偽りを剥がして、でも最後の一線だけは残して
「ぅ……」
う、と唸って目を覚ます。首をめぐらせて枕元の時計を見てみれば、時刻はすでに夕方。薄闇が部屋を包んでいた。
どうやらだいぶ眠り込んでしまっていたらしい。頭痛の余韻か頭が重い。どんよりとした気分を晴らすために一度頭を振って、それから起き上がる。
ぐるりと部屋を見渡してみれば、机の上には書類がきちんと丁寧に整えて積んであった。おかしい。自分がそれを見ていた時には乱雑に散らしたはず。そもそも倒れたのだ。その時持っていたリストは。
……ということは、霖に見られたのか。
やれやれ。どう誤魔化そうか。偽らず、真摯に説明するにしてもどう言葉を選ぼう。
さっきとは別の意味で気が重い。長い溜息を吐いてから、ようやく覚悟を決めて部屋の扉を開けた。
「あ、師匠。起きたんですね」
「おはよう」
「おはようございます……って時間でもないですけど」
「気分的な問題さ。……誰か来ていたのかい?」
机の上にティーセットが2つ。そしてビスケットの空き箱が。
どうやら誰か来ていたようだ。この状況で訪れる人物など数人しか心当たりがない。その中でも霖が一人で応対できる相手ということに絞ればサイハくらいだろう。
「はい。サイハさんが。師匠が倒れたと聞いて、お見舞いに」
風の精霊が教えてくれたので見舞いに来たそうですよ、と付け足す霖に、そう、と頷く。
下手な人物でなくてよかった。サイハなら、霖に余計なことを吹き込みもしないだろう。その点は共犯者ゆえに信頼しておく。心の中で安堵の息を吐いてから、真鉄は話を変える。
「霖」
「はい」
「机の上のものを見た?」
「…………はい」
少し目を見開き、そして肯定。あぁ、見てしまったのか。
それによって彼女がどう出るかで二の句を考えよう。反応を見るために沈黙すれば、あの、と霖が口を開いた。
「……私は、帰還者なんですか?」
机の上のものを見た。死亡した探索者のリストと、枠外のメモ書き。それらから推察されることはとある条件における死者の特定であり、それをする意味を考えるとそこに行き着く。
自分は帰還者であり、その正体を探るために死亡者のリストを当たっている。そうなのだろう。
そうであるなら、数々の不審な点にも納得がいく。
想いを読み取る力。塗り重ねられた情動の塊である帰還者なら、物品に込められた感情に親和性が高くて当然。
武具が使えない体質もそうだ。武具は人間のために神々がもたらしたもの。人間でないモノは使えない。
そして、迷宮探索中。魔物に襲われるたびに気絶してしまうこと。
あれは自分の力量が及ばないこともあるが、それよりも。
「……本当は魔物に殺されているんでしょう?」
力が及ばず魔物に殺され、そして帰還者ゆえに復活している。そう考えると辻褄が合う。
気を失っているのではない。生命ごと断ち切られたのだ。放逐でなく断絶。
「霖」
「もうごまかさないでください」
そうなのだろう、と問うてくる霖に、あぁ、と息を零す。
これはごまかしが聞かない。話を逸らすことは不可能だ。ならばある程度開示する必要がある。問題は、どこで線引きをするかだ。
「……そうだね」
霖は帰還者だ。そこは認めよう。
ただの帰還者ではない。完全帰還者だ。有象無象の無数の感情の塗り重ねではなく、誰かひとりの感情だけで成立したもの。
想いを読み取る力の理由も、武具が使えない原因もその通りだ。情報の開示をする線引きをそこに置いて、魔物との戦闘の時の気絶のことは触れないでおく。3つのうち2つを肯定したのだから、残りひとつもきっとそうだと勝手に解釈してくれることを期待する。
「そう……だったんですね」
「ごめんね、隠してて」
「いえ。でも……だからこそ、書架に行きたいです」
自分が帰還者というのなら。いったい『誰』から成立したものか。それを突き止めたい。
そしてそれを、秘密を抱えてここまできた真鉄にも共有したい。お礼や恩返しというわけではないが、動機としてはそれに近い。
上層は真鉄にとって心が重くなる場所かもしれないが、それでも。
「あぁ。そうだね」
反対することなく、真鉄は霖の提案を受け入れる。不思議と、上層について考えても頭痛がしなかった。
「僕もこそこそ死者のリストを眺めるのも飽きたしね」
そしてそのリストは答えを教えてくれない。なら、もう書架に行って正答を見たっていいじゃないか。
いい加減焦れた。厚い氷を挟んだ向こうにぼやけて見える真実を必死に覗き見る真似は飽きた。仮説を立てて検証を繰り返すのも。霖を殺し続けることも。
もうこの恋人に自身が完全帰還者であるということが知れてしまったのなら隠し立てしなくていいのなら気が楽だ。
ただ最後の愛情の首輪だけは残して、後の残りの繕った皮は捨ててしまっていいだろう。
「終わりにするために、知りたいんです」
「そうだね。僕もそう思うよ」
さっさと決着をつけよう、愛しい恋人よ。




