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農園天国

作者: ZIRO

「俺は末の坊主だから、この一番痩せた土地でいいや」


「いやいやアーク、四男だからって遠慮するな。それにその西の森には魔物も出る。俺は狩りも得意だから、魔物にも対処できるし農地も少しでいい。俺がこの痩せた土地をもらう」


もうかれこれ半日は話し合いが続いている、とある村のとある家。


リビングテーブルを囲うのは4人の若い男と1人のまだ幼さの残る娘。


先日、父親が亡くなったフィンガー家では、5人の兄弟で父親の持っていた土地をどうわけるかという話し合いをしていた。


父のジョージは、こんな田舎の村暮らしでありながら広大な土地を所有し、農繁期には人を雇って農業をしていた。


「そうだぞアーク、遠慮するな。お前は手先も器用なんだから、こっちの山側の土地の方がいい。上質な木材が育つから、工芸品に手を出してもいいと思うぞ」


長男のカーズが、細面の顔を力ませた笑顔で、四男のアークを諭す。


「いやいや、山側の土地はカーズ兄だろ」


「そうだそうだ。この家も含む山側の土地は、カーズ兄以外に継ぐ者はないよ!!」


四男のアークが言葉を返し、三男のマーサーがそれに同意する。


狩が得意と言っていた次男のミッツも、髭面を上下に揺らして深く頷いていた。


一番末っ子の一人娘、ミルクだけは、退屈そうに事の成り行きを眺めていた。


「お前ら何度言ったらわかるんだ!!親父の遺言状に書いてあっただろ!!『家を継ぐのはだれでも構わん、お前たち5人で話し合って決めろ』って!!」


もう何度目になるかわからない長男カーズの台詞に、何度目になるかわからないため息を吐くミルク。


もうお夕飯の支度をしてもいいかしら?

そう言おうとしたミルクより先に、次男ミッツの口が開く。


「それを言ったら、さっきからミルクは話に参加してないから、5人で話し合ってることにはならんぞ、兄貴。」


「またお前は屁理屈を。この場にいれば話し合ってるうちに入るだろう。ミルクは特に欲もないし、言うことがないんだ」


「欲がないと言ったら、俺だって欲はない。だからこの痩せた土地でいいと言ってるんだ!!」


「俺もだ!!俺も欲は言わねえからこの痩せた土地でいい!!」


次男ミッツの屁理屈に返す長男カーズに、更に言葉を返したのはミッツではなく三男マーサーと四男アーク。


「何が欲がないだ。お前たちの狙いは丸わかりなんだよ。村外れのサラだろ」


そして、マーサーとアークに反論するのは次男ミッツ。


「な…なにを!?ミッツ兄だってそうだろ!!俺知ってるんだぜ、ミッツ兄がサラに何度も恋文出してるの。」


アークは言葉を強く反論し、ミルクはたぶんもう100は超えただろうため息をつく。




そう、彼らがさっきから言っている“痩せた土地”というのは、村外れにある広大なジョージの土地の中でも更に外れに位置し、美人母娘と評判のサラとその母親の家と面していた。みんなそのサラの家の近くの土地を狙っているのだ。


