何もかもが偽りだらけ
「それにしても」
定期報告は終わった。あとは時間潰しの雑談でもしよう。それにしても、とサイハは話題を振る。
それにしても、よく好きでもない女と恋愛の真似事ができるものだ。
男としても探索者としても完璧な男として演じるその胆力は驚くものがある。あの完全帰還者をより飼い慣らすために恋人関係になってみると言い出したのも真鉄だ。
見え透いた演技などすぐに露呈してしまうのではというサイハの危惧をよそに、真鉄は完璧に望む役割をこなしてみせた。あの完全帰還者は純粋に真鉄を信頼している。
そう。何もかもが偽りだらけ。霖には何一つ真実を与えていない。
優しさも愛も、理由も理屈も。何もかもが偽りだらけだ。偽りで染めて嘘に沈めた。
ただ、『それが一番手っ取り早いと思ったから』という理由で真鉄は愛を語り、優しさを騙る。
これ以上の成果が望めないとわかれば、前言を翻して別のアプローチを試すだけだ。一定の成果が得られているので続けているだけ。収穫がなくなれば無感情にその手を振り払うだろう。
よくもまぁそんなことができるものだ。必要に迫られて愛想を振りまくことはサイハにもあるが、ここまではやらない。愛想笑いで恋愛はできない。それができる真鉄に感嘆すら覚えてしまう。
そんな振る舞いをしていたら多少なりとも愛着がわくかと思ったが、そんなことはない。必要に応じてあの完全帰還者を殺してみせる。完全帰還者としての能力に変化がないかを検証するために、殺害して再生能力を検分する。
飼い慣らすための偽りの愛だけではない。周囲からルッカとしての期待を受け、それにふさわしい振る舞いをすることもだ。
英雄らしく立派で、ルッカらしく最強で。それでいて三枚目のような態度で親しみやすさも見せる。
サイハが要求するまでもなく、完璧に役割をこなしている。素晴らしいことだ。
「これくらいわけがないよ。こんなもの、仲間を守れなかった屈辱に比べればね」
守りたかった。守れなかった。目の前で破壊者と殺戮者に奪われた命。
あの時の自分の無力さを思い返すだけで吐き気がする。何がルッカだと自分を呪ったものだ。あのままその場で死んでいたら、その呪いで完全帰還者となっていただろう。それくらい強い自己嫌悪と自罰衝動だった。
その時の思いに比べればこのくらいわけがない。周囲の期待に沿った言動も、正体不明の怪物に偽りの愛を吐くことも。なんと簡単なことだろうか。
「……そう」
「じゃ、僕はもう行くよ。僕の可愛い霖を愛でないといけないから」
***
しん、と沈黙が落ちる。密談の時間は終わりだ。第三者が介入しないようにまじないをかけて隔離された場所を提供してくれた精霊に礼をひとつ。
「ドウイタシマシテ!」
「巫女ノ頼ミダモノ、コレクライオ安イ御用ヨ!」
きゃぁきゃぁと歓声を上げる金色の光がサイハの周囲に集まってくる。
この金色の光は精霊だ。精霊が自分の姿を隠すためにかける迷彩魔法の残光によってこのように金色に輝く。
「探索者ヲ導ク巫女ノオネガイダモノ……当然デショ?」
「あら。私が巫女だから乗ってくれたの?」
「ソウヨ!」
でなければ人間の言うことなど聞くものか。嘲笑うように金の光は舞う。
探索者を頂上に導く者。この世界の輝ける星。『塔の巫女』だからこそ頼みを受けてやったのだ。
そう言い放つ精霊に肩を竦める。巫女となってから長い付き合いなのだが、精霊とはまだ対等になれないようだ。
ルッカが完全帰還者を飼い慣らしているように、自分もまた簡単に精霊を飼い慣らせればよいのに。道は長い。
「ファウンデーションは順調。それは何よりだけど……」
精霊が定めた筋書き通りに世界は進んでいる。物語の主人公も主人公らしく役割に徹している。
いやはや。ここまで長かった。軌道修正に60ヶ月をかけてしまった。なんとか筋書き通りに修正したものの、今度は謎の完全帰還者というイレギュラーが発生してしまった。まったく頭が痛い問題だ。
完全帰還者など2人いれば十分なのだ。そのうちの片方は封印し、残りは首輪をつけた。3人目の完全帰還者などいては困る。どうにか対処しなければ。しかし対処の方法に見当がつかない。
「……私はこの世界を維持しないといけないのに……」
精霊が定めた筋書き通りに。駒を配置して、動かして。望ましいとされる結末に物語を牽引していく。
それが巫女の役目だというのに。どうしてこう上手くいかない事態が発生してしまうのか。
せっかく軌道修正のために偽りを吹き込んだのに。