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化け物少女と、塔、登ります  作者: つくたん
師と弟子と
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おはようございます、私です

おはようございます。自己紹介から始めますね。


私の名前は(リン)。雨に林と書いてリンと読みます。

この世界に住む探索者のひとりです。まだまだ未熟者で、探索者のランクは2。中層に到達し、新人探索者を卒業したばかりといったところです。

一人前にはまだ遠く、ベテランなんてもってのほか。でも中堅と呼ぶには未熟で、新人よりは熟している。そんな微妙な微妙な経験者です。


この世界は巨大な塔と、それを支える大地しかありません。

人々は塔の中に町を作り、探索者もそうでない人たちも、そこに住んでいます。町は1階、2階と11階、そして私がまだ行ったことのない31階の4つにあります。そこ以外の階層はすべて迷宮で、探索者は迷宮を踏破し、頂上へと向かって進みます。

でも私は未熟者で、それでいてパーティを組む相手もいませんでした。以前はパーティを組んでいたのですが、不仲をきっかけにパーティは解散。それっきりです。


だからきっと頂上に行くのは別の人なのだろう。私ではない。だって、私よりも素晴らしく、強い実力者はたくさんいるのだから。そう思っています。

たとえばそう、私のお師匠様とか!


私の師匠である真鉄さんはすごいんですよ。

世界最強。世界最高峰。そんな言葉じゃ足りないくらいの探索者です。誰かが頂上に到達するとするなら、まずこの人だろうと噂される『頂上候補』なんです。

そして、世界を救った英雄であり、それから――


――私の恋人でもあるのです。


***


とんとん、と部屋の扉をノックする。返事は沈黙。もう、と溜息を吐いて霖はそっとノブを回した。

きぃ、と小さく蝶番を軋ませ、ゆっくりとドアを開く。


文机と棚、衣類をしまうためのクローゼット。それと食事のためのラウンドテーブル。

必要最低限のものしかないシンプルな部屋には鎧戸のが閉じられた両開きの窓があり、その脇にはベッドがひとつ。

一人で寝るには少しばかり大きなサイズのベッドの中央には柔らかい毛布の膨らみがある。


「師匠ー」


朝ですよ。ドアから顔を覗き込んで、毛布へと呼びかける。返事はなかった。

まったくだらしない。揺り起こして目を覚まさせてやらねばならないようだ。肩を竦め、室内へと立ち入る。

冷え切った朝の空気と、柔らかな朝日を遮る無骨な鎧戸がもたらす薄闇に包まれた室内を進み、ベッドの脇へと移動する。

ベッドの主は頭まで毛布にくるまり、惰眠を貪っている最中のようだった。


「おはようございます、朝ですよ」


頭があるだろう位置に声をかけてみる。やはり返答はなかった。

仕方ない。やれやれと苦笑して、揺り起こそうと手を伸ばし、その刹那。


「わっ……!!」


毛布から手が伸び、霖の腕を掴んで毛布の中へと引っ張り込む。不意のことで油断していた霖は抵抗する暇もなくその内部へと引きずり込まれる。

がたん、ぎし、とベッドが揺れた。顔を上げれば、悪戯に成功した子供のような顔と目が合った。近寄ったところをベッドに引っ張り込まれて抱き込まれたと理解するにはそう時間はかからなかった。


「おはよう、僕の可愛い霖」

「っ……もう、寝たふりですか!」


狸寝入りにまんまと騙された。悪戯好きめ。悪戯をした子供を叱るようにたしなめ、霖は起き上がろうと肘に力を入れた。

が、ほどけない。霖の少女らしい華奢な体は師であり恋人でもある真鉄にしっかりと抱き込まれてしまっている。年齢差、体格差、実力差、どうあっても力ずくでは抜け出せない。


「は、離してください……」

「それは僕のご機嫌次第かなぁ」


つまりは、離してほしかったら機嫌を取れと。このシチュエーションで何をすればいいか、よくよくわかるはずだ。

にこりと微笑むその笑みは優しいながらも逆らえない圧力がある。さぁ頑張って機嫌取りをしてごらん、と形の良い唇が笑みを作る。


「ぅう……」


恥ずかしいが、望み通りにするしかない。顔が赤くなっていくのを自覚しながら、霖はそっと恋人に唇を寄せた。


***


「改めておはよう、僕の可愛い霖」

「おはようございます……」


機嫌取りと称してあんなことやそんなことまで要求されてしまった。朝から不埒なことになりそうになったのでさすがに怒ったが、そうでなければいったい何をされていたか。少なくとも、ベッドから起き上がれるのは昼過ぎになってしまっていただろう。