「んなっ!!ア、ア、アーク!!な、な、な、何を根拠に……」


「ああ、それは俺も知ってる。」


アークに同調する三男マーサー。


「お前じゃサラには釣り合わんぞ」


キョドるミッツの様子を見て、カーズがため息混じりに言う。


「兄貴まで!!」


「そうだな、ミッツ兄みたいな熊男では、小柄なサラを潰してしまう」


「だれが熊男だマーサー!!」


三男マーサーに熊男と言われたミッツは勢いよく立ち上がる。


確かにその大柄な体躯は“熊男”と表現するのが一番合っている。更に、歳に似合わず豊かに蓄えた髭がそれを強調する。


こう見えてミッツはまだ20歳であるが。


ちなみに、長男カーズは25、三男マーサーが19、四男アークが16で、末っ子娘のミルクは14歳。みんな大好き美人のサラも、ミルクと同い年の14歳である。


熊男、次男ミッツが立ち上がったのを合図にしたかのように、四兄弟の話し合いは兄弟喧嘩に一瞬で燃え上がり、だれが何を喚いているのか収集がつかなくなった。


ミルクはこれが今日最後のため息になるといいなと思いながら、リビングを後にしキッチンへ向かった。


「表出ろやコラァ!!」


もう誰の怒声なのかも気にせずに。






「お兄ちゃんたち!!静かにして!!ご飯できたよ!!」


ミルクがリビングに戻ると、部屋の隅で四男アークが蹲り、長男カーズと三男マーサーが次男ミッツに掴みかかっているところだった。


3人とも鼻血を垂らし、フリーズしてミルクを見ていた。


「お前、よくこの状況放置して飯作ってたな」


ミッツにぶら下がったままポツリと呟くカーズ。




「ていうかさあ、みんなそんなにサラちゃんが好きなら、告白すればいいのに」


「ぶっ!!!!」


「んな!!なななにを言いだすんだミルク!!」


「べ、べべべ別にそういうんじゃねーし!!」


「お前ら、わかりやすすぎるだろ」


ミッツは吹き出し、マーサーは裏返った声で妹に言い返し、アークは明らかな同様で否定する。


長兄カーズだけは落ち着いて、わかりやすすぎる弟たちに気の抜けたツッコミを入れつつ、テーブルの真ん中の惣菜に手を伸ばす。


「ちょっ!!ミッツ兄ぃ、きたない!!」


吹き出したミッツに布巾を投げるミルク。拭いてやる気はないらしい。


動揺しまくりのミッツは、ベストポジションに飛んできた布巾を取り落とし、ハエが手をこすり合せる如く慌ただしい動作でテーブルを拭く。


その様子を見てか見ずにか、いち早く動揺から立ち直った素振りで、アークが口を開く。


「あれだよミルクお前、俺のは…ほら、年頃になってきて色んなことに興味持ってるだろ、だからいろいろさ、教えてやってんだよ!!うん!!」


いや、まだ動揺から立ち直っていなかった。主語が抜けている末弟の言う事を、それでも兄弟たちには伝わったのか、特に疑問符を浮かべている様子はない。


「それが恋文のネタか」


「ここ、恋文じゃねーって!!いろいろ教えてやってんだって!!」


「はいはい」


長兄の落ち着いたツッコミにも、まだ動揺したまま返すアーク。


「へぇ、アーク兄も恋文出してんだ」


「だから恋文じゃね……え!?カーズ兄なんで知ってるの!?」


妹ミルクの言葉に、やっと誘導尋問されていたことに気付いたアーク。


「あ、やっぱそうか。カマかけてみただけだけどな」


「ぬぐあぁぁあ!!!!」


長兄の策にはまって、アークはそのまま椅子から転げ落ちるように床に倒れる。


「ま、俺のも恋文じゃなくて、革の鞣し方とか加工の仕方書いて教えてやってるだけだけどな」


テーブルを綺麗に拭いて落ち着きを取り戻したのか、熊男の次男ミッツがぼそりと呟く。


「ミッツ兄の場合本当にそのぐらいにしといた方が良いよ。見た目のヤバさもだけど年齢的にアウトっしょ」


「なに!!痛っ!!」


せっかく落ち着いた熊男ミッツを、三男マーサーが煽ると、熊男は勢いよく立ち上がろうとしてテーブルに膝を打つ。


「そういうマーサーはどうなんだ?お前だってサラに気があるんだろ?」


1人で痛がる熊男を無視して、カーズは今度は三男マーサーに問いかけた。


「気があるっていうか……ていうか、村の若い衆だってみんな言ってるぜ?サラはこの村どころか、領内の村娘じゃ1番の美人だって。領主様の街にだってあれほどの美人はなかなかいないって。そりゃ少しは気にはなるさ」


素直に好きと言えない年頃なのか、落ち着いて語るように見せて、「みんなが美人て言ってんだから気になるのはしょうがないよね?」という言い訳のようなコメントのマーサー。


