寄生される謂れはないと突き放す
迷宮を歩くと思わぬ出会いがあるものである。
「あのルッカに会えるなんて! いやぁ嬉しいです! 腹ペコだけど、感動で胸いっぱいです!」
「それはどうも」
愛想笑いを浮かべて微笑む。
カロントベリーで小休憩を挟んで歩き出してしばらく。不意に呼び止められた。
真鉄に話しかけてきたのは4人の探索者パーティだった。どうやら新人上がりたちのようで、これから中層踏破を目指して進むのだそうだ。3日ほど精霊峠で精霊たちに翻弄され、なんとか13階まで登って、自分たちで道をマッピングしながら進んでいる最中なのだとか。
そこに偶然にも噂に名高い英雄を見かけ、思わず声をかけたというわけだ。そして簡単な自己紹介と握手を経て今に至る。
「話と、あと遠目に何回か姿を見たってくらいで……ほんとに、会えて嬉しいです!」
「そうかい」
愛想よく適当に話を合わせつつも返事は短めに。真鉄の応対は町でのそれと違ってやや冷淡だ。
彼らはこの機会に便乗して真鉄に同行しようとしている。というよりもうすでにそのつもりだろう。あのルッカと一緒にいれば魔物は即座に撃退できるし道に迷うこともない。安心安全の道中だと。
そう思うのは勝手だが、真鉄にそれに付き合う義理も義務もない。今名前と顔を知ったばかりの人間にそこまでしてやる意味も理由もない。
それに、霖がいる。何かのはずみで完全帰還者であることが露呈してしまうかもしれないし、精神感応と感情の同調のリスクもある。
軽薄な彼らの油断を精霊たちは見逃さない。気楽で呑気な探索が一転して悲鳴と絶望に変わる瞬間を楽しもうと魔物をけしかけるだろう。真鉄だって完璧ではない。魔物の存在を察知できない時はある。精霊たちは真鉄の隙を突いて彼らを殺しにかかる。その時、阿鼻叫喚が始まる。
目の前で魔物に殺された仲間。ルッカならば完璧に予防できたはずという勝手な期待が裏切られた慟哭。それらにこの完全帰還者が影響されないわけがない。
そういうわけで、彼らの同行は拒否だ。同じ探索者としての人付き合いとして挨拶を交わしたが、そこまでだ。これ以上付き合いたくもない。
だが、彼らは真鉄の同行を確信している。挨拶した、自己紹介した、握手した。たったそれだけで、彼らは真鉄が同行すると思い込んでいる。なんと軽薄で気楽で呑気で愚かだろうか。
「悪いけど、君らには同行しないよ」
「え?」
あまりにも察しが悪いのでつい言ってしまった。
真鉄の冷たい拒否に彼らは目を瞬かせる。思ってもみなかった一言を叩きつけられて驚いている。
どうして。自分たちと同じく、中層踏破を目指して進むのに。だったら一緒に行ったほうがいいじゃないか。目的は同じなのだから別れる理由がない。もっともらしいその裏には、真鉄という探索者に安全な道中を提供してもらおうという甘えが潜んでいる。
寄生根性たくましいやつらだ。裏に潜む甘えを見抜き、真鉄は思わず眉をひそめてしまう。だがいい。目的は同じなのだからというもっともらしい理由で同行するべきだと駄々をこねるのなら、もっともらしい理由で拒否しよう。理屈をこねるのは得意なのだ。
「君ら、4人のルールは知ってるかい?」
「……はい?」
「パーティは4人以下でなければならないってルールさ」
この世界に召喚される時、自分以外にも3人の人間が召喚される。そして自分を含めた4人でパーティを組んで下層から探索を始める。
探索者は4人でパーティを組む。編成は盾役、攻撃役、補助役、妨害役。それが探索者としての基本的なルールだ。
探索の途中で仲違いしたり死亡したりで人数が減ったり、メンバーの入れ替えで編成が崩れることがあるが、基本的にはそうだ。真鉄だって、盾役のトトラ、補助役のフェーヤと妨害役のシシリーと一緒に攻撃役としてこの世界に召喚された。
パーティは4人。では、5人以上はどうなのか。
答えは、『迷宮に入った直後に何らかの理由で死に、4人に調整される』だ。どういうわけか、必ずだ。
魔物の攻撃が『偶然』当たってしまって。探索者同士の闘争に『偶然』巻き込まれて。『偶然』出現したダレカに襲われて。理由はさまざまだが、そうなってしまう。
5人以上が認められるなら、極論、探索者全員で大規模なキャラバンを組んで頂上を目指すこともできる。それを予防するためのルールなのだろう。
「その鉄則があるんだ。君らは4人。僕らが加わったら6人」
もし同行し、パーティであると認定されてしまったら。たまたま行き道が同じだけ、パーティとして協力しているのではないという理由が通らなかったら。
なにせ彼らは軽薄にも真鉄の同行は当然あるものだと思い込んでいる。自分たちのパーティに真鉄ともうひとりの少女が加わったと捉えている。その認識が適用されて世界のルールに違反したと解釈されたら。その時、6人は4人に『調整』されるだろう。
「リスクは避けたい。わかるね?」
「でも」
「反駁は聞かないよ。僕の可愛い霖をおざなりにして無視するような輩に付き合いたくもない」
さっきから彼らは霖を無視している。自己紹介の時に握手しただけで、あとは一切会話に加えていない。加えられても完全帰還者の管理の面で困るのだが、こうまであからさまだと不快にもなる。
真鉄という最強の用心棒を得たという勝手な思い込みと合わせて反吐が出そうだ。
「師匠、私は別に気にしてなんか……」
「僕が気にするんだよ。僕の可愛い恋人に手を出されるのも困るけど、無視も腹立たしい」
そういうわけだ。あとは勝手にするがいい。霖の肩を抱いて引っ張って促し、この場から立ち去ろうとする。
勝手に期待しておいて、それが否定されたら裏切られたと一方的に罵ってくるかもしれないが、そんなものに構っている暇はない。どうでもいい。
「な……あ、この…………!!」
「待って! ねぇあれ、帰還者よ!!」
彼らのうちのひとりが、霖を指してそう言った。




