幕間小話 愉悦と狂気から帰還した彼
だから、そう、組み替えたのだ。
真鉄は精霊の筋書きの主人公ではない。だから進んではいけない。主人公でもないものが頂上に至ってはいけない。だから道を閉ざす。
世界に選ばれたくば不要なものを削ぎ落とせ。『ひとりの探索者が頂上に至る』という物語に沿って、『ひとりに』なれ。
真鉄はその意図や世界の仕組みを知らずして正解に至った。仲間を殺し、『ひとりに』なった。
そうすることで『ひとりの探索者』という条件を満たし、そしてちょうど主人公に空席ができたので世界に選ばれた。
極論、真鉄でなくともよかったのだ。たまたまそれなりに実力があって、たまたま『ひとりの探索者』になって、たまたま手のひらで踊ってくれそうなものだった。別に真鉄でなくとも、そのあたりの有象無象の誰かでもよかった。選ばれたのは真鉄が特別だからではなく、たまたまそこにあったから。
そんな適当な理由で選ばれた真鉄を主人公となすべく組み替えた。
記憶を歪め、仲間を殺した人間を別のものにした。復讐の正当な理由と結びつけるために、仕手人を真鉄本人から討たれるべき悪へと変えた。
仲間を殺した悪を討ち、世界を救った英雄となるように。
「ひどい話じゃないか?」
「……ネツァーラグ」
「やぁどうも。意味深な会話を楽しみにきたよ」
そう警戒しないでくれとネツァーラグは肩を竦めた。
サイハがやったことは褒めるべきことだ。筋書きを正しくなぞるためにレールを敷き、それに載せるものの準備をしたのだから。塔の巫女という役目として当然の仕事だし、その結果が素晴らしいものであれば褒められるべきものだ。
「偽りの入れ子構造なんて面白いじゃないか」
完全帰還者ということを伏せて偽りの愛を注ぐ真鉄に偽りの情報を与えて。そのサイハだって塔の巫女として事態のすべてを知っているわけではない。精霊によって、知っていいことと知らなくていいことで情報が絞られている。
しかし精霊だって世界のすべてを知らない。神々はなぜこの世界を振り返らないのか疑問に思いながら、ただ淡々と探索者を召喚し、塔の頂上へと登らせる意味付けをして筋書きを作るだけ。
誰もすべてを知らない。ただ2人を除いて。
「あなたか司書がつまびらかにしてくれれば話は簡単なのに」
真実を司る氷の神の信徒である司書は真実に通ずる。よって、この世界のすべてを理解している。
そしてまたネツァーラグもだ。いつかどこかで氷神と接触した彼はそこで真実にアクセスする資格を持つ。
ゆえに、図書館の司書ヴェルダと塔の守護者ネツァーラグはこの世界について知らないことはない。
霖と名乗る完全帰還者の正体も原典も知っているし、その目的も諒解している。それを誰にも言いふらさないだけで。
「それこそあれだよ。試験の問題の答えを……」
「……教師に聞くやつがいるか、でしょう?」
はぁ、とサイハは嘆息する。この秘密主義者どもめ。
この2人が真鉄やサイハや精霊が謎を解くことを待たずして対処に出ないあたり、霖とかいう完全帰還者は世界にとって今すぐ排除せねばならない危険なものではないことは確かだ。あの完全帰還者をどうするかは塔の管理者側の判断に委ねるということだろう。
であるなら、謎解きを急ぐ必要はないか。もし真鉄が答えに行き着くことがなければ、適当に69代目を選出して引き継がせればいいだろう。そう判断して、とりあえずその謎は置いておくことにした。
「ところで、同じものとして親近感はわかないの?」
「別に」
「同じ完全帰還者なのに?」
この世界に完全帰還者は3体いる。
1つ目は霖と名乗る完全帰還者。これは手元で観察と分析を進めているものだ。
2つ目は"破壊者"と名付けられた世界の終末装置。世界への憎悪ゆえに帰還ってきたモノだ。これについては67代目と一緒に世界の破壊をもくろんだために封印された。
そして3つ目。最初の完全帰還者。それがネツァーラグだ。世界を知り、嗤い、そしてその愉悦と狂気で帰還ってきたモノ。
塔の守護者として世界を管理する側である前に、ネツァーラグは世界の理から外れた完全帰還者なのだ。
「それは君、同じ『人間』だからといってそのへんの通行人に愛着を持つかい?」
通行人ひとりひとりにそのような感情を持つだろうか。見知らぬ通りすがりの人間がいたところで、そこに誰かがいると思うだけだろう。顔見知りでもなければ気にも止めない。
ネツァーラグから霖への感情もそんなものだ。端的に言えばどうでもいい。
「そう」
「僕はこうして世界を睥睨しながら喜劇を嗤っていくだけさ。こうして時々意味深な会話をしながらね」
裏でそれっぽい意味深な会話を繰り広げて物語を捏ねくり回すだけ。自分の存在意義などそんなものだ。
完全帰還者らしく、それ以外のものは置き去りにしてきた。時々思い出したように、生前の懐古に浸るだけだ。
自嘲するようにネツァーラグは笑う。その自嘲もまた、愉悦と狂気と一緒に還ってきたものの一部だ。
「そう」
「そうさ。さぁて、もうこの幕間の小話も終わりだ。プロットは書けたかい、精霊ども」
せめて面白い筋書きを作っておくれよ。




