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第四章 蘇る記憶

ヴァッツは少女に導かれるまま冊子を探して、暗くて異臭の立ち込める牢獄を通り抜けていた。


そして何階か上った先の清掃の行き届いた場所で、ヴァッツの光具とともに冊子はそこにあった。


想像以上に順調に事を成し、あんなに触るのさえ恐かったそれを大事に抱え、来た道を辿っていた。


(なんだか気持ち悪いくらい順調だな・・・・)今までの経験からそんなことを思っていた矢先。

もうすぐ一階という所で、暗部の武器に足を取られて、階段から転げ落ちていた。


早くから監視されていたのかも知れない。そう思った時には遅かった。


とにかく気配がなかった。顔を黒い仮面で覆った暗部は鞭で足を封じた後に、無造作に黒い袖から刃物を抜いて襲い掛かってきた。しかし、心臓に振り下ろされた刃物はなぜか途中で静止し、後から来た加勢によって暗部は頭部を殴られて動かなくなった。


恐る恐る見上げると、鍵束を両手で抱えたあの青年神父が息を切らせて立っていた。


「あ・・・ありがとう」


ヴァッツが白フードに連れ出された後に、トスティンによって助け出されていたらしい。

正義感の強い神父は、子供達がちゃんと逃げた後も心配になって見回っていたのだとヴァッツは察した。


「いえ・・・本当に良かった」


脱力するような笑顔をみせた青年神父は、ヴァッツを助け起こした。

まさかこの神父に助けられることがあるのかと、少し失礼なことを考えながらヴァッツは笑顔を返す。


「誰だかわからないけど、頼もしそうな人に助けられてね。その人が君を探していたみたいだから合流したかと思っていたんだけど・・・・会っていないのかい?」

「会ったよ。だけど、用事があるみたい」

「君みたいな小さな子を置いて?」


信じられないという悲しそうな神父を見て、ギョッとなったヴァッツは急いで首を振った。また、泣き出されてはかなわない。


「大丈夫だって、信じてくれたんだよ。本当だよ」

「・・・そうなんだね」


不思議そうな顔をした神父は、ヴァッツを見つめて嘘がないとでも思ったのか納得してくれたようだった。

ヴァッツは、気づけば自分の手を見つめていた。体に眠っていた強い聖創力が頭に浮かぶ。


神父はそんなことは露知らず、爽やかにはにかみ、「助けられてよかった」とか「頭痛治まったみたいだね」と、嬉しそうに話していた。


「そうそう、それにしても、危機一髪だったね」


適当に神父の話を聞き流していたヴァッツは、「えっ?」と聞き返す。


「いやだって、君に襲いかかっていた人が一瞬止まってくれなかったら、君は死んでいたかもしれないよ」


「えっ?そうだったっけ?」


物騒なことを笑顔で話す神父に思わず米神をおさえながら、さっきのことを思い返すと、確かに一瞬暗部が硬直したように見えたような気もした。


「なんでだろうね」


考え込む神父を余所に、ヴァッツは倒れて動かない暗部を見て、ふと振り返った。


「・・・・・!?」


ヴァッツは咄嗟に頭を抱え込んだ。頭を掻き毟られるような痛みとともに、様々な映像が浮かびあがる。脂汗が浮かび、細かく体が震えだした。


「ちょ?えっ大丈夫?」


神父の慌てた声を聴いたが、ヴァッツはそれどころではない。


・・・・視線の先には、骸になった少女の遺体が無造作に倒れていた。


暗部は驚いたに違いない。

同じ顔が二つもあったのだから・・・。


栗色の少女の髪は黒ずんでガサガサにほつれ、死後何日かの死体は腕が外れ腐乱していた。ただ、ヴァッツを見つめるように開かれたままの瞳はガラス玉のように不思議と透徹していて綺麗だった。


その瞳に吸い込まれるような錯覚に身を任せ、じっと少女と視線を絡めると、ぐるぐる脳が回転して押し込めていた記憶がびっくり箱のように中から飛び出した。


少女が親友で、城での官師見習いの教育を一緒に受けていたことも、良き相談相手であったことも全部。恥ずかしいことにようやく、彼女が自分を心配していたから傍にいたことが分った。


このまま思い出すこともなく、無残に殺され死んだことも知らずにいたらと思うと、ヴァッツは罪悪感でいっぱいになる。


ずっと、長い間大切な友達だったのだ。


『記憶がないから困ったことなんてない』なんて口が裂けても言えない。そんな大切な記憶がたくさんヴァッツの中に存在していた。


それは一瞬だったが、ヴァッツには何年も長い時間のようにも感じた。

痛みが消えたヴァッツは、心配そうな神父に「なんでもない」と返事して外に出ようと促した。


二人で建物の外に出る頃には、兵士が子供達を保護している光景が目に入った。中には青い外套を着て立派な馬に跨る姿がある。


あぁ、国が動いている。ヴァッツはそう思い安堵した。

近いうちに、中に潜んでいた暗部も捕縛されることだろう。  


ヴァッツは迷わずピトロの行方を追うことに決めた。神父は病院に行くよう勧めてきたが、行く所があると逃げるように別れた。


ヴァッツは少女のことを思い出しただけではとどまらず、忘れていたすべてを思い出していた。

とにかく、会わなければと駆り立てる思いがある。

レグレットが黒いドームのように集結している場所を時計の針が指し示していた。

人物お尋ね時計の長針はまっすぐその同じ方向を指し示している。


(この針の指す方向に親父はいる!)


ヴァッツは走った。

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