電撃作戦
少し冷徹すぎたかもしれない。上階への道を探しながら、真鉄は心の中で先程の小さな悪意の結果を反省する。
彼らが死ぬように仕向けたことへの後悔ではなく、その際の態度の反省だ。あれは白々しすぎた。そのせいで、恋人が真鉄を想う気持ちが冷めてしまったかもしれない。それはまずい。手元で管理しやすいように、あの完全帰還者には自分に懐いていてもらわなければ困るのだ。
「霖」
「……なんですか?」
「考え事もいいけど、考え事ばかりはよくないよ」
ここは迷宮のど真ん中。いつ魔物が襲ってくるかわからない。
特に今、精霊たちは真鉄へけしかける魔物への制限解除中だ。普段、通常の探索者の前に出現する魔物よりも桁違いに強い魔物が真鉄たちの前に現れるようになっている。
具体的には、中層にありながら、上層相応の強さの魔物が出現するというわけだ。さすがの真鉄でも上層の魔物は手間取る。下層や中層のそれのように、一太刀で倒せるものではない。
そんな強さの魔物が出るとわかっていながら、考え事に没頭できる余裕があるとは思えない。思考に沈み、注意が逸れたその瞬間を狙ってくるだろう。
「さっきから魔物が一切出てこない。ということは、精霊たちは警戒が緩む瞬間を今か今かと待っているってことだよ」
悪事の前に、息を殺して潜んで隠れているような。そんな沈黙を感じる。
このまま霖が考え事に沈み、真鉄がそれに付き合ったら。その瞬間に襲い来るだろう。
だから考え事はレストエリアで。今その悩みはいったん捨て置いて、この先に進むことだけに注力すべきだ。
「……はい」
「うん、僕の可愛い霖が思い悩んでいる顔も可愛いけどね」
「しっ、師匠!!」
そういうことをさらりと言うのだからまったく。深刻に悩んでいる自分が馬鹿馬鹿しいじゃないか。
頬を膨らませる霖をさらりと受け流し、さて、と真鉄は刀を抜く。真鉄の予想が正しければ、そろそろ魔物が飛び出してきてもおかしくはない。
「気をつけてね」
「はい!」
もし襲い来るなら囮にならなければ。攻撃を引き寄せつつ自分が生き延びるように逃げ続けるというのはかなり神経を使う。恐れず立ち向かい、隙を生み出すというのは勇気がいることだ。誇るといい、と真鉄に言われたことを思い出して、首から提げたペンダントをぎゅっと握る。
真鉄の心無い行為について思い悩むのはあとだ。まずは安全に確実に先に進むことに注力しなければ。
「うん。凛々しい顔をしている霖も可愛いなぁ」
惚気全開のぼやきが聞こえたが気にしないでおく。気にしたら負けだ。
深呼吸して気持ちを切り替えている霖の背中を見、真鉄は穏やかに無感情に微笑む。
いやぁまったく、扱いやすくて楽でいい。彼女にはこのままでいてもらわなくては。
「霖」
「……はい」
深呼吸して目の前のことに集中したおかげで感じ取れる。この向こう、進行方向から何かが壁を跳ね返りながら飛んでくる。壁から壁へ、球が跳ね飛ぶように。
壁にぶつかるたびにばちばちと火花の音がするから、おそらくこれは雷の精霊が仕込んだ魔物だろう。
「ラクライだ。おそらく」
「はい!」
跳ね回るそれの名はラクライという。古い言葉で『楽しむ雷』という意味を持つ。今の言語で字を当てるなら楽雷だろうか。
ラクライは天から地に降り落ちる雷を切り取って丸く固めたような形をしている。つまりは球体の雷だ。壁や天井、床にぶつかって跳ね、進路上にあるものを電撃で攻撃する。絶えず散る火花が歓声に聞こえること、跳ね回る様子などから連想してこのような名前がついた。
「あれは速い。囮になることを考えちゃだめだよ」
「え、でも……」
「電撃の速度を振り切れるかい?」
「…………無理です」
人間の足では不可能だ。完全帰還者の自覚を持ち、その能力を存分に振るえば受け流すことは可能かもしれないが、自覚のない霖には無理だ。囮にはなれない。
真鉄でも反応できないだろう。跳ねる角度と位置からおおよその軌道を予想するのが精一杯。その状態でラクライを捉え、その力の核を貫き殺すのは容易ではない。
ではどうするべきか。簡単だ。電撃というエネルギーの塊なら、そのエネルギーを吐き出させてやればいい。平たく言えば、エネルギー切れを起こすまで存分に跳ね回らせて消耗させれば自然と消える。
「え、でも避けられないって……」
「うん。だからね」
ラクライはすぐ近くまで来ている。跳ねる角度と位置を調整してこちらに直撃するようにと狙っている。あと少し。おおよその位置を計算しながら、その機をはかる。
3、2、1。カウントダウンをしながら真鉄は言葉を紡ぐ。
「エネルギーを発散させるに一番いいのは攻撃をさせることだ。……つまりは」
こう。
電撃の塊が霖に直撃した。




