苛立ちは翼で風を切って空を飛び回ることで晴らすとしよう。腹立ち紛れの散歩、ふて寝ならぬふて飛びだ。


風の大鳥が窓を蹴って壁に空いた穴から再び飛び立つ。その先にいた本体が分身体を吸収してその身に取り込む。それから翼を翻して大空へと消えていった。


「素直で嬉しいよ。……さて」


真実の書架。氷の領域。そこまではいくつかの神々の眷属の領域を越えねばならない。

風、水、火、土、樹、そしてその後に氷の領域がある。そこで彼らの物語は終わるのだ。それより前に終わるかもしれないが。

その間にある障害は取り除いておこう。もう今さらこまごまと眷属との試練だ対立だの冗長なことに付き合いたくない。

例えるならば、終末へのレールを敷いているのだ。レールに載せ、勢いをつけて蹴り出せばトロッコは終点まで一直線だ。終点できちんと止まれるか、勢い余って崖に落下するかはトロッコ次第。


「冗長な手間はスキップしないとね」


世界のルールにおいて、探索者は未到達階へは1階ずつ登らねばならない。

そのせいで、書架まで直通で転移させるだとかのショートカットはできないのが口惜しい。できたのなら、さっさと書架まで転移させてやったものを。


「今まで悠長にしていたのに結末を急ぐなんて。何かあったの?」

「あぁ、次の話が詰まっているのさ」

「次?」


唐突に現れたサイハの急な呼びかけにも驚くことなく返す。

次、とは。精霊たちはまだ今の筋書きを完遂させることを目標にしていて、それを放棄して新しい筋書きを紡いでいるとは聞いていない。今はまだ、『ひとりの探索者が頂上に至る』というシナリオの真っ最中だ。精霊たちはまだそれを放棄していない。

それなのにいったい誰が『次』を用意するというのか。疑問を口にするサイハに答えるため、ネツァーラグは大仰な動作で床を指した。


「床?」

「君は暗愚かい?」


ネツァーラグが指しているのは床ではない。床よりももっと下。もっともっと。34階などではなく。31階でも11階でも1階でもない。もっと下。

そう、地下だ。そしてそこにあるものは。


「"彼女"が起きる」


一度は封印した世界の終末装置が、起き出す。


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