だが、ここに来て最も落ち着いた風の意見が出たことで、全員のテンションもようやく落ち着いて来たようだ。


熊もちゃんと腰を下ろし、床に転がっていたアークも還ってきた。


「領内1の美人か。まぁ、母親のユキさんからして美人だからな、当たり前だろ」


細面のカーズは、その角ばった頬に微かな笑みを浮かべて呟く。


「カーズ兄はどうなんだよ?そろそろ結婚考えなきゃいけない歳だろ?」


「俺か?俺はいいよ。親父だって誰がこの家継いでもいいって言ってくれてんだしよ、なんなら土地は全部お前らで…あ、いや、今はまだアレだけど、そのうちの話な。もしそうなったらのな」


「どうした兄貴、歯切れが悪いぞ」


「なんだよ、なんか隠してんのか?」


「まさかカーズ兄もサラを…」


「さすがにそれはない。どっちかというも俺は歳上の方がいい」


次男、三男、四男が順に話したせいか、さらりと好みをカミングアウトする長男。


だが


「え、じゃあやっぱりサラのおばさん?」


ミルクの問いにカーズは一瞬にして表情を失った。わかりやすい。


目を丸くし、何かを言おうと口を開くも言葉が出ず、無意味に辺りをキョロキョロ見渡し


「あー、まー、なんつーかその、うん」


わかりやすい。


「マジかカーズ兄…」


兄弟揃って嘘をつくのが下手なようである。


言葉をなくしたカーズに、マーサーの呟きが留めのように刺さった。




幼い頃、ミルクはカーズに一番懐いていたため、自然とミルクがサラのところへ遊びに行くのにカーズが付き添うことが多かった。


サラが生まれた時にまだ19歳だったサラの母ユキは、当時思春期に差し掛かったカーズから見たら、歳上の綺麗なお姉さんだった。


淡い初恋ではあったが、大人になるにつれて、村外れで貧しい暮らしをする母子家庭の境遇を理解するようになり、いつしか自分が守るんだという使命感にも似た感情が芽生えていた。


父と共に狩りに出かけては、母子の家に寄って獲物を届けたりもした。


サラが美人に成長してくると、サラ目当てに弟たちがサラの家の農作業を手伝いに行くと言うようになり、「しょうがねぇなお前ら」といいながら付き添ったのも、お茶を出してくれるユキの隣にさりげなく座り、世間話をするのが目的だったようだ。


「カーズ兄はよくおばさんと話してたもんね」


と、ミルク。


サラに夢中だった弟たちとは違って、年の離れた妹にはお見通しだったようだ。


「くっ!!まぁいい、お前らもサラ目当てだって認めたようなもんだ。俺も認めよう!!」


さすが四半世紀生きた長兄である。腹の括りが早い。


「とにかくこれで、全員あの痩せた土地を手に入れたいという理由がはっきりしたわけだな」


そう言いながらカーズは立ち上がり、先程まで議論の中心に広げられていた簡素な地図を持ってくる。


「お前ら、片付けろ」


「ちょっ、まだメシ食ってる!!」


「やめとけアーク、この顔になった兄貴は人の言うことを聞かん」


兄の行動に文句を言う末弟に、兄の本気モードの表情を見た次男ミッツが諭す。


ミッツの言う通り、5人分の夕飯が並ぶ食卓に強引に地図を広げるカーズ。


弟たちと妹は、慌てて食器を下げる。


地図は手書きの簡単なものではあるが、父が開墾して手に入れた広大な農地とその周辺がわかりやすく記されている。


土地は南北より東西に少しだけ長く、東から南にかけて山地が囲い、北には農地に適さない岩場がある。


西は山地ではないが森が広がり、時折魔物がでる。


サラの家は、広大なフィンガー家の北西に位置し、魔物の出る森との間は、父ジョージが作った魔物避けの頑丈な石垣と木柵で守られていた。


5人が今居るフィンガー家の屋敷は、土地の1番東、山の麓に建っていて、ここを含む東の山沿いの土地…すなわちサラの家と真反対に位置する土地が、『本家の土地』として後継者が受け継ぐことになる土地だ。


