欺瞞だらけの嘘つきめ
彼らと別れて迷宮を進む。真鉄にとってはもう何度も行った道だ。上階への道は記憶している。
交差路を右、角の分かれ道は左に曲がって直進。慣れた道なので迷うはずもない。
「……あれ」
迷うはずもない。そのはずだったのだが、真鉄たちの目の前には行き止まりが立ちはだかっていた。
石壁はぴったりとその道を閉ざしている。こっそりと抜け道がありそうな気配もない。完全なる行き止まりだった。
「師匠? どういうことですかこれ?」
「……精霊の仕業かな」
道を覚え間違えていたということはないだろう。記憶力にはそこそこ自信がある方だ。
だとするなら、迷宮の構造が変わったのだ。精霊は塔の管理と維持を行う。水の精霊はレストエリアに清らかな水を提供し、樹の精霊はカロントベリーをはじめとした植物を設置する。雷の精霊は迷宮内の明かりを担い、風の精霊は換気を行い、火の精霊と氷の精霊で適切な温度管理をする。土の精霊は破損した壁と天井と床を修理する。
こうして塔の中の環境は保持されているのだが、時折、精霊たちは気まぐれを起こしてそのバランスを崩す。この行き止まりはおそらく、土の精霊が気まぐれを起こして経路を変えたのだろう。いつまでも同じ道、同じ構造では地図が作られ、出回ってしまう。各自でマッピングをしながら手探りで進んでいくなんてことをせず、地図を見ながら目的地まで一直線では探索の意味もなくなってしまう。その対策だ。
「どこも行き止まりで進めないってことはないですよね?」
「たぶんね。それをやる理由はないだろうし」
不敬をはたらいたとかで精霊を怒らせなければそのようなことはないだろう。
それに真鉄は世界に選ばれたルッカだ。精霊に認められた『頂上に至るにふさわしい者』。単なる褒め言葉ではなくそのような評価であるなら、行き道を塞がれることはないはずだ。
「まぁ、気まぐれだろう。引き返すよ」
「はい!」
引き返して別のルートを探そう。踵を返す真鉄に霖がついていく。来た道を戻り、別の分岐へと行ってみる。しかしそこも行き止まりで、結局、戻るに戻っていってしまった。
「この先は……えぇと、さっきベリーがあったところでしたっけ?」
「そうだね」
奇しくも、自分の小さな悪意の結果をその目で見ることになりそうだ。
彼らと別れてから今まで。時間は十分だ。彼らは『嘘つき』を口にし、そして死んだはずだ。真鉄の目論見通りに。
さてどうなったか。ベリーの茂みがある場所はここを曲がればすぐだ。ついと角を曲がったその目の前には。
――無残な死体が4つ転がっていた。
「あ……」
あの人たちだ、と霖が呟いた声は石壁に反響してやけに大きく聞こえた。
真鉄の目論見通り、まんまと『嘘つき』に殺されたようだ。成果を目の当たりにして心の中でほくそ笑む。
「あぁ……『嘘つき』を食べたのかな。霖、あまりいいものじゃない。見ないほうがいい」
「でも」
「行くよ」
自分たちは彼らにどうすることもできない。哀れな犠牲者に黙祷を捧げるくらいだ。
死体の回収や掃除はスカベンジャーズがしてくれる。死体漁りの趣味がないのなら、彼らに対して何もすることはない。
やれることがあるとすれば、道のど真ん中に転がる死体を踏まないように端に寄せ、あのようにならないように気を引き締めることくらいだ。
「でも、これを教えたのは……」
でも、ベリーの茂みの存在を教えたのは師匠ではないか。そう霖は言い縋る。
そのことに対して責任感や罪悪感はないのか。糾弾のような声に真鉄は首を振る。
「『嘘つき』を見抜けなかった方が悪い」
「だって」
「それとも、彼らが『嘘つき』の存在を知らなかったことを見抜いて警告しろと?」
まさか、探索者の常識である『嘘つき』の存在を知らなかったなんて。
そのことを見抜いて警告しなかった責任だとでも言うのか。懇切丁寧に手取り足取り教えなかった真鉄の責任であると。残念ながら、真鉄はそこまで万能でもないし親切でもない。
この不幸な事故は、『嘘つき』がいることを見抜けなかった彼らの責任である。彼らは曲がりなりにも中層まで来た探索者なのだ。これくらい知っておいて当然だった。知らないのは情報収集を怠った彼らの怠慢だ。
「探索者にはよくある事故さ」
心を痛めることはない。平然とそう言って、真鉄は死体を跨いで乗り越える。端に寄せるのは面倒なのでしない。
霖もまた、小さく黙祷を捧げてから死体を跨いで乗り越える。気にするな、忘れるといいと肩を叩く真鉄の手の体温を感じながら、その場から離れるために歩を進める。
釈然としない顔のまま、霖は思考に沈む。
あぁ、自分は真鉄のこの態度をよく知っている。
欺瞞だらけの嘘つきめ。




