その日、またまた夢を見た
その日、夢を見た。
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中層。真鉄たちの足を止めたのは樹の精霊が呼び出した木人だった。
名をモルラニ。樹によって起動されるものという意味を持つそれは、木の根や蔦や蔓を撚り合わせ、ヒトの形に形作ったものだ。
「まったく、ひどい通行止め!」
もう、とシシリーが歯噛みする。
モルラニは本体であるヒトの形をした部分を残しつつ、背中にあたる箇所から伸ばした根や蔦や蔓を迷宮の道幅いっぱいに広げて道を塞いでいる。この先に進みたければモルラニを倒せというのだ。
引き返し、回り道をするのはきっと不可能だ。樹の精霊の権限で、引き返したその目の前にモルラニが新たに現れるだろう。
樹の属性が象徴する性質は希望、そして束縛だ。芽吹く若芽は希望の象徴ともなるが、反面、地中で絡む根は他者を縛り付けるための縄のようでもある。
つまり、妨害という行為において、樹の属性はどの属性よりも優れているのだ。
「トトラ!」
「おうともよ!」
トトラが腕をまくる。
樹の精霊がなんだ。妨害をしてくるのなら、それ以上の力で上回ればいいのだ。それに足るだけの膂力をトトラは備えている。
「行くぞぉ!!」
モルラニのヒトの部分と取っ組み合い、その腕を引きちぎる。根と蔦と蔓が引きちぎれるぶちぶちという音が響く。そのままモルラニの背の根と蔦と蔓の壁も、と手をかけ、引きちぎり始める。
しかしモルラニも負けはしない。形を復元しようとちぎられた先から根と蔦と蔓を伸ばす。その復元すらトトラの膂力は引き裂いていく。
その取っ組み合いは圧倒的にトトラが有利だったが、次第にその勢いが衰えていく。
「真鉄、シシリー! 悪い、手伝え!」
「人使いが荒いなぁ」
「自信満々だったくせに」
この流れはひとりでなんとかする流れだろうに。だが目の前の取っ組み合いをただぼうっと眺めている趣味も義務もない。加勢しろというのなら手を貸そう。
トトラに請われ、真鉄とシシリーがそれぞれ武具を手にモルラニに取りかかる。助力が加わったことでモルラニの裁断のスピードは増した、が、突破には至らない。あと少し。しかしその勢いは少しずつ削がれていく。
「トトラ、シシリー。だめだ」
「あぁ!? なんで」
「麦踏みだよ」
麦という作物には、生育時期のはじめに芽を踏み倒す作業がある。踏まれた芽はより強く根を張り、丈夫に育つ。
今の状況はまさにそれだ。切り刻まれたモルラニはより強く根と蔦と蔓を張り巡らせ、頑強な体を構成する。つまり、攻撃されればされるほど防御力が増していく。中途半端な攻撃はモルラニを強化する肥料となってしまうのだ。
「そう言ったって……」
「っ、シシリー! 後ろ!」
そう言ったってどうするんだ、と問うシシリーの声にトトラの鋭い警告がかぶさる。
直後、鮮血が散った。
「っ……の、野郎……!!」
ぼたぼたと腹から血を流し、シシリーが憎々しげにモルラニを睨む。トトラが警告しなければ、そしてシシリーが反応できなければ、この鋭く尖った蔦はシシリーの心臓を貫いていただろう。
急所を逸れただけ幸運。だが不運はここからだ。シシリーにとってではない。真鉄にでもトトラにとってでもない。その傷をなしたモルラニにとってだ。
「"転化"」
相棒の武具の名を呼び、発動させる。ブレスレットが一瞬輝き、その能力を発現する。
みるみるうちにシシリーの傷が癒える。それに呼応して、ブレスレットの飾りが血を受けたように赤く濁っていく。
傷は完全に塞がらないまでも、血は止まった。今はこれで十分かと呟き、シシリーは武具の発動を中断する。
"転化"。それがシシリーの持つ武具の名だ。
術者が受けた傷を一時的にブレスレットへと移し替える能力を持つ。引き受けられる容量があるのである程度の傷までだ。だが、その容量内であり、なおかつ物理的負傷であれば傷を武具の中へと『預ける』ことができる。
その能力でもってモルラニから受けた傷を武具へと預ける。
出血が止まったことを確かめ、シシリーは凶暴に笑う。ここからが真骨頂だ。
「私の信条は"報復はきっちりと"でねぇ……」
やられたらやり返す。報復はきっちりと。目には両目を、歯にはすべての歯を。
報復と復讐。その根源の憎悪こそがシシリーの原動力。さぁ叩き返せ。相棒の武具の名を叫んで発動し、拳に込めてモルラニへと叩きつける。
絶叫。根と蔦と蔓の塊であるモルラニは声帯を持たない。だが、声帯があり発声ができれば喉が引きちぎれるほどの絶叫をあげていただろう。
シシリーの拳が叩きつけられたその瞬間。麦踏みの防御を破ってモルラニの腹部を貫通した。まるでそれは、シシリーが受けた傷をそのまま移し替えられたように。
そう。それがシシリーの武具の真骨頂だ。受けた傷を武具に預け、預けた傷を対象へと返す。まさに報復と復讐を体現した力だ。
頑強な防御を破った一撃はモルラニを構成する力の核まで砕いたようだ。枯れて朽ちるように、根と蔦と蔓の塊はばらばらと崩れ落ちていく。最後に枯れ葉がひらりと落ちて、それきり、モルラニは復元する様子を見せない。
「はん」
無闇矢鱈に人を傷つけると痛い目に遭うのだ。
やや憤慨したようにシシリーは口の端から漏れて固まった血を指で拭った。