偽りを述べて微笑みで隠す
時計塔を去り、そのまま早めの昼食へ。ルッカ御用達の看板が輝くサンドイッチ店は今日も盛況だ。
適当にサンドイッチを頼み、そうそう、と言葉を紡ぐ。
「編成所への問い合わせだけど、僕がやるよ」
「師匠がですか?」
「そう。僕がやるから、ついてこないでね」
「どうしてです?」
探索者編成所など、このまま行けばいいではないか。今から向かったって間に合う時間だ。ちょうど時計塔と同じ1階にある。それなのにわざわざ断りを入れて真鉄が一人で行くだなんて。なぜ自分がついていってはいけないのだろう。
真鉄が一人で行動する時、必ず霖は家で留守番を強いられる。来客が来ても応対してはならず居留守を使い、決して家に出てはならない。自分の精神感応の体質のせいだろうが、それにしたって。
その不満と疑問がない混ぜになって真鉄を責めるような口調で問うてしまう。どうして、と。
「編成所はあまり好きな場所じゃないんだ」
真鉄にとって、そこは好きな場所ではない。忌々しい場所だ。だからどうしても顔が険しくなってしまう。そんな険しい表情をしているところなんて見せたくない。好きな子には格好いいところだけ見せたいだろう、と軽く茶化して言う。
「好きな場所じゃない……?」
「そう。……ほら、あそこはパーティ登録もするだろう?」
編成所では探索者の情報を一括で管理する。現在生存して活動している探索者に限った話ではない。死亡した探索者の情報も含まれる。
誰と誰がパーティを組み、探索を進めているか。どのパーティが何階まで進んだか。何階で誰が死んだか。そういったことをすべて記録して管理している。
それはつまり、真鉄にとって『仲間を失って1人になりました』なんて情けない報告をしに行った場所でもあるのだ。
この世界に召喚されたその日、自分を含めて4人いた。そのうち1人が欠け、それでも進んで誰も至らぬ上層階まで到達し、そこで足止めを食らって。
そしてそこで2人の仲間は殺戮者と破壊者に殺されてしまった。自分はどうにか殺意の手を振り払って無傷で逃げ延びた。そうして自分の無力さを呪いながら、仲間を失ったという報告を提出したのだ。
その記憶は鮮やかだ。仲間を失った瞬間を夢に見てしまうほど鮮明に。
「仲間を失ったあの時の自分の無力さはよく覚えてる。だからね、どうしても好きになれなくて……」
だからわかってくれ、と理解を促す。本心を隠して、ただの我儘のように振る舞う。
霖を置いて一人で行くのは、得られた情報の内容によっては致命的だからだ。いつに死亡した探索者だということがわかれば、彼女の自我は混乱をきたす。彼女に自分自身が帰還者であることを自覚させてはいけない。その時、人間だと思っていた反動で何が起きてしまうか。そのリスクは極力排除したい。
この怪物には目と耳を塞ぎ、都合のいい話だけを口に放り込ませておけばいいのだ。それ以外は与えてはいけない。首輪をつけて手綱をつけて、しっかり飼い慣らさなくては。
そんな冷めた計略をめぐらせる本心など隠し、自分の情けなさと対面する苦のことを全面に押し出して説得を試みる。
「でも、犯人の殺戮者と破壊者は討たれたじゃないですか。だからその、えっと」
真鉄の仲間を殺したという破壊者たちは討たれた。真鉄によって。彼は自分で仇をとったのだ。その時点で無力を呪う気持ちは精算されたといっていい。
だからそれほど思い詰めることもないのでは、と言葉を続ける。つまりその、だから、と言いよどむ。うまく言葉が出てこない。言いたいことが伝えられない。いつもフォローされているから、少しくらい返せればいいのにと思って喋り始めたのに、これでは逆効果だ。情けない。
「……うん。ありがとう」
言いたいことは伝わったよ。そう言って、肩を落とす霖の頭を撫でる。
湿っぽい雰囲気になってしまった。この話はこれで終わろう。話を切り上げ、淀んだ空気を嚥下するようにサンドイッチの最後の一口を飲み込む。ローストされた肉と野菜の組み合わせが美味なサンドイッチだった。パンの塩気が強いことが欠点か。味の感想を述べつつ、よいしょと立ち上がる。
「でも、ついてきちゃダメだからね」
「え」
「格好いいところだけ見せたいんだよ」
そこはわかってくれ、と有無を言わせない圧力で微笑みかけた。