それ以外の土地は十字に仕切るように4分割されているが、妹のミルクはどっちにしても出て行くので、ミルクの土地はいずれ跡を継いだいずれかの兄に返すことになるが。


つまり、4人の兄弟たちが争って居るのは、農地に適さない岩場と魔物が出る森に面した北西の土地である。


余程の理由がなければまず欲しがる者はない。


男なんてそんな生き物だ。




「お前ら、覚えてるか。親父がよく言っていただろう。親父が生まれ育ったという遠い異国の言葉」


全員を見回すように語るカーズ。


目が合った熊男の次男ミッツが答える。


「ああ、覚えているさ。『諦めたら…」


言いながら、隣のマーサーに視線を送る。


「…そこで試合終了』ってやつだろ?」


マーサーが続きを答えた。


「そうだ。男なら、諦めるな。それがたった1人でこの広大な土地を開墾した親父の口癖だ」


「つまり、カーズ兄は何が言いたいんだ?」


アークの問いにニヤリと返すと、カーズはビシッと地図の北西のエリア、サラの家に面したフィンガー家の土地を指差した。


「俺もお前たちもこの土地を、ただ一つねらっているんだよ!!

この村で1番の美人の家の隣の土地を!!

ああ!!みんなライバルさ!!

ああ!!命がけだよ!!」


「おぅ…」


「いやいやいやぁ…」


兄の熱量にちょっとついて行けていないアークとマーサーが呟く。


こうして、フィンガー家土地争奪バトルが勃発するのだった。


運命の女神は、誰に微笑むのか。






3日後、太陽が地平と天頂の中間に来た頃、フィンガー家の広大な敷地の北の岩場に四兄弟の姿があった。


それを遠巻きに見守るのは、妹のミルクと見届け人を依頼された村長。


いざという時に止めに入るために、村の自警団の団長を務める村長の息子と数人の自警団員。というか荒事に対処出来そうな腕っ節のいい村人たち。


そして、事の中心にいながらまったく事情を知らされないままなぜかここにいる、サラとその母のユキ。


自警団メンバーの村人たちも、美人母娘をチラチラ見ては心なしかソワソワしている。


あれから3日後になった理由は2つ。


1つは、あの場の勢いのまま決闘を始めようとした長男カーズに対し、主に四男アークと妹ミルクが「まだご飯食べてるし」とごねた事と


もう1つは、やるならちゃんと見届け人を立てるべきだという次男マーサーの主張により、翌朝村長に依頼に行った際に、2日後ならいいよと言われた事により、今日となった。




「んじゃお前ら、もう一回確認するぞ」


村長は数歩兄弟に歩み寄ると、大きな声で言う。


「武器はなし、関節技で故意に折るのもなし、3人同時に1人にかかるのもなし、地面に倒れた相手を攻撃するのはアリだが10秒以内に起き上がれなければその時点で負け。他にはギブアップするか、ワシらから見て明らかに危険だと判断して止められたら負け。時間は無制限。死なない程度にやりあえ。ま、死んでも自己責任だがな」


「村長、1つ忘れてる。魔法もアリだ」


「おお、そうだったな。お前らは魔法が使えるんだったな。ま、それも死なない程度にな」


カーズによる訂正はあったが、村長によるルール確認も終わり、村長の合図でフィンガー家による土地争奪戦が始まる。


「お前ら悪ぃな、あの土地は譲れねぇんだ……よっ!!」


セリフとともに、玉のようなものを持って掲げる仕草をしたカーズの右手に、握りこぶしより少し大きめなオレンジ色の光球が現れ、気合の入った語尾と共に4人の真ん中に投げ込まれた。


ドゴッ!!!!


