嘘つきは君を殺すためにいる
あぁ、これだから寝るのは嫌なんだ。
溜息とともに真鉄は目を開けた。
***
朝。目覚めて支度し、レストエリアを出て探索を再開する。今日はこのまま15階あたりまで進めればいいな、と目標を立てつつ歩みを進める。
魔物の気配もない穏やかで静かな雰囲気だ。訊ねるなら今だろう、と霖は口を開いた。
「ところで師匠って、眠り、浅いんです?」
「いきなりなんだい?」
「いえいえ。ふと気になりまして」
霖は真鉄の寝顔を見たことがない。いつも霖が目を覚ますと真鉄がおはようと微笑んでくれる。いつだって、真鉄のほうが先に目を覚ましている。
それが不満というわけではないのだが、ふと疑問に思ったのだ。もし真鉄が安眠できないなら、同衾をやめて別々に寝るべきではと。
「もともと眠りが浅いんだよ。霖のせいじゃない」
ゆるりと首を振り、霖のせいじゃないと答える。
眠れない。当然だ。この可愛い恋人を抱いて寝ているのだから。常に精神は緊張して眠りが浅い。
それに、眠った時に見る夢はたいてい仲間と過ごした日々の夢だ。出来事の追想の夢の結末はいつも『あの時』で終わる。仲間が死んだその時だ。鮮血に染まる水面と、その中央に立つ殺戮者。
世界の破滅を望んだ殺戮者。彼はまず最初にルッカである真鉄の仲間を手に掛けるところから世界の滅亡を始めた。
そうして仲間は殺され、その仇を、あぁ、頭が痛い。思い出したくもない。あの光景は未だに自分を苛み続ける悪夢だ。
「……師匠?」
「あぁごめん。考え事」
適当に言い訳を並べ、それらしいことを述べるとしよう。
悪夢の追想から思考を引き剥がし、真鉄はそれらしい言葉を連ねて言い繕う。
「もともと眠りが浅い体質だからね」
「それ、さっきも言いましたよ」
「あれ言ったっけ?」
考え事のせいで話が重複してしまった。
軌道修正しなければ。二の句を続ける。
「でもこれでもマシになったんだよ。どうしてだかわかるかい?」
「寝方のコツを習得したとかですか?」
「僕の可愛い霖を抱き枕にしているからね」
「師匠!!」
もう、と照れて顔を真っ赤にする霖に微笑み、いつも通りに惚気じみた冗談で締めて話を終わらせる。
こんな与太話、いつまで続けなければならないのだろう。時々辟易した気分になる。
「もう、師匠ったら……すぐそうやって……」
「霖が可愛いから仕方ないよ。……おや」
適当に話を締めた真鉄が何気なくやった視線の先。みずみずしい赤い果実の低木があった。
カロントベリーだ。つややかな赤いカロントベリーは収穫を待ちわびるかのようにたわわに実っている。迷宮の癒やしの象徴の恩恵にあずかるとしよう。
「少し食べていこうか」
「はい!」
赤い果実をつまんで摘み取って口に運ぶ。甘酸っぱさが口の中に広がる。ちょうどよい甘みと酸味が探索の疲れを癒やしてくれる。癒やされるほど疲れてはいないので、ただ味を楽しむだけにとどまってしまっているが。
「このベリーの低木も精霊が植えてるんですよね?」
「そうだね」
カロントベリーの木は樹の精霊の領分だ。樹の精霊が適当なところにベリーの低木を生やして回っているという。実際に生やしている光景に立ち会ったことがないのであくまで噂だ。
だから樹の精霊の機嫌を損ねると、すべてのベリーの低木が迷宮から消失することもありえるのだ。悪意を込めて、毒性のあるものに植え替えられてしまうかもしれない。
「いいかい、ベリーを食べる前には葉を確認するんだよ」
「葉?」
「『嘘つき』がいるからね」
迷宮の中に生えている植物には、毒性を持ったものがある。ベロットベリーと呼ばれるものがそれだ。
カロントベリーに似たそれは、食べた者を毒で苦しめる。食べた量が少なければ腹痛と下痢と嘔吐で済むが、多ければ死に至る。
迷宮に生えているそれをカロントベリーだと間違え、食べて死ぬという事故は探索者の間でまれにある。
「ほら、こっちの茂みを見てごらん。こっちのベリーは『嘘つき』だ」
見て、と横の低木を指す。少しくすんだ真っ赤な果実が鈴なりに連なって実っている。
こっちは毒性のあるベロットベリーだ。指し示すために果実を1粒だけ摘み取る。カロントベリーと一緒に並べて手のひらの上に載せて霖に見せる。
「違い、わかるかい?」
「……ぜんぜん……」
「そうだろう。それくらいそっくりなんだ」
だから『嘘つき』と呼ばれる。
見た目ではまったく同じだ。よく見れば熟した果実の色がわずかに違うが、個体差による色のくすみだと思うくらい小さな差だ。
甘酸っぱい癒やしのカロントベリーか毒のベロットベリーか、見分ける方法は葉にある。
ベロットベリーは葉に小さなトゲが生えている。表面を撫でれば、ちくちくとした産毛のような感触がある。その見た目と感触で判断するのだ。
「『嘘つき』には気をつけてね。あれは、善意の顔をして悪意を食べさせてくるから」
まるで自分のことを言っているようだと内心で自嘲しながら、最後の一口と決めた果実を口に放り込んだ。