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化け物少女と、塔、登ります  作者: つくたん
師と弟子と
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それを愛でる理由

世界に名を馳せるルッカが利用することで、その店には付加価値がつく。『あのルッカが贔屓にしている店』というブランドは客を寄せ付ける。

そうすることで消費を促し、経済を回すのも『英雄』という者の役割なのだ。


「たとえば、このノンナのハムのサンドイッチとかね」


ノンナとはこの世界に生きている家畜だ。

山羊をベースに鶏の脚をつけ、羊の毛と牛の乳と豚の肉をつけたような生き物である。

肉や乳だけではなく、頭頂部から尻まで体に沿って生える長い角も、多少の高さから落ちたくらいでは骨折しない丈夫な骨も、どんな環境でもたいてい適応できる丈夫な皮膚もすべて活用できる。

悪環境にも耐えるし気性はおとなしい。全身使い道があり栄養たっぷり。人間に使われるために生まれてきたのではないかというほど完璧な家畜だ。


そのノンナのハムを使ったサンドイッチはこの食事処の名物である。その名物を味わうために朝から人が並び、詰めかける。

何の変哲もないサンドイッチがこれほどの名物となった所以は『あのルッカがよく食べている』からである。


ちなみに、この食事処は少し前まで看板娘が一人で経営していた。父親はおらず、病気の母親がいる。

病気の薬代は高額で、その上借金まである。近所の気のいい人々の人情でなんとか存続していたような屋台はついに経営不能で取り潰しの危機に瀕してしまった。

しかし今では母親は薬で完治し、借金の完済を済ませ、それどころか飲食スペースを設けた店舗にまで成長した。その理由は言うまでもないだろう。


「もっともらしく言ってますけど……」


もっともらしく言っているが、実情はそれほど立派でもない。

このサンドイッチ店がここまでの奇跡を手に入れたのは、病気の母親と借金に苦しむ娘を助ける親切心でも何でもなく、ただ家から一番近かったというだけの理由だ。

家を出たら目の前にあって、そして値段も味もそう悪くなかった。だから頻繁に利用した。それだけだ。


「つまらない事実を虚飾することも大事さ」


真実なんてそんなものだ。諦観のような自嘲のようなことを呟いた真鉄は、ただし、と前言を翻す。


「ルッカについては、虚飾はないけどね」


頂上候補。救世の英雄。そう呼ばれることに関して虚飾はない。それにふさわしい実力も実績もある。

当然だ。だって自分は世界に選ばれたのだから。この世界を牽引する中心人物だと、はっきりと保証された。


「エイユウだ!」

「すっげぇ!! ホンモノだ!!」


食事の邪魔をしてはいけないと遠巻きに注目していた輪からまろび出るように、小さな子供が2人ほどテーブルに駆け寄ってきた。

大人たちが噂する伝説の英雄の姿を見、少年たちは頬を高揚させて歓声をあげる。


「お話して!」

「悪いやつをやっつけた話して!」

「こら! トーリス、ユーリス!」

「うげっ、おふくろだ!!」


きゃぁきゃぁと騒ぐ少年たちを母親らしき女性が叱る。少年たちに拳骨を食らわせ、申し訳ないように真鉄に頭を下げた。


「すみません、せっかくの食事中に……」

「気にしなくていいよ」


ちょうど食べ終わったところだ。値段相応のコーヒーを流し込んであとは立ち去るだけだった。

食事の時間を邪魔してしまったことを詫びる母親へと真鉄は温和な微笑みで首を振る。

それよりも、としこたま拳骨を食らわされた少年たちを見下ろす。


「ちょうど椅子が2つ余ってる。2人とも。座りなよ」

「えっ」

「あぁ、あなたももちろん」


面食らったのは母親の方だ。邪魔をしてしまったことを許してもらえただけではなく、まさか同席を促されるとは。

遠慮と萎縮の気配を見せる女性に人当たりのよい微笑みを向ける。


「子供を無下にするわけにもいかないだろう?」


その子が自分を慕ってくれているならなおさら。

それに、今すぐ片付ける用事もない。自分の偉業を語って聞かせる時間は十分にある。

だから当然。子供は嫌いではないし、ファンサービスをするのもルッカのつとめだ。


「そんな……」

「いいのか! やったぁ!」

「おふくろ、早く座れよなぁ~!!」


少年たちはその気のようだ。椅子によじ登るように座り、行儀よく背を伸ばす。

きっと学校の授業でもそうしないだろうというほどのかしこまり方だ。それほど聞きたいのだろう。結構。子供の期待に沿おうじゃないか。

萎縮してしまっている女性が隣の席から椅子を引っ張ってきて座ったのを見計らって、さぁ、と真鉄が口を開く。


「そういうわけで、霖。どうぞ」

「私ですか!?」

「自分のことを自分で自慢するほど滑稽なことはないだろう?」


少年たちが期待しているのは単なる事実の羅列ではなく、事実を元にした英雄譚だ。

真鉄は事実を述べることはできるが、英雄譚と呼べるほど事実を装飾することはできない。そういうわけで、可愛い弟子に語ってもらおうじゃないか。


「もう……いいですけど……」


それでは語ろう。彼が英雄たる理由とその偉業を。

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