思いのバトンは誰に渡す?
武具を手に握り、目を閉じて意識を集中させている霖を見守りながら、真鉄は冷ややかな視線を隣に向けた。
「あれは僕への嫌がらせかあてつけかな?」
あの武具に見覚えがある。ないわけがない。
あれは、真鉄が殺した人間のものだ。その持ち主は世界に絶望し、世界を壊さんと殺戮者となった。世界の終末装置とうたわれた破壊者と手を組み、2人で世界を壊そうとしていたのを真鉄が殺害という形で阻止したのだ。そしてそれにより、真鉄は世界を救った英雄と称されることになった。
それを持ち出して、挙げ句その思いを読み取らせようとは。
黒衣の男がやっていることは嫌がらせかあてつけにしか見えない。そういえば彼はあの殺戮者とそれなりに気が合った友人であったと聞いている。誰にも属さない絶対中立というスカベンジャーズという立場から積極的に介入はしなかったものの、その活動を特に咎めもせず看過していたという。
「いやいや、そこまで入れ込んでもねぇさな」
スカベンジャーズの摘発対象でなかったから咎めなかったし、個人として付き合いも深くなかったから協力しなかった。その程度の浅い仲なのだ。それでどうして嫌がらせやあてつけができようか。
霖に読み取りを依頼したのは、ただ物事を完全に終わらせるため。もし無念や後悔が残っていた場合、それは他の慚愧と混ざっていつか帰還者となってしまう。そうなればいささか締まりが悪い。だからもしそういった感情を残して死んでいたのなら、きちんと弔って昇華して、彼の人生を完全に完結させる。
「要するに、ピリオドを打つためさぁ」
そして完結した物語を読み返すほど、その物語に愛着もない。黒衣の男はそう言った。
「物事はちゃぁんと終わらせねぇとさ」
***
読み取る。集中する。訴えかける言葉を探して、見つけ次第拾い上げる。
教えて下さい。あなたが遺したものはなんですか?
――やれるだけはやったのだ。
満足ではなかったが、無念もない。反省するところはあったが後悔はない。
あとは託す。いつかの誰かに。このバトンを受け渡す。
だからどうか、いつかの誰かがこれを引き継いでくれることを望む。
惨たらしく続く無限輪廻の箱庭に穏やかな静寂の終焉を。
それきり、声は聞こえなくなった。
集中するために閉じていた目を開けると、それに気付いて真鉄と黒衣の男が霖を振り返った。
「どうだったさぁ?」
問うてくる彼に、読み取った内容を告げる。
荒れ狂う激情もなく、静かで穏やかな気持ちが宿っていたこと。いつかの誰かにバトンを受け渡すという内容。それはまるで、風ひとつない日の湖面のようだった。
「ふぅん……んじゃぁ、帰還者になることはなさそうだな」
「おそらくは……」
そういった強い感情は読み取れなかった。だからおそらくは静かに眠っているだろう。
帰還者となってしまうようなことにはならないはずだ。
「オッケー、んじゃ哀悼は終わりだなぁ。よし、じゃぁそれで許可ってことで」
早速転移装置の利用登録をしよう。霖から武具を受け取ってポケットに乱雑に突っ込んだ彼は、霖を転移装置のほうへと促す。
腰程度の高さの白い石の台座の中央に人間の頭くらいの輝く球状の宝玉が埋まっている。球からは光が漏れ、台座に彫られた溝を流れ落ちるように輝いている。これがスカベンジャーズが使う転移装置だ。迷宮の緊急脱出用の片道の転移装置とは宝玉の色が違い、町と町をつなぐ転移装置とは台座の色が違う。それ以外の基本的な見た目は同じだ。
「手をかざして魔力を流す……町の転移装置と使い方は一緒さぁ」
「はい」
迷宮の緊急脱出用の片道のものは不要だが、転移装置を利用できるようにするにはまず利用登録が必要だ。転移装置の宝玉と魔力で交感することで利用先を登録する。
この交感はいわば桟橋だ。大地を流れる川を船で行くために、乗り降りするための桟橋を作るようなもの。桟橋がないところでは船を乗り降りできず、桟橋と桟橋の間で移動する。新しく桟橋を作るには、陸を歩いて移動して桟橋を建設しなければならない。
黒衣の男に促され、霖は転移装置へと手をかざす。魔力を流して交感、としたところで違和感に気付く。
「あれ……?」
「どうしたんだい?」
完全帰還者とて魔力はある。というか体は肉でなく凝縮された魔力だ。だから交感できないことはないのだが。
どうしたのだと真鉄が問うと、交感できないと霖が返答する。交感のために魔力を流したのだが、それが受け取られない。
「あぁん? ……あー……なんだ、利用登録済んでんじゃねぇか」
ひょこりと霖の手元を覗き込んだ彼が答える。
どうやら、すでに利用の登録が終わっていたらしい。
「……いつの間に……?」
「記憶を失う前に登録してたのかな」
霖が完全帰還者となる前。曖昧な記憶では探索者をやっていた。
中層の攻略中までははっきりと記憶があるそうなので、ではその曖昧となってしまった記憶の中の出来事なのかもしれない。
「……と、いうことは」
ここまでの努力をひっくり返す可能性に気付いてしまった。
もしや、上層まで登録済みなんじゃないか?




