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化け物少女と、塔、登ります  作者: つくたん
あの子は誰
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氷に触れてかじかむ指

渡された膨大な数のリストを見る。1枚ずつ、1人ずつ丁寧に照らし合わせていく。

霖という名前の探索者がいるか。金髪碧眼。容姿。体格。年齢。髪を染めたとか体型が変わったという要素も考慮して、該当しそうな探索者を探す。

真鉄が探しているのは今現在生存している探索者のリストではない。死者のリストだ。帰還者ということは彼女は探索者として死んでいるはずなのだ。今この世界が成立して8874年、そのいつかの時間で。

幸いなのは霖が探索者であった時の年代を知っていたことだ。8872年の終わり頃。それなら、霖が記憶している年代と今までの間に死んだ探索者のリストをあたるだけで済む。性別と年齢で絞った結果が数枚の書類だ。封筒に入れられた紙の束を1つずつ検めていく。


「…………最悪の作業だなぁ」


8872年から8874年。その期間に死んだ女性探索者。その条件で抽出したリストには、真鉄のかつての仲間の名も刻まれていた。


8873年 65の月13日 シシリルベル・フランベルジェ 死亡


それは、真鉄が仲間の死を申告した日だ。自分の無力さを呪いながら、その名を告げた。そのことは記憶に鮮やかだ。どれだけの時間が経とうとも忘れはしないだろう。

このリストに載っていないが、もうひとりだってこの日に死んだ。正確には、この日に死を申告した。それより前には、先んじて欠けてしまった1人も。

このリストはそのことを鮮やかに思い起こさせる。それと対面しなければならないのは最悪の作業だ。まったく、可愛い恋人(忌々しい怪物)のためにこんな苦痛を強いられるとは。腹立たしい。少しでも憂さ晴らしするために次の殺害は手酷い殺し方にしよう。大丈夫だ、どうせ死の瞬間は覚えていない。


***


渡されたリストを封筒に入れて封をして、それを持って図書館へ。特に必要のない用事だが、せっかく1階に降りてきたのだからそのついでだ。


図書館はすべての探索者の知識を蓄積する場所だ。探索者は情報を提出し、それによってレベルを得る。レベルとはこの世界における探索者の評価基準のひとつで、言い換えればこの世界への理解度だ。この世界の構造や真実についてどの程度知識を持っているかの目安になる。

その図書館を統べるのが司書のヴェルダだ。彼女は探索者から記憶を抜き取り、複写する形で情報を収容する。そうして集積した情報を保管し、必要であれば他の探索者に情報を開示する。


情報の提出と閲覧のうち、真鉄の用事は後者だ。

すべての探索者から情報を集めて蓄積するという図書館の役割と、それを管轄する司書ということはつまり、ヴェルダはすべてを知っている。知らないものは存在しないだろう。だったら霖の正体についても知っているはずだ。

当然、霖の身柄を引き取ったその日に即座に当たった。だが彼女は知っていながらそれを伏せたのだ。試験の問題を解く時、解答を教師に訊ねる生徒がいるかと言って。

ヴェルダは口を凍らせて真実を氷の下に秘している。答えを問うても答えてはくれない。だが、時折その氷が溶ける時がある。寒さに凍える人間に暖を与えるように、真実の小さな断片を渡す。

慈悲深いといえば聞こえはいいが、要するに、問題文の数式の解法がわからなくて途方に暮れている生徒に公式を与えるようなものだ。解き方は教えてあげる、実際の計算は自分でやってみせなさい、と。

その高慢は気に入らないが、今はそれでも縋りたい。前の訪問からはだいぶ時間が経っていて、その間に進展はない。だから氷が溶けて真実の小さな断片を渡してくれる可能性はそれなりにあるはずだ。


図書館の玄関をくぐり、内部に入る。来館する利用者が情報の提出と閲覧のどちらを求めているのか振り分けるための受付カウンターへと進むと、受付嬢が真鉄に気付いた。


「はいいらっしゃいま……真鉄さん!? うひゃぁ、ルッカだ! 本物だ!」

「どうも。司書への面会を頼みたいんだけど」

「ははははい! 司書への面会ですね! はい、ちょっと待ってください。司書に確認を取りますので!」


ルッカの登場に喜色ばむ受付嬢は高揚した頬のまま通信武具を手に取る。図書館内の職員の通話用のもので、職員や司書にいつでも連絡することができる。


「司書に面会を……はい、そうです。真鉄さんが……」


受付嬢が通話している最中の暇を潰そうと背後を振り返る。遠巻きに真鉄を見る人々と目が合ったので、ついでに微笑んで片手を挙げる。世界の期待を背負うルッカとして、これくらいのファンサービスはしておかなければ。


「はい! ごめんなさい、お待たせしました。面会の許可が出たので、今部屋を用意しますね」

「ありがとう。どのくらい待てばいい?」

「それはすぐに! 番号札を取って待機するまでもない時間です! ……あの、そのついでといってはなんですけど、ひとつ、個人的な質問をさせてもらってもいいですか?」

「どうぞ」


図書館の業務に関係ない質問のようだ。無下にすることもない。ルッカとしてファンサービスは欠かしてはならないのだから応えるのは当然。いいよ、と質問を促す。

業務中なのに個人的な質問をすることへか、それともこれからする質問の内容ゆえにか、気まずそうに声を潜めて受付嬢は真鉄に質問をぶつけた。


「……あの、真鉄さんと一緒に暮らしている恋人さんについてなんですけど」

「僕の可愛い霖がどうかした?」

「気分を害する覚悟で言います。どうして付き合っているんですか?」


要約するとこうだ。世界の期待を背負うルッカであるのに、頂上への探索をいったん中断している理由は何か。恋人である少女と一緒に頂上に至るため、彼女が中層を突破する手伝いをするのだと言って。

それは無駄ではないのだろうか。恋人など置いて、上層探索者でパーティを組むなりして頂上を目指した方がいいのでは。ルッカだ、パーティを組みたい探索者はごまんといるはず。選ぶのに苦労はしない。

どうして付き合っているのだ。恋人関係を結んでいるという意味の『付き合う』だけではない。探索者として、中層未踏破の未熟者に合わせるという意味の『付き合う』も含めてだ。


「……ふむ」


そう言われればこんな質問を直接ぶつけられたことはなかった。ルッカのやることだからきっと何か意味があるのだろうと、そんな雰囲気でなぁなぁに受け入れられていた。

なぜ、と言われたら、正体不明の完全帰還者を飼い慣らすためだ。だが、そんな正直な理由は言えない。

対外的な理由が必要か。皆が納得でき、それも当然だと理解を示せる理由。


「ほら、僕ってルッカだろう?」

「はい」

「だからこそ、だよ」


今思いついたそれらしい理由をそらんじる。後続を育てるためだ、と建前を口にする。

ルッカだ英雄だと褒めそやされる自分だが、死んでしまえばそこで途絶える。だが、こうして後続を育てていれば、真鉄が息絶えたとしても、そのうちの誰かが新しいルッカになるかもしれない。


「死ぬ予定はないけどね。でも、上層だ。万が一もあるだろう?」

「はぁ……」

「それと、これが一番大事なんだけど」


受付嬢の反応が悪い。この建前は失敗だったかと路線変更をする。

ちょうど、面会のための応接室の用意ができたと呼び出しがきた。会話を切り上げられ、なおかつ通用する理由。真実を嘘で覆い尽くして建前を作り上げる。

これにしよう、と思いついた建前を採用することにした。


「一目惚れ、だよ。恋は盲目ってね」


まぁ、嘘なのだけれど。

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