爆音と爆煙が上がり、視界が遮られるが、魔法を放ったカーズ自身は苦にすることもなく瞬時にあらかじめ定めていた標的へと向かって駆けた。


「ぐはっ!!」


「誰がやられた!?」


「甘いぜカーズぅ!!」


しかし、直後に上がった苦痛の声は、策を仕掛けたカーズ自身の声で、標的となった四男アークは兄と付けるのも忘れて叫ぶ。


爆煙に紛れて近くにいたアークに攻撃を仕掛けようとしたカーズに対し、直感で危険を悟ったアークが、カーズとの直線上に石を投げただけであった。


それがたまたまクリーンヒットして、アークが調子に乗った声を出したのだ。


ちなみに、今の投石は『武器』にはカウントされない。なぜならアークが得意な土系の魔法には、石を出現させて相手に投げるという魔法もあるので。


「甘いのはお前だよ!!『ウォーターピストル』!!」


爆煙を回避し、大外から回り込んでいた次男ミッツは、アークの斜め背後から水の魔法による弾丸を連射で飛ばす。


「くっ!!『ストーンウォ』ッブファッ!!」


魔法で防ごうとしたが一瞬間に合わず数発食らうも、意地で魔法の石壁を完成させて後続を退けたアーク。


「アークがカーズ兄を退けているってことは、今アークを攻撃しても3対1にはならんな」


ボソリと呟くマーサー。


戦場のセオリーか、長男、次男に続いて三男マーサーまでが、まずは潰しやすそうな最年少の四男アークから攻撃するようだ。


開戦時、アークの対角線上にいたマーサーは、石壁を外に向けて隠れたアークのちょうど背後にいる位置になった。


そこを魔法で狙うべく、両手のひらを前に出して構える。


己の欲望のためには、背後から狙うことも卑怯なことではない!!と言い切る代わりに魔法を放つ。


「『エアバズーカ』!!」


マーサーの眼前で舞っていた爆煙が、渦を巻くようにマーサーのかざした手のひらに集まると、そのまま爆煙を貫きアークに向かって飛ぶ。


「くそっ!!アークめ!!」


しかし、同じタイミングでアークの投石から立ち直った長男カーズがダッシュ。


アークに飛び蹴りをかまそうとしたところに、マーサーのエアバズーカが直撃。


「グボァッ!!?」


カーズの接近に気付いていたアークが吹っ飛んで来るカーズをサッと避けると、カーズはアークの石壁に激突して崩れ落ちる。


「ユ…ユキ…さん…」


「……ま、アリか」


まだピクピクと動いているカーズを見て一瞬思考を巡らせるアーク。


ここでカーズにとどめを刺すことは容易だが、まだ敵は2人いる。隙を見せるわけにはいかない。


アークは、このままカーズを放置して行くことを決めた。


「ぐはっ!!」


が、一応追撃を入れておこうと、アークはあえて長兄カーズの腹を踏んづけてからダッシュする。




開戦からまだ数合経ただけだが、明らかに兄達が自分を標的としているのがわかった。


2人の直線上にいる配置では双方に気を配ることは難しい。


アークは2人を同時に視界に入れられる位置まで動く。


同時に、三男マーサーもアークを追うように地を蹴り走り出す。


次男ミッツは、開いた手のひらの指先をアークに向けて構えた。


マーサーの接近に気付いて、距離を計りつつミッツの様子もチラ見で窺うアーク。


ミッツへの対応はまだ大丈夫と判断したのか、足を滑らせながらマーサーへと向かい合う形で急停止。その勢いで上体を倒し地面に手をつく。


