矯正された偽りの団塊
この世界を壊そうと画策していた殺戮者と破壊者。その2人が真鉄たちの前に現れたのだ。
そして世界の敵は世界に選ばれたルッカたちを手にかけた。仲間に庇われ、真鉄だけは生き延びた。
サイハが真鉄の記憶を歪めて与えた内容はそうだ。真実は違う。
本当は、真鉄自ら手にかけた。主役を張るには人数が多すぎると。
精霊の筋書き、ファウンデーション。その概念に自力でたどり着き、理解し、実行した。
後に殺戮者と破壊者と呼ばれる2人は真鉄に対して何もしていない。個人の付き合いとしては、ルッカとその活躍を眩しそうに見上げる平凡な探索者どまりだった。その関係と時系列を歪めて、すでに殺戮者と破壊者として活動していることにし、2人の仲間を手にかけた犯人とした。
そしてその関係と時系列の矛盾に気付かないよう、検証することのないように頭痛という形で思考に制限をかけた。
それはサイハの罪でもあり、義務でもあった。
塔の巫女として、精霊が定めた筋書きを実行せねばならなかった。67人の失敗作を次に繋げるためにはそれが最良だったのだ。最善ではなかったことは認めよう。だが必要なことだった。
必要なことだった。仕方ない。そう。真鉄もまたそうやって胸中の百万語を押し殺して刀を血で濡らした。
――そんな真実など、言えはしないが。
「それで、世界を壊すだなんて巫女としても困るもの。だから協力して、2人を……って、ここからは英雄譚通りね」
真実を隠し、偽りだけを口にする。真鉄の仲間は殺戮者と破壊者によって殺され、ひとり生き残ったのだと。そうして仇討ちのように殺戮者と破壊者を打ち倒した。
世界を救ったという自覚は真鉄には薄い。仲間の仇討ちをしたらついでについてきたというような感覚だろう。英雄譚などと、そんな大層なものではなかったのだ。殺された、から、殺してやった。ただそれだけの復讐話。
「そんなに仲間のことを大事に思っていたんですね」
だからこそ、むやみに踏み込まれたくなかったのだ。真鉄が自分のことを深く語らない理由をそう納得して、うんうんと頷いて紅茶ごと話を飲み下す。
ただ仲間のために。世界を救うなどという大義名分などなく。結果的にそうなってしまったというだけで、英雄ぶるつもりはなかったと。
「あの3人は深い仲だったみたいだしね。元の世界でもそうよ」
この世界の探索者は、別の世界から召喚されてくる。特性なども鑑みつつ、4人セットのパーティとして呼び出される。
召喚元の選定はランダムで、初対面かつ別々の世界の人間の組み合わせがほとんどだ。知らない国どころか知らない世界からそれぞれ召喚され、そして今日からパーティとして活動しろというのだから無茶振りもすぎる。
イメージとしてはくじ引きのようなものだ。色とりどりのボールを一つの箱に放り込んで、その中から4つ引っ張り出す。それから盾役だの攻撃役だの役割を割り振って箱詰めし、この世界に送り出す。
だから文化も慣習も違う人間同士が組み合わせられてしまうのだが、中には、そうしたランダム性さえ振り切るほどの強い絆で結ばれる人間たちもいる。そうした人間は4人という数合わせをしつつ、そのままこの世界に呼び出す。
真鉄たちはその類の人間だった。元の世界で、強い絆によって結ばれていたのでそのまま抽出されて召喚された。
「つまりは、前世からの仲って言ったほうがわかりやすいかしら?」
「あぁ……なるほど……そんな仲だったんですね」
だから1人欠けても新しい1人を補充することなどなかったのか。何も知らない新入りが割り込めるほど緩くはない。
フェーヤが死んだ時にその絆はより強くなったろう。彼女のぶんまで絶対に、と願いを新たにしたことだろう。
それは聖域のように踏み荒らされたくないもので、それゆえに踏み込まれることを厭うていたのだ。
大事だから秘めておきたい。他人の手垢をつけられたくない。だから。
霖に語らないのもそれが理由だ。概要だけでも話したのは真鉄にできる最大の譲歩だったのだろう。
「ほら、噂なんてぱったりないでしょう」
「あ、言われればそうですね」
仲間が死んだ。ひとりだけ生き残った。その状況を好き勝手に推測する噂。その心情を好き勝手に思い描く思慮。どうやって死んだのだろうとかどういう気持ちだったのだろうとか、そういった類の噂がまったくない。
娯楽なんてろくにないこの世界で、そんな事件などあれば皆食いつくはずだ。人の噂話というのは格好の娯楽になる。
好き勝手に噂をする土壌があるのに噂がないのは、それが芽吹く前に片付けているからだ。真鉄はそれを絶対に許さない。あることないこと尾ひれをつけて誇張するどころか、その推測さえも。
お前たちに何がわかると怒鳴って、それを口にする人物を徹底的に断罪する。
「過敏に過激に……キロ族らしいわ」
真鉄は火の神を信仰する民族の出身だそうだ。火の性質である苛烈さをよくよく受け継いでいる。
思わず納得するほどの立ち振る舞いだ。
それほどまでに強固で、それほどまでに強靭な絆。その絆の強さは、巫女として見守ってきたサイハ自身よく知っている。真鉄だけ優遇しようとしたら3人が等しくなければ嫌だと断られたことも何度もある。
その絆を自らの手で断ち切る苦痛。感情を置いてけぼりにしなければ成し得なかった凶行。あのまま行けば真鉄は置いてけぼりにした感情に追いつかれて壊れていただろう。
だから記憶を歪めることで救ったのだともいえる。最善ではなかったが最良の救済だった。そう思いたい。
結果としてどうだったのかは、サイハ自身にもわからない。