『嘘つき』は愚か者を殺す
「は、はは……なんだ、やっぱり何とかできるんじゃないですか」
軽薄な愚か者たちが乾いた笑いで真鉄を見る。
ダレカは逃げるしかない。ルッカでさえどうにもできないなんて嘘だったじゃないか。現にこうして撃退することができた。
結果として自分たちも助かった。助ける道理はないと言っていたのにだ。結果的に自分を助けてくれた。突き放す言葉は嘘だったのだ。
だったらもう一つの突き放す言葉も何だかんだ嘘になるかもしれない。下層に出現するはずのダレカが中層に出現したのは異常だ、異常事態が起きているなら安全のためにとか何とか言って。
そんな期待を浮かべているのだろうなと感じる。冷ややかな気持ちで真鉄は彼らを見返す。
どれだけ察しが悪いのだ。いや、理解が遅いのだ。もう一度突き放すしかないだろう。突き放したところではいそうですかとすんなり了承してくれるはずもないのでおまけもつけて。
「4人の原則で同行は無理だよ。だけど突き放すのは可哀想だからこの先のヒントだけ」
同行は無理。だが迷宮の道のヒントだけでも。
そんなふうに譲歩したふりをして言葉を続ける。これで納得してくれればいいが。
「僕らが来た方向……あぁ、こっちね。こっちの方にカロントベリーがある」
「ほんとに!? ありがとうございます!」
「どういたしまして。よい探索を」
どうやら納得してくれたようだ。これで食い下がられていたら面倒なことになるところだった。
安堵の思いで胸をなでおろす。でもやっぱり、と食い下がられる前に立ち去るとしよう。
その場を離れようとやや足早に踏み出す。その腹の底に仄暗いものを隠しながら。
ひとつの懸念がある。彼らのうちのひとりが霖を指して帰還者だと言ったことだ。実際は霖ではなく、その向こう側にいたダレカのことではあったのだが。
もし、帰還者の存在に鋭敏な体質であったなら。霖のことだって完全帰還者だと見抜いたかもしれない。
そうであれば厄介だ。これの存在を知る者は最小限でなければならない。彼らの軽薄さなら、軽率に言いふらしてしまう可能性はある。
たとえ根拠がなくても、その理論が破綻していても、噂というものは見出しの言葉が大きければ大きいほど広まりやすい。パーティでの探索中に襲われ、たまたま1人生き残った、目撃者なしという状況から『あいつは仲間を殺したのだ』と冤罪が発生した事例だってある。
『ルッカは帰還者を連れている』なんて見出しの噂が流れれば、それはたちまち広まってしまうだろう。その文言だけが先行して、理由や理屈などは置き去りにして。
あらぬ噂が立つことも問題だが、事実が広まるのもまずい。霖は完全帰還者なのだ。帰還者怖しで迫害が起きてしまったら。何も知らぬ少女のうちに、被害がないうちに排除してしまえという動きが起きれば。帰還者への恐怖と憎悪が渦巻けば、完全帰還者の性質として霖はそれを受け取って、その身に取り込んでしまう。誰かへの恐怖と憎悪に染まり、それを発散させようと殺戮が起きるだろう。その殺戮はさらなる恐怖と憎悪を呼び、あとは堂々巡りだ。
そうなってしまっては困る。この懸念はただの杞憂で、彼らは霖の正体に気付いていないかもしれない。だが、もし気付いてしまっていたら。
リスクは最小限に。後顧の憂いは断つべし。少しでも憂慮があるのならそれを排除すべきだ。
だから、あのベリーの茂みの存在を教えた。
腹が減ったと言っていた。空腹ならばあのベリーを食べ尽くすだろう。さっき真鉄たちが食べたせいで少しばかり果実の減ったカロントベリーの茂みを。
あんな小さな果実では4人分の腹を満たすには足りない。彼らはきっと隣の茂みにも手を伸ばす。カロントベリーと違って、鈴なりにたわわに実る『嘘つき』たちを。
ベロットベリーの毒は口に入れてから効果が出るまでしばらくかかる。体の異常が出る頃にはとっくに致死量を胃におさめている。あとは『嘘つき』が内臓から死に至らしめる。
カロントベリーとベロットベリーの違いなど彼らは知らないだろう。なにせ4人の原則さえ知らなかったほどだ。探索者として基本的な情報すら知らないのなら、探索者の常識である『嘘つき』の話も知らないはず。
彼らは『嘘つき』によって殺されるだろう。
このあたりは確証のない可能性の綱渡りだが、真鉄はそれがうまくいくことを知っている。
いつだってそうだ。真鉄が望んだものは、常に最良の結果で現れる。
まるで世界が味方しているかのように。