「『トラップウォール』!!」


アークが魔法を叫ぶと同時に、マーサーの足ものと地面が横1m、高さ15cmほどで盛り上がり


マーサーは宙を舞う。


「チッ!!」


「お前のチャチなトラップなどに引っかかるか!!」


アークは、マーサーを躓き転ばせようと仕掛けたのだが、マーサーには読まれて回避されてしまったようだ。


しかし


「『ウォーターピストル』!!」


「何っ!?」


そのマーサーの回避さえ読んで、予め魔法を放つ用意をしていたミッツの水の弾丸が迫る。


「くっ!!『エアシールド』!!」


アークへの攻撃のために発動させた魔力を、瞬時にミッツの攻撃に対する防御へと転じる。


しかし、瞬発的な風の防壁だったため、ミッツの攻撃のいくつかはマーサーを掠めていった。


着地したマーサーへとアークが攻撃し、回避、反撃しようとしたマーサーへミッツの攻撃が飛ぶ。


マーサーへ向いた隙にミッツへ攻撃するアークだが、ミッツの誘いだったのか読まれていたのか、カウンターの反撃をくらい吹き飛ぶが、立ち直り反撃する。




「親父……あれはなんだ?」


フィンガー兄弟の戦いを遠巻きに見ている自警団の団長である村長の息子が、父親の村長へと問う。


当然の疑問だろう。はっきりいってただの村人の戦闘ではない。


一撃必殺の魔法攻撃が無尽蔵に飛び交い、尚且つそれを食らっても即座に反撃するタフネスぶり。


「奴らの父、ジョージってのは、遠い異国の人間らしい。それも、陸や海を越えて行けるようなところじゃねぇ、別世界のようなところから来たって話だ」


「どういうことだ?魔族かなんかか?」


「さあな。けど、そう言われたって納得できるわな。何せこいつら、コレで加減してやがるってんだから」


「はぁ!?マジかよ!?」


「ああ、一応命のやり取りはナシってルールは守ってるみてぇだからよ」


村長の息子は父親に向けていた視線を再びフィンガー兄弟の方へと戻す。


同時に、初撃のような爆発が起きる。


どうやら長男カーズが戦線に復帰したようだ。


開いた口がふさがらないまま、村長の息子はフィンガー兄弟のバトルを見守った。




村の衆たちから少し離れたところで、フィンガー兄弟のバトルを見守るのは、彼らの妹のミルクと、事の中心人物のサラとその母親のユキ。


ミルクはいざという時のために、2人を守れる立ち位置にいた。


そのため、ユキの頬を流れる涙に気付いていなかった。


「ママ?」


隣に立つ娘のサラが、母の涙に気付いた。


「あ、ごめんね。まるで、まるで『あの人』そこにいるような気がしてね…」


母の言う『あの人』が誰なのか


サラは知っていた。




太陽は天頂を過ぎて西に傾き始めた頃。


フィンガー兄弟の大喧嘩は最初の迫力は無くなっていた。


4人とも魔力が底をつき、肉弾戦に突入すると、3人vs熊男ミッツの状態になっていた。


もちろん、3対1はルール違反なので、3人はそれぞれ牽制し合うように、時々他の兄弟を攻撃していた。


しかしもう限界なのか、4人は見合ったまま動かず、意地だけで立っているようだった。


「ミルクちゃん、そろそろいいかしら?」


「そうだねおばさん」


疲れて立っていられなくなったのは戦っている兄弟だけではなく、見ている方も同じようで、観戦していたユキとサラの母娘と、4兄弟の妹ミルクも、手頃な岩の上に腰掛けていた。


