掃除屋の巣ってどんなところ?
翌朝。レストエリアを発って先へと進む。
今は13階。もうすぐで14階だ。まだまだ道は長い。
「まだ先は長いなぁ。とりあえず、20階を目指さないと」
「20……ですか?」
20階。ちょうど11階から31階への中間地点だ。
そこには何があるのか。曖昧な記憶を探ってなんとか思い出す。
知っているかい、と教師ぶった真鉄に問われ、掘り返した記憶で答える。
「えぇと……スカベンジャーズの巣、ですよね?」
「そう。正解だよ」
活動の中立さを保つため、スカベンジャーズは各町に家を持たず、どこのコミュニティにも属さない。
そんなスカベンジャーズの拠点は20階にある。精霊の許可のもと、20階をまるごと改築して自分たちの住居としている。
上階を目指す探索者が通るための一直線の通路を残し、あとはスカベンジャーズ専用の空間だ。スカベンジャーズ以外の人間の立ち入りは禁止されている。
「そこには転移装置がある。知ってるかい?」
「えーっと……うっすら……」
「あはは。覚えているなら何より」
20階には、スカベンジャーズが使うための転移装置がある。スカベンジャーズの巣から各町へと通行するための、スカベンジャーズ専用のものだ。
その転移装置は基本的に探索者は使えないのだが、スカベンジャーズの許可があればアクセスすることができる。許可さえあれば、町から町への転移先に20階が加わる。もし上層を目指して先に進んでいる間、何らかの理由で11階の町まで撤退しなければならなくなった時、探索は12階からではなく、20階から再開することができるというわけだ。
言うなれば、中間地点で設けられるリスタートポイントだ。
「大目標の前の小目標みたいなものさ」
いきなり31階が目標では心が折れた時に立ち上がれない。まずは半分。11階から20階と思えばいくらか見通しも立てやすいだろう。探索者にとってはそういった意味合いで目的地となる。
「でも、いいんですかね……?」
自分たち専用であるはずのものを探索者に使われることについて、スカベンジャーズ自身どう思っているのだろう。勝手に中間地点にされて利用されるのは不満ではないのだろうか。
ついついそんなことを思ってしまう。
「不満なら最初から使わせないさ」
真鉄も同様のことを考えて、本人たちに聞いてみたことがある。
その時の返答は、『特に何も』だった。それどころか、許可を与えるためという名目で探索者をからかうこともあるそうな。一発芸をしろ、面白ければ許可を出す、だとか。そういった緩い要求で使わせてくれる。
許可がいると言われれば気構えしてしまうが、実際はその程度の軽い扱いだ。
「あと6階かぁ、遠いよなぁ」
「う……頑張りましょう、師匠!」
「うん。霖も気負わずにね」
昨日の気絶を気に病まずに。真鉄が励ますように霖の肩を叩く。
その言葉は心配と慈愛に満ちたように聞こえるがその裏にある実態は無味乾燥な無感情だ。いつも通り、盾にして殺しただけなのでいちいち気に病まれても面倒だ。
「師匠は本当に優しいですよね」
「霖だけだよ」
この『優しさ』は。
***
14、15、16、17、18、19。
道中、魔物に襲われたり探索者パーティとささやかな交流をしたり。3日ほどかけて順調に階を登っていく。
ここまでは順調だった。あと1階。この19階を越えれば一区切りだ。
「油断しないようにね」
「はい!」
特別なトラブルもなく、順風満帆な道のりだ。だが油断はしてはいけない。
精霊は意地が悪いのでこういった油断の隙を突いてくる。精霊にとって探索者に魔物をけしかけることは一種のイタズラのようなものなので、気を緩めていればいるほど標的にされてしまう。常に気を引き締めて警戒していた方が手を出されにくいのだ。
「特にトラブルもない……ということはここで大きなトラブルを用意してくるのが精霊だからね」
「詳しいですね」
「巫女がよく悩んでいるのを聞いているからね。彼女、わりと愚痴っぽくて」
あぁだこうだと色々と。本来、塔の世界を統べる役割を持つ存在としては巫女と精霊は等しいものだが、年季の差からどうしても巫女の方が下になりやすいのだそうだ。そのせいで色々な用事を言いつけられて困っていると愚痴を聞かされている。
その『用事』がすぐ隣にいることについては黙っておこう。
「精霊ってのはろくでもないからね。それが管理するこの世界も……おっと、今のは誰にも言わないでね」
世界に選ばれたルッカがこんなことを言っていると知られたら。
悪戯っぽく笑って茶化して、それから軽口を引っ込める。油断するなと言っておきながらこうして冗談を交えるのは、警戒しすぎて固くならないようにとの気遣いだ。13階でラクライ相手に気絶し、それからも何回か気絶してしまったことを気にする霖への。
その配慮を感じて胸が温かい気持ちになりながら、霖はきちんと前を向く。
純粋で健気だなぁ、本当に。




