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第二章 北の佳人

 ピトロが館の扉を叩くと、使用人らしき白い肌の若い男が主人の待つ部屋へ案内した。


出迎えるように立ち上がった痩せぎすの男は、浅黒い肌に黄色や赤色の珍しい色調を基本にした衣服を着込んでいた。

霜を戴き始めた頭と、充血して濁った眼球は、長年の苦労を垣間見せる風貌である。背筋を伸ばし、しっかりした足取りで歩み寄ってきた主人は、ピトロの手を取って歓迎の意を表わした。


「ようこそいらした、封師ピトロ。わしの名はクムジェン・アディ。この館の主人です」

「こちらこそ、よろしくお願いします」


少し(なま)りがある。

ピトロは手を握り返した後、絹を敷いた床に腰を落とした。隣にヴァッツが座すと、主人も向かい合う形で足を組んで座った。


それから、ピトロと主人は言葉を何度か交わし、病気で臥せっているという依頼人の妻の部屋に案内されることになった。


中に入ると大きな天蓋付きの寝台が目に付いた。部屋の中央に配置しているそれには、白い女が金髪を散らして横たわっている。

半円型のステンドグラスから入る僅かな光。寝台とネフリート製の花瓶。


簡素な部屋は、寂寞(せきばく)として妙に幻想的であった。


「妻のサレーヌです。ここ数日意識がありません。医者のいう話では息を引き取るのは時間の問題だそうです」


女はまだ若く、明らかに館の主人とは異種族だった。

おそらく北の出身だろうと肌の色から推測できる。

ヴァッツも師に続いて女の顔を覗き観たが、息を呑んでピトロの外套に顔を埋めた。


女は美しかった。


透き通る頬に薄い唇。細い首筋に骨ばった鎖骨。だが、その美しさは、生きた人間の美しさではない。この部屋のように夢幻で、置物のように動かない人形のようだった。


ヴァッツは、物を見るように人間を見た。生気のないその姿は同じ存在だと認識できない。

ピトロは隠れるように(すが)り付いているヴァッツに、慣れた手つきで背中を軽く叩いてやった。


「綺麗な方ですね」


何人も病人や死体を見てきたはずのピトロだが、溜め息交じりに言った。主人は他意のないピトロの褒め言葉に顎を引く。


「えぇ、私が某諸国で調度を買占めに足を運んだときに見初めまして、口説き落とすのに苦労したものです」


言葉の最後は鉄面皮が少し崩れて緩んだ。


「これほどお綺麗な女性なら、夢中になるのも無理ありませんね」

「えぇ・・・。思えばあの時が一番、私達にとって幸せな時期でした」


主人は愛しむように、屈みこんで女の額にかかった髪を払おうとする。


「私は奥様がどんな方か知りませんが、こうやって見守ってくれる人がいるのは幸せなことだと思いますよ」

「・・・そうだといいのですが」


そして、伸ばそうとした手は・・・女に触れられることなく下ろされた。


ガチャリとドアの取手が傾いた。びっくりして振り向いたヴァッツは、入って来たのが先程の使用人の若者と分かり、息を吐く。そうすると気分も落ち着いてきて、やっと自分が師に縋り付いていることに気づいて恥ずかしくなった。


(何びくついてんだろ、俺。かっこわりぃ)


できるだけ周囲の人間に気づかれないように、そっと黒染めの外套から指を離す。


「旦那様。想師がいらっしゃいました」


途端にヴァッツの体が強張る。


「わかった、すぐに行く。お前はピトロ封師を部屋にご案内しろ。・・・それでは、失礼します」


使用人の男に目配せして、主人は部屋から出て行った。


「な、なんか忙しそうだね」


さっさと部屋を退室した主人が扉を閉めると、ヴァッツは動揺を誤魔化すように言った。


「仕方ありませんよ。想師の説明を聞く必要がありますし、いろいろ都合があるのでしょう」

「すみません。どうかお気を悪くしないでください」


男は控えめに謝罪するのに対し、「お気遣いなく」とピトロは如才無く返した。


男は固い姿勢を緩めることなく、ピトロとヴァッツを与えられた部屋に案内した。

大きな部屋だった。唐草模様の調度が壁際に置かれ、鮮明な色調の絹が天井に掛けられている。


「では、こちらでお休みください。お暇でしたら主人が書斎を開放しておりますので、ご自由に使って構わないとのことです」

「あっ、俺行きたい」


昼間から部屋でじっとしているなんてヴァッツには想像もできない。本を眺めるのも苦痛ではあったが、まだ部屋にいるより良い。


「では、ご案内いたしましょう」

「ヴァッツ、くれぐれも粗相のない、良い子にしているのですよ」

「わかってます!」

子供扱いされて頬を膨らませつつ、ヴァッツは男の背を追いかけた。

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