「サラ、ちょっとここで待っててね」


「え?うん」


ユキは娘のサラにその場で待つように言うと、立ち上がる。


「あ、おばさん、サラちゃんミルクと一緒に行くよ」


「そう、わかったわ」


「え?」


「サラちゃん、行こ」


ミルクは、サラの手を取ると、見届け人として来てもらっている村長たちの方へと歩き出した。


ユキはその様子を見届けて、まだ睨み合う4兄弟へと向けて歩み出す。


「村長さん」


「おお、どうしたミルク嬢ちゃん」


「おばさんがそろそろ止めようって」


村の男衆は、座っている者や中には飽きて寝てしまっている者、一旦帰ってまた来た者など、わりと自由だった。


「そうか。あ、ちょうどさっき村に戻った奴が茶を持ってきたんだ、飲むか?」


「わぁ、ありがとう。サラちゃん、お茶もらおっ」


「え?あ、うん」


自由である。




「で、俺たちゃこのままでいいのかい?」


「うん、おばさんの話が終わるまで待ってて」


「わかったよ」


村長はそう言うと、ミルクたちにおかわりのお茶を注ぎ、茶菓子代わりに用意した木の実をポリポリかじった。




「ユキさん?」


ユキが近づいて来るのに気付いて、長男カーズがポツリと溢す。


「貴方達に、少し聞いてほしい話があります」


「え?」


「今、スか?」


ユキは、兄弟達の反応を無視するように語り出す。


「貴方達のお父さん、ジョージさんは、この世界とは別の世界から来た事は、しっているわよね」


「まぁ、はい」


代表するように、カーズが答える。というか、ユキへの対応は自分がするんだと、さりげないポジションキープである。


「実は、私もそうなの」


「え!?」


「マジで!?」


「ウソだろ…」


「えぇ!?」


「本当よ。ほら」


言って翳したユキの手のひらから、ハラハラと白い何かが舞い落ちる。


「氷雪系…」


「そう。世渡り人とその子孫にのみ使えると言う『魔法』を、私も使えるの。興味ないし、夏しか使い道ないからあまり使ってこなかったけど」


「そう言えば、夏にやたら冷たい飲み物出してもらったっけ…」


マーサーが呟き、ユキ対応ポジションを奪われたカーズが一瞬マーサーを睨む。


「じゃあ、向こうの世界で親父と何か関わりが?」


ポジション奪還に成功するカーズ。


「いいえ、出会ったのはこちらの世界に来てからよ」


ユキは、ジョージとの出会いからこれまでを語り出した。






ユキ…坂本雪絵がこの世界に来たのは、いや、来てしまったのは14歳になったばかりの頃。


16歳で成人するこの世界では、もうすぐ大人になる歳だが、元の世界ではまだまだ教育を受ける義務のある子供だった。


当然、心細く恐怖と不安にかられていた。


そんな時に出会ったのが、ジョージだった。


ジョージはすでに結婚していて、長男のカーズも物心ついて、次男ミッツが生まれた頃だった。


ジョージは自分の家の隣に小屋を建て、ユキを住まわせた。


幸せな暮らしだったとユキは語るが、その目はどこか違うことを思っているようだった。


それから数年後、唐突にユキは家を出て行くことになった。


ユキが突然言い出したことではなく、『大人』3人の合意だった。


その頃、ジョージの妻はミルクを妊娠中で、カーズは10歳。


ユキも18歳になっていた。


様々な意見が出たが、ユキはジョージが開墾した土地から少し離れた何もない場所に、小さな一軒家を建てて暮らすことになった。


家は、ジョージの妻が村人に頼み込んで手伝ってもらって建てた。


それから半年後、ミルクが生まれ、その三ヶ月後にサラが生まれた。


どちらも、ジョージによく似ていた。






「え……じゃあ、サラは…」


掠れた声を漏らしたのは、次男の熊男ミッツ。鼻血でヒゲがカピカピになっている。


「そう、貴方達の妹になるわね」


「やっぱり、そうだったか」


当時の記憶があるカーズは、なんとなくそんな気はしていたようだった。


なにせ、サラとミルクはよく似ていて、双子の姉妹のようだと言われていたから。


4兄弟、今日2度目の衝撃である。






ユキの話は続いた。




ジョージ…倉本丈司は、高校3年に上がったばかりの春、17歳でこの世界に渡った。


元の世界では引きこもりがちな高校生だったが学校には行っていたらしい。


その当時の知識からなのだろうか、ジョージは『チーレム』という謎の言葉を連呼していたと言われている。


