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化け物少女と、塔、登ります  作者: つくたん
あの子は誰
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幕間小話 沈黙の明鏡止水にて

ファウンデーションというものがある。

それはいわば、精霊の筋書きが定めた主人公だ。こういう展開が見たいからこうしようという台本の主役のことである。

いつかに精霊が決めた今回の筋書きは『ひとりの探索者が頂上に至る』というものだった。その方針のもとに世界は再構築されて矯正されて作られた。その筋書きは基本方針を守りつつも、結末に至るまで延々と続けられている。選出した主人公が途中で挫折することがあれば、その役割を取り上げ、別の人間に付与する。そうしてバトンが回されて真鉄で68代目だ。

今まで67人がその筋書きに選ばれてきた。だが、まだ結末には至らない。誰も頂上に至っていない。挫折と移譲を繰り返して67人が筋書きに轢き潰されていった。


こんなに人数と手間をかけてもまだ結末に至らない。

いい加減にオチが見たいと焦れてしまうのも仕方ないことだ。だから精霊たちは強制的にレールを敷くことにした。

五感を潰し手足を切り落とした人形をトロッコに載せて走らせるような、そんな真似をすることにした。

今まで失敗した理由は、駒に情報を与えすぎたことにある。箱庭の駒が、自身が駒であることを自覚して壊れてしまったり反抗したのが原因だ。ならば、情報を与えなければいい。まるで、五感を潰し手足を切り落とすかのように。


何も与えず、都合よく扱えるように。五感を潰し手足を切り落としただけでは人形は苦痛に悶えるだろう。だったら、感覚を削ぎ落とせばいい。

そもそも自分の五感や手足がどうなっているかを知覚しなければ苦痛に気付くことはないのだ。


――そのようなことを、68代目(真鉄)になすのだ。


***


ちょうど67代目が駒であることを自覚して壊れて反抗しようとしている。もはやそのような駒は筋書きには必要ない。だから排除する。

精霊が決定した通達を聞き、その排除のために自分が動くのだろうとサイハは小さく嘆息した。だが、それとは裏腹に精霊は驚くべきことを口にした。


その排除を68代目にやらせようというのだ。


「輝カシク、素晴ラシイ英雄! ソノ伝説ノ始マリニハ、チョウドイイデショウ?」


世界に選ばれた英雄。その付加価値を推して自尊心をくすぐり、精霊たちのやることに対して盲目にさせる。世界に選ばれたという特別感を自ら捨てるような人間はそういない。どんな願いも叶うという頂上に至る目的があるならなおさら。世界に選ばれたということはすなわち目的への近道だ。


塔の頂上に至れば、どんな願いも叶う。探索者となる人間の召喚の条件は何かしらの願いを持っていることだ。

神の奇跡でなければ叶わないほどの飢餓感と枯渇感でもって願いを抱えている。だから探索者は皆塔へと登る。自らの望みを果たすべく。

その褒賞を用意した側である世界に選ばれたとあらば僥倖だ。暗く果てのない闇に光がさしたような感慨を得るだろう。


その要素を推して驕らせ、世界に疑問を持たなくさせる。言いなりになってしまえばあとはレールに載せるだけ。結末まで一直線だ。

そうしてようやくこの長い長い筋書きは終わる。

もっとも、筋書きが終われば次は新たな筋書きが組み立てられるだけだが。


「ソレジャ、68代目ノコト、ヨロシクネ」

「……えぇ」


世界に選ばれたルッカ。世界を救った英雄。その付加価値を作り出す第一歩を始めよう。


英雄となるには、討伐されるべき悪が必要だ。幸いにも、筋書きを離れてしまった67代目が世界の破壊のために活動しようとしている。

これを討伐せしめることで、68代目を英雄としよう。世界の破壊をもくろむ悪を滅ぼした救世の英雄として。


そのためには、68代目に悪を討つ理由が必要だ。


――だったら、この状況を利用しようじゃないか。


***


35階。水の領域。沈黙の明鏡止水にて。


水があった。複数の階層の床を抜いて作った巨大な湖。底が見えないほど深く彫り込まれた中に濁濁と水が溜まっている。

沈黙するかのようにその水面は静かだ。静寂の水は何も語らない。ただひたすらに沈黙を守っている。


その静寂の空間は赤く染まっていた。

血まみれで立つ真鉄の手には愛用の刀。足元には2つの死体。何があったかを言われずとも察した。


精霊の筋書きは『ひとりの探索者が頂上に至ること』。そこに仲間は要らない。

だから36階で火神の眷属に先に進む資格なしと叩き出されてしまった。火神の眷属は筋書きのことも何も告げなかった。ただ一言、先に進む資格がないとだけ言った。

先に進むにはどうしたらいいのか。彼は自力で答えにたどり着いたのだ。主役を張るには()()()()()()()ということに。


真鉄はサイハの登場に気付いたようで、無表情で彼女を振り返った。

その無感情さはサイハもよく知っている。目的のために感情を押し殺した顔だ。感情を鈍麻させて『何も感じない』とするための。胸中に渦巻く百万語をやりすごすための。


「……これで合っているだろう。巫女?」


名前ではなく、役職で呼んだ。その意味を諒解しつつ頷く。真鉄はサイハ個人としてではなく、巫女という立場の人間に話しかけている。

36階で火神の眷属に追い返された際に言われた『足りない』ものの答え合わせを求められている。


「正解よ」


合っている。それで正解だ。巫女という立場の人間として、真鉄の行動を肯定する。


さすが『今週』一番のルッカだ。理解力、洞察力、推理力、判断力、そしてそれを行動に移す実行力と完遂してしまう力量。すべてにおいて優れている。

しかし頂上にたどり着くのに必要なのはそれではない。精霊の筋書きに選ばれるかどうかだ。選ばれなければどんな天才でも端役のままだし、選ばれさえすればどんな愚鈍な凡百でも主役だ。

真鉄にはただその一点だけが足りなかったのだ。だから35階から先に進むことができなかった。


だが先に進むために必要なものは、今から与えられる。自ら余分なものを削ぎ落とした聡明な決断に黎明の進呈を。


――その記憶を歪め、主人公へと堕ちるがいい。

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