目を合わせるのも恥ずかしい。まだ赤い頬を隠すように顔を逸らして、外套を手に取った。


「朝ごはんはどこで食べますか?」

「そうだね、カフェ・レスタのサンドイッチがいいかな」


おいで、と真鉄が手を差し出してくる。手を繋いで歩こうじゃないかと誘う真鉄から逃げるように、霖は玄関扉のドアノブを握る。


「そ、そういうのは後で! です!!」

「うん、じゃぁ、後でたっぷりとね」

「師匠!!」


手を握るなどなんて恥ずかしいことをさせるのだ。ベッドの中で散々あれこれさせたくせに。

照れのあまり拒否したが、それが墓穴になってしまった。言質をとったと得意げな真鉄は上機嫌で鼻歌さえ歌っている。

これは今夜覚悟をしたほうがいいようだ。夜の自分が朝の自分を呪うのだろうと思いながら、うぅ、と唸って外套の襟に顔を伏せた。


「どうしたんだい?」

「なんでもないです」


これ以上この件について喋っていたら次はどんな墓穴を掘ってしまうか。下手なことを言う前に会話を切り上げなくては。

逃げるように握ったドアノブをひねって玄関を出て表通りへと足を踏み出す。肩が触れ合う距離で真鉄がその横に立って歩く。距離が近いと照れから悪態をつきそうになるが、それを言うと反撃が来そうなので黙っておく。

恋人同士だから当然だと言わんばかりに隣を歩く真鉄から半ば現実逃避をするように表通りの往来へと目を向ける。


この世界は塔とそれを支える大地しかない。よって、町は塔の中に作られる。

塔という建物の中だということを忘れるほどに天井と壁が遠い。石の壁という無粋なものを見ないようにという配慮からか、外周には目隠しのように樹木が配されている。

遠目でよく見えないが、建材用の木か果樹だろう。上を見て、石の天井でようやくここが室内だということを思い出す。

そこにぎっしりと家が積み重なっている。建材は塔そのものと同じ石でできている。ブロック状に切り出された石を積んで四角い家を作り、それを重ねて集合住宅にする。雨が降るわけでもないので窓は布のカーテンだけだ。


そして家々の隙間に網目のように石畳の道があり、殺風景な石を飾るために植木鉢や飾り布が提げられている。

ふと目に止まった窓辺では、手作りの朝食を並べる母親らしき女性の姿があった。


「……霖?」


恥ずかしさから顔を逸らし、往来を見ていた霖の表情が少しばかり曇った。そのことに気付き、真鉄が呼びかける。


「いえ……私もあぁいうふうに食事が用意できたらな、と思って……」

「なんだ、そのことかい?」

「体質だから仕方ないんでしょうけど、でも……」


霖は料理ができない。料理の腕がないわけではない。炊事や家事の技術は人並みにはある。

だが、ほぼ不可能なのだ。技量の問題ではなく、体質の問題で。


この世界には、武具と呼ばれる道具がある。

専門知識と素質が必要だった魔法というものを解明し、誰でも使えるようにしたものだ。これにより神秘であった魔法は人が使えるものとなった。

武具は戦いの道具だけではなく、日用品としても開発されていった。火打ち石は炎の魔法を刻んだ武具に置き換えられ、異次元に物品を収納する武具は鞄の代わりになり、手紙は通信武具へと切り替わっていった。


だが、霖は体質により武具が発動できない。戦いのための武具だけではなく、人を選ばずに日用品すらも。乳幼児でさえ起動できるそれを持っても、何も起きないし起こすことはできない。

生まれもっての体質だ。だから火打ち石を駆逐して普及した武具による炉は使えない。火を起こすことができない。だから料理をすることもできない。

料理ができないので食事はもっぱら外食だ。いつもこうしてどこかに出かけなくてはならない。


「別に僕は気にしないよ」


ふるりと真鉄は首を振る。料理ができないと嘆いているようだが、そんなもの真鉄だってできない。体質の問題ではなく技量の問題で。

そもそも食事にそれほどこだわりがない。必要な栄養さえ補給できるのであれば味も見た目もまったく気にしていないし頓着しない。手料理がどう、外食がどうだの何だのは問題ですらない。


「それにほら、僕はルッカだし」


人々に注目される『頂上候補』だ。そして世界を救った英雄でもある。

こうして往来を歩いているだけでも周囲の注目を嫌というほど浴びてしまう。あの英雄殿だ、と口々に噂する声が絶えない。


「だからこそ見栄を張らないとね」

「見栄……ですか?」

「ほら、大英雄がそんな所帯じみたことやってたら沽券に関わるじゃないか」


頂上候補。英雄。そういった立派なイメージを保つために見栄を張らないといけない。

所帯じみたこととは無縁でいなければ。特売の野菜が詰まった買い物かごを提げて歩く『英雄』などいてはいけない。

茶化すようにそう言い、だから料理などしなくていいのだと締めくくる。それは真鉄なりのフォローだった。


「まぁ僕なら特売の行列に並んでも様にはなると思うけどね」

「もう!」


どうしてそう変なところで自信満々なのか。

イメージを保つために見栄を張ると言ったそばから残念なことを言うのだから、まったく。

自惚れなのか自信なのか判然としない発言に頬を膨らませる頃には、武具の素養の話などすっかり頭から抜け落ちていた。

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