その日、夢を見た
――その日、夢を見た。
目が覚めたら知らないところにいた。
本当に、驚くくらい唐突に。気がついたらここにいた。自分がその前後に何をしていたのかすら思い出せない。寝て起きたのか、落とし穴に落ちたのか、何かの扉を開いたとか。
とにかく認識しているのは『ここは自分がいた世界ではない』ということ。どこか別の世界に連れてこられたという認識が漠然とある。
そして、知識も。
気がついた時にすぐ近くにいた3人がパーティないしチームないしグループないし班ないし、とにかく『仲間』であること。
ここは『塔』で、自分たち『探索者』の目的は塔の上に登らなければならないこと。塔の上には扉があり、鍵が存在すること。扉の先には『何か良いことがある』ということ。過酷な道中を地獄とたとえ、その地獄から解放される一種の解放感もまた褒賞のひとつであること。
歩き方、暮らし方、戦い方。『この塔を登る』ということにおいて必要な知識をいつの間にか知っていた。本に栞を挟むように、明らかな後付けで。後付けであるという直感もまた、『初めからあったもの』だ。
元々、持っている知識に後から必要な知識をくっつけた。機械に『塔』というプログラムをインストールするようなものかもしれない。
ならばこれらの知識はプリセットなのかもしれない。『探索者』とやらのソフトを動かすために、自分というハードに書き込まれたデータ。
ともかく。
「久しぶり、トトラ。シシリー。フェーヤ」
「……おう」
仲間として召喚された相手が自分の顔見知りでよかった。おかげで腹を探る必要がない。
『元の世界』で仲間であった3人だ。懐かしささえ感じる。自分は彼らの取りまとめ役としてあれこれ動いたものだ。だが、その時の記憶と今この時の間の記憶が繋がらない。リーダーとして彼らを取りまとめ、そしてそれから何がどうなって今ここにいるのだろう。
確か、と記憶をなぞるも、途中でノイズがかかったように不明瞭だ。その間に起きた真実は塔の頂上にあるだろうとノイズが告げる。
「……塔を登らなきゃいけないのよね?」
「そうだね、シシリー」
後付けの知識として刷り込まれた認識で天井を見るシシリーに頷く。
ここは召喚の間と呼ばれ、探索者として召喚された人間がまず降り立つ場所だという知識が頭の中にある。この部屋の唯一の出入り口である回廊を抜ければ探索者編成所に出て、そこで探索者としての情報を登録する。そうしてから町で準備をして、それから塔に登る。
不思議なことに、それは最初から『そういうもの』として頭の中にあるのだ。
「やだぁ、こわぁい」
「フェーヤ。『塔を登らなかった場合』、どうなるか知っているだろう?」
「そうだけどぉ」
探索者として召喚されたのだ。塔を登らなければそれは存在意義に反する。それをしない者は見下され、なじられて当然。石を投げられもするだろう。
刷り込まれた認識は実感を伴わずに知識だけを与えてくる。不思議なものだ。
「……まったく、とんでもない話じゃないか」
***
そして時間は飛ぶ。
水があった。複数の階層の床を抜いて作った巨大な湖。底が見えないほど深く彫り込まれた中に濁濁と水が溜まっている。
沈黙するかのようにその水面は静かだ。静寂の水は何も語らない。ただひたすらに沈黙を守っている。
「死んだフェーヤのためにも、頂上に登らないと……」
「焦るな。俺たちはルッカだ。焦って事を仕損じたら笑い者じゃないか」
■階。そこで自分たちの探索は止まっていた。上階への階段はすぐそこにあるのに、そこに登ることができない。不可思議な難問をどう突破するかで足止めを食らっていた。
足りないものがあると言われ、追い返された。灼熱をはらむ精霊に焼かれ、トトラの片腕は呪われ、動かなくなってしまった。
灼熱の呪いから逃げるように階を降り、そして進む手段を考えて幾数日。湖の水は澄んでいるのに、自分たちの探索は不透明だ。
――その光景に、真鉄は見覚えがあった。
ざわりと肌が粟立つ。これは夢だ。神の視点で見ているそれは、過去にあった出来事のリプレイ。
だからこそ、この後に何が起きるかを知っている。この後、誰がどうなってしまうかを。
嫌だ、やめろと叫ぶ。声は出なかった。真鉄の意思を無視してリプレイは続いていく。沈黙の明鏡止水に起きた悲劇を再生する。
静寂を破ったのは悲痛な悲鳴だった。ひらめく刃が静謐の空間を赤く染め上げていく。赤く赤く、赤く。石畳の溝に沿って血は流れ、湖へと流れ出していく、
血にまみれ、崩れ落ちる躯。その真ん中に立つ刃を携えた怪物は――……。
――世界を破滅に導く破壊者だった。