雷晴れて君は死ぬ
電撃の塊が霖に直撃した。直撃した雷電は少女の小さな体を焼く。電熱で肉が焦げる臭いが立ち込める。
その衝撃と電熱は少女の体にはひとたまりもなく、一瞬で命を奪う。
ラクライは雷の塊だ。そのエネルギーを発散させるにはラクライに攻撃をさせること。
つまりは電撃で霖を焼き殺したことで、充填されたエネルギーは消化され、ラクライは大幅に弱体化する。そうなればあの雷速は失われ、ただの『ちょっと強いくらいの静電気』と変わらなくなる。
そこまで脆弱なものになれば倒すのは簡単。ついと刃を翻し、一息に貫く。力の中心点である核を一太刀のもとに砕いてラクライを塵と消す。
そうしてから、電撃の衝撃か電熱かで死んだ完全帰還者を振り返る。足元の少女の体はすでに元通りのみずみずしい肌に再生されていた。
意識はまだないようで、その目は固く閉ざされている。起きるのを待ってもいいが、それならこんな通路の只中よりもレストエリアを探したほうがいい。
「手間のかかる恋人だなぁ」
そこも可愛いけど。呟いてから、さてと、と少女の体を担いで歩き出す。
レストエリアに着くまでに襲われないだろうか。精霊が空気を読んでくれればいいのだが。
***
「……あぅ……」
「おはよう、僕の可愛い霖」
気がついたらレストエリアだった。真鉄は火を起こしてのんびりと食事の準備をしている。麦と野菜を乾燥させたものを水で煮た粥のようなものの鍋を杓でかき混ぜていた。
「あれ……? 私……?」
「ラクライに気絶させられちゃってね。追い払った後にここまで運んできたというわけさ」
「そうだったんですね。……すみません」
「いいよ。気にしないで」
嘘は言っていない。ただ言葉と言葉の間に大きな事実の空白があるだけで。
微笑みで空白を隠し、さて、と話題を転換するように鍋の中身をぐるりと混ぜる。霖も目が覚めたのだし食事といこう。杓ですくった粥を器に移して霖に渡す。栄養面では干し肉でも添えればいいのだろうが死体を見たばかりなので肉は避けておいたほうがいいだろう。
完全帰還者なのだから本来食事は要らないのだが、人間だと思いこんでいるので必要だ。まったく手間と食費がかかる恋人め。
「はい」
「ありがとうございます。……いただきます」
匙ですくって口の中へ。麦のぷちぷちとした食感とわずかな塩味。消化によすぎて後で腹が減りそうだ。そんなことを思いながら、霖は温かい麦粥を胃におさめていく。
はぁ、と吐いた息は重い溜息だった。
まただ。また気絶してしまった。いつまで自分は足を引っ張るのだろう。
弟子として面目ない。自分の不甲斐なさに思わず重い溜息が出てしまう。
どうして気絶してしまうのだろう。いつも気を引き締めているつもりではいるのに。気絶するだけならまだいい。気絶前後の記憶まで抜け落ちてしまう。ラクライが壁を跳ね返りながら迫ってきて、そこから気がついたら今だ。こんな様子ではまともに探索者活動もできない。
「あまり思い悩まずにね」
「……はい」
こうして師匠に気を使わせてしまうのだから情けない。
だが思い悩んでも仕方ないのは確かだ。悩むだけでは物事は解決しない。改善の努力をして初めて解決する。
最後に溜息を吐いて気持ちを切り替え、粥の最後の一口を飲み下す。そうしてから、真鉄の鞄からノートと筆記具を取り出してもらって日記を書く。この悔しさと情けなさを忘れないうちに書き記しておかなければ。
「えぇと……」
ホロロギウム歴8874年48の月28日。迷宮にて。
見出しに日付を記し、書き出しの文章を考えながらペンを走らせる。
日記を書き始めた霖を横目に真鉄が食器と鍋を片付ける。液体貯蔵用のタンク代わりの武具から水をいくらか引き出して軽くすすぐ。水を切ったらあとは鞄の中へ。異次元につながる鞄の中で乾燥するので拭かなくていい。
そうして軽く片付けをしてから、霖を見る。可愛い恋人は真剣な表情でペンを走らせている。
人間ぶるな、怪物め。毒を吐きつつも、この怪物のことは嫌いではない。無垢で無知で扱いやすい状態でいることに対しては感謝している。
愛情と愛着については欠片もないが。100ヶ月一緒にいるし恋人関係になってからそれなりに経っているものの、そういった気持ちは芽生えもしない。言葉も態度もただの手段だ。
こういう関係は、そう言いつつも何だかんだで、というのがお決まりだが、残念ながら本当にない。ラクライの前に霖を押し出して盾にしたことについて、惜しむ気持ちも悲しむ気持ちもない。適材適所で適切に道具を使ったまで。
嫌いではないと言ったのは嫌悪感がないというだけだ。好きの裏返しでも天の邪鬼でもなく。本当に淡々と、無味乾燥に。言葉通りに。
「ねぇ霖。それって見ちゃだめ?」
「だめです!」
いつも通り師匠と弟子の甘酸っぱい関係でいよう。
大丈夫、建前は得意だ。




