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化け物少女と、塔、登ります  作者: つくたん
あの子は誰
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この日、また私はあなたに会う

目が覚めたら、何やら外が騒がしかった。

いったい何が起きたのだろう。喧騒は緊張感や刺々しい雰囲気はなく、穏やかで華やかだ。

身支度を整えて寝室を出ると、おはよう、と微笑む真鉄と目が合った。


「おはようございます、師匠」

「おはよう、僕の可愛い霖。よく眠れたかい?」


はい、と頷き、霖はこの喧騒の正体を真鉄に訊ねた。


「花祭りだよ」

「花祭り……ですか?」


そう、と頷きながら、真鉄は朝一番で買ってきたビスケットを頬張る。

10ヶ月に1度の祝祭。12ヶ月で1年の時間感覚を持つ人々のための便宜的な新年祭だ。祭りの会場となる1階の町の中央広場は花で埋め尽くされ、賑やかな喧騒と華やかな音楽に包まれる。そんなことを説明しながら2枚目のビスケットを。


「行ってみるかい?」

「え、いいんですか!?」


この体質だ。人々で賑わう祝祭の場はリスクが伴う。もし偶然、何かしらの感情を読み取ってしまったらと思うと、人の多い場所へはなかなか行くことができない。

そのリスクを承知しているからこそ、賑やかな祝祭は家の窓から遠目に眺めるだけで終わるだろうと思っていたのに。まさか真鉄からそんな提案が出されるなんて。


「構わないよ」


今日は特に予定もない。数少ない娯楽供給の祝祭だ。逃せば次は280日後。その時に立ち会えるかどうかはわからない。もしかしたら探索やクエストでいないかもしれない。

それならこの祝祭に便乗するのもありだろう。せっかくだ。


精神感応のリスクはあるが、それもまたいい思い出になる。損や害になることは起きないだろう。起きたら起きただ。

それに、そうなる可能性はかなり低いと真鉄はみている。


完全帰還者は他者の感情に影響されやすい。誰かが怒れっていればその憤怒は伝染して自身もまたどうしようもない怒りにとらわれる。

その性質は負の感情だけでなく良い感情にも適用される。つまり、周囲が喜び、歌い踊る華やかな祝祭ならばその雰囲気に影響されて霖自身も楽しい感情を得る。

あとは数の問題だ。祝祭を楽しむ無数の人々と、たったひとりの誰かの感情。前者のほうがはるかに完全帰還者の情緒に影響する。無数の楽しい感情を塗りつぶすほど強い情動が発生するとは思えない。それこそ、世界が破壊されるような未曾有の恐怖でもなければ。


「わぁい! じゃぁ、準備してきますね!」


***


花祭りはその名の通り、あらゆる花に埋め尽くされていた。

1階の町の中央広場は色とりどりの花で埋め尽くされ、噴水には花からこぼれ落ちた花びらが浮いている。道行く女性は花を編んだ冠や胸飾りをつけ、男でさえ胸や脇のポケットに一輪挿している。


朝から飲み騒ぐ賑やかな声、歌い踊るための華やかな音楽。籠にいっぱいの菓子を詰めた子供たちが砂糖菓子や砂糖漬けの花を売り歩いている。

真鉄たちが喧騒に踏み込めば、目ざとく見つけた娘がすかさず花束や花飾りを渡してくる。少女が渡してきた花飾りには近所の焼き菓子店の店名が記されたメッセージカードが挟み込まれていた。


「賑やかですねぇ」

「そうだね」

「こんなに楽しいとつられて楽しくなりそうです!」


財布の紐も思わず緩んでしまう。さっそく子供から砂糖菓子を買ってしまった霖がそれを頬張る。氷のように透き通った見た目の小さな飴だ。がりりと噛んで砕いてからゆっくり溶かす。


「飴は噛む派なんだ?」

「えぇ。噛んで砕いたほうがおいしいんですよ。常識ですよ。知らないんですか?」

「そんな常識知らないなぁ」


どこかで聞いたことのあるやり取りだ。その情景を思い出す前に菓子売りの少女が霖へセールストークを重ねているのが見えた。まずい。今の財布の紐の緩み具合なら籠いっぱいの砂糖菓子を買いかねない。財布の中身がすべて飴玉に変わる前に止めなければ。


「こら。全部買っちゃだめだよ。食べきれないでしょ」

「あ、師匠! でもこれ、おいしいんですよ!」

「だめ。ほら、行った行った」


しっしっと菓子売りの少女を追い払う。まったく、危ないところだった。

ふぅ、と息を吐く真鉄をよそに、霖は瓶いっぱいの飴玉を抱えて嬉しそうにしていた。いつの間にこんな大きなものを買ったのやら。


「甘いものに目がない霖はそれはそれで可愛いけど……買い過ぎちゃだめだよ?」

「う……で、でもこんなにおいしいですし……」

「もう……。その瓶の中身を食べきるまで他の甘いもの禁止だからね」

「え」

「昨日あれだけビスケットを食べたんだ、別に構いやしないだろう?」


食べ物の恨みは怖い。好物を取られたのならなおさら。これくらいの意趣返しはいいだろう。

霖にしっかりと言いつけてから、真鉄は周囲に愛想笑いをして手を振る。人々はルッカの存在にもう気付いたらしく、注目が注がれ始めている。英雄とはいえど祝祭を楽しんでいるのを邪魔してはならないと遠慮しつつもその動向は見逃したくない。そんな視線だ。

オフだからごめんね、とは言いつつも、真鉄はちゃっかり愛想笑いでざわめきに返す。ファンサービスはしっかりと抜かりなく、だ。


「……相変わらず人気者ね」

「おや」


吹き込んできた春の風に振り返った。




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