英雄たる理由
それは数年前のことです。
この塔は神とそれに連なる精霊が司る世界です。塔の頂上に至った者には、どんな願いも叶えるという褒賞が与えられます、
だからこそ探索者は頂上を目指し、塔を登ります。神々と精霊は探索者が頂上に至るにふさわしいかを試し、試練を与えます。
それがこの世界の構造です。……そのことについては、君たち2人もわかっていると思いますけど。
しかし、それを良しとしない大罪人が現れたのです。
その男は世界を壊そうとしたのです。神々と精霊に反逆し、世界を混沌と破壊で満たそうとしました。
動機はわかりません。理由はなかったかもしれません。この世界に価値はないと言って、意味のない虚無は消すべきだと憎悪をつのらせました。
世界を壊す怪物さえ従え、その男は殺戮を重ねて破壊をもたらしました。
「町を壊し、迷宮さえも……それが、"大災厄"と呼ばれる日です」
大災厄。あるいは大罪人の名前を取って煌夜。そう呼ばれる悪夢の日です。
魔力が炸裂し、破壊が撒き散らされました。展開される幾重もの魔法が夜の闇すら明るく照らすほど。
空を煌々と照らす魔法の力は無数の命を奪い街を壊し、そしてついには世界を平らげようと振るわれかけ……。
「その大災厄をもたらした大罪人を討ったのが、ルッカです」
ルッカ。その称号は頂上候補であると同時に、世界に選ばれた人物という意味をはらんでいます。
彼はその使命に従い、殺戮者を討ち取り、破壊者を封じ、そして世界に平和をもたらしたのです。
忌々しい殺戮者は永久に葬られ、憎悪の破壊者は永遠に封じられました。この大罪人たちは、もはや世界を脅かすことはないでしょう。
「それが師匠……真鉄様が英雄と言われる理由なのです」
そう締めくくって、霖は紅茶の最後の一口を飲み込んだ。
ずいぶんと拙い話になってしまった。これでは真鉄がなした偉業の1割も伝えられていない気がする。
「すっげぇー!!」
「なぁなぁ、やっつけたってどうやって!?」
自分で納得できない出来栄えだったが、少年たちは満足したらしい。すごいすごいときらきらと目を輝かせている。テーブルに身を乗り出し、前のめりで食いついてくる。
「どうやって、って……どうやってですか、師匠」
「そこ、僕に聞く?」
事実の羅列しかできないから話の主導権を渡したのに。
どうやって、と言われても刀で斬った。それだけだ。愛用の刀以外の武具を真鉄は持たない。
"徒桜"。それが真鉄が愛用する刀の名だ。何の変哲もない刀は、ただ斬ることのみに特化している。何を斬っても欠けることなく曇ることなく、切れ味は劣化しない。
それ以外の能力もない刀だが、突き詰めれば何にも負けない。最も単純だからこそ、最も強い。
その刀でもって斬った。どんな強大な力を持とうとも、ヒトであるのなら首を落とせば死ぬ。だから首を落とした。首を落としても死ななかったやつがいたので、それならばと封印した。
ただそれだけの話だ。子供に聞かせてもつまらない話だろう。もっとこう、何日にもわたる激戦があれば語り草にもなっただろうに。不意打ちの一撃で済ませたの一言が真相だ。
「えーと、あの、あ、暗殺ってやつですよ! うん、そう、きっとそう、ですよね師匠!」
「まぁそういうものかな」
子供の期待に沿うように頑張って脚色しようとする弟子に合わせて頷いておく。そういうことですよと言い繕う霖の横顔を眺める仕事に徹する。
彼女はというと、持ちうる語彙と表現力で事実を装飾して子供好みの大決戦の様子を作りあげ、語っている。時折行き詰まってこちらに助けを求めるかのように視線を寄越してくる。
その様子もまた愛らしいなぁと温かい気持ちで微笑む。そうしていたら、少年たちに鋭い質問をされて行き詰まって助けを求める視線とちょうど目が合った。
「な、何見てるんですか」
「僕の可愛い霖が今日も可愛いなぁって思ってるだけだよ」
「師匠!」
そういうのは子供の前では禁止です。へぇ、じゃぁ子供の前じゃなかったらいいんだね。いつもの流れで墓穴を掘らせ、撃沈した霖に勝利の微笑みを。
さて。ぬるくなったコーヒーを胃に流し込み、席を立つ。ファンサービスはもう十分だろう。
「あ、ありがとうございました!」
「どういたしまして。……ほら霖? 自分で立てないなら抱き上げてあげようか?」
「けけけけけけ結構です!」
公衆の面前で白昼堂々抱き上げられてたまるか。真っ赤な顔で突っ伏した霖が起き上がり、慌てて立ち上がる。勝利の余裕をみせる真鉄の横を逃げるように素通りして、足早に店を出ていく。
照れてるなぁ可愛いなぁとぼやき、真鉄もまた店を出た。