その言葉は、元の世界の言葉だというが、活発な女子中学生だったユキは知らない言葉だったという。


そんなジョージは、この世界に来てからいくつもの街を転々として、行く先々で女を作っていたと、ユキはのちに村人から聞いた。


30歳になる手前で、魔物に襲われていたところを助けた縁で仲良くなった行商人の娘と結婚して、身を落ち着かせるためにこの村に居着いた。


しかし、村でも何人もの女に手を出したため、村外れの山の更に向こう側、まだ開墾していない荒れた土地に追いやられた。


その頃、カーズが生まれていたため、ジョージの妻は我慢してジョージについて来たが、夫婦関係は拒絶していた。


カーズとミッツに年の差があるのはそういう理由らしい。


荒れた土地に追いやられたジョージだが、しかしそこは絶倫男の有り余った体力により、数年で村一番の農地に開拓してしまった。


妻にいろいろ拒絶されていた鬱憤ばらしもあったのかもしれない。自業自得だが。


そして、村八分にされて数年後


真面目に働く夫の姿を見ていた妻は、少しずつ許すようになり、夫婦関係が再構築された証が2人目の子供として生まれた頃、雪絵と出会った。


雪絵は今のサラのように誰が見ても美少女だと頷く容姿をしていたが、ジョージも当時すでに30代も半ばになっていたこともあり、ジョージの妻は夫の説得に折れて、隣にユキを住まわせた。


しかし、男の本質は変わるものではなかった。


ユキとの不倫が発覚したことで、ジョージの妻はついに離縁を決意。


しかし、末の子が生まれて8歳になるまでは一緒に暮らすと言った。


この世界では、概ねどの国、どの地域でも16歳で成人となるが、特にこの辺りの地域には、その半分の8歳頃から男児は狩猟に、女児は家事手伝いや野草採取などを覚え始める風習がある。


それまでは自分の手で育てるのだと言う。


また、ミルクが生まれた当時は、ミッツ、マーサー、アークもまだ幼かったこともあるだろう。


ジョージがユキと再婚するのならなんとか育てられるかもしれないが、いきなりユキにそんな負担をかけられないと思ったのだろうと、ユキは当時を振り返る。


そして、ジョージの妻は、8歳になったミルクをユキに預けて出て行った。


不倫発覚当初は険悪だったジョージの妻とユキの2人の仲も、元々は仲が良かったこともあり、いつのまにか妙な連帯感というか絆が生まれ、以前よりも深まっていたとか。






「親父、とんでもねぇゲス野郎じゃねぇか」


アークが地面に拳を打ち付ける。


ユキの話を聞いた4人とも、やり場のなり感情を抱えて、その場に座り込んで黙ってしまった。


いや、1人だけ新たな決意を燃やした目で立っている者がある。


「そう言うことなら、やはりこの土地は俺が貰う!!」


両の拳を握りしめてイキるのは、長男カーズ。


「サラが俺たちの妹なら、お前らはサラとは一緒になれん。だが!!俺はユキさんと!!」


「ごめんなさいね、カーズくん」


「え……?」


ユキさんと、どうするともまだ言っていないのに本人に遮られてしまうカーズ。


「私も、ジョージさんが居なくなってしまったこの土地からは、離れようと思うの」


「……….え?」


「本当はね、あの子が生まれてすぐに離れるつもりだったんだけど、ジョージさんがどうしても面倒見させてくれって聞かないし、あの人からはミルクちゃんの面倒見てくれって頼まれてたし、だから元々サラとミルクちゃんが16歳になったら、ここを離れるつもりでいたの」


「ええええええええええ!!!?」


ユキのカミングアウトに、4兄弟の絶叫がこだまして、この一件は終止符を打った。




後日、ジョージの元妻の紹介で出会った男性が迎えに来て、ユキは幸せそうな笑顔で旅立って行った。


隣の領主のお抱え商人の元で修行した男で、2年ほど前に自分の商店を持ち、店が安定する頃には身を固めたいと考え始め、同じ商人として繋がりのある、ジョージの元妻の父を通してユキを紹介したのだとか。


領主お抱え商人ともパイプのある、安定した生活が保障されている商家へ、コブ付きで結婚できるとは、なんとも恵まれた話である。





結局、いずれは出て行くであろうとのことで、痩せた土地はミルクの名義となり、山沿いの本家は長男カーズが継ぐ形で、あとはそれぞれ適当に選んだ土地を受け継ぐこととなった。




後にジョージの他界を知った青年が数人、遺産をよこせと現れるのはまた別のお話。

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