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第四章 怨念の館

更新遅れてすみません。

前回、誘拐されたヴァッツは救出され、黒い冊子を探すことを決意しました。

そして今回は、ボーゼスの依頼を受けたヒースのお話です。

ヒースとルルドは同時にため息をついた。

二人がいるのは、第五地区にある邸の前。ボーゼスに呼び出された場所だった。


第五地区にある邸は立派な造りではあるが、錆びれているので周りの景色と馴染んでいる。通りがかる人間がいないのは、その周辺に漂う重いじっとりと絡み付く息の詰まりそうな空気を察してなのだろう。

ヒースとルルドはその理由である異様な邸を唖然としながら観察し、もう一度ため息を漏らした。


「まるで、レグレットの集会ですな」


邸を囲むようにレグレットが密集している。どれもひどい恨みを抱えて凶暴に変じている。

猛り狂うどころか発狂している様な・・・・非常におぞましい光景である。

邸に一匹も侵入してないところを見ると、入れないように何か邸の周りを細工しているようだ。その狂気の矛先が他者に向かうことなく、何の被害が出ていないのはまさに僥倖ともいえた。


「レグレットの集会か・・・・。冗談が冗談に聞こえないな。本能的に群がっているようだが・・・」

「レグレットを呼ぶ、甘い蜜でもあるんですかね?」

「あのボーゼスのいる場所に、よく『甘い蜜』だなんて表現ができるな」

「考えられないからこその、一縷の希望をふまえた想像ですよ」

「気持ち悪くなる一方だ」

「・・・まぁ、確かに」


いつものようなふざけた会話がふつっと途絶え、ヒースもルルドも真顔になる。


「私は生まれながらの聖創力があるから、レグレットに触れられる心配はないが、ルルドはどうする?まさか、私を護衛するお前がついて来られないなんて言わないだろうな?」


邸の入り口まで辿りつくには、当然レグレットの大群に接触せざる負えない状況である。「聖創力なくして対処できないなんて言わないよな?」というあからさまな嫌味を言う護衛対象に、ルルドは獰猛に笑う。

体から発せられた気迫は隣のヒースをじりじりと圧迫するほどに膨れ上がった。


「問題ありませんよ。正面突破するだけです」


そして、ルルドは刀剣を鞘から引き抜いて、駆け出した。ヒースはそれに笑み、ゆったりと後に続き、歩き出した。


両手で刀剣を構え直したルルドは体に纏った(たぎ)るような力を腕に集中させ、邸の入り口の鉄扉に向けて振り下ろす。大気が刀剣を中心にうねり、渦を巻きながら直線状にいる数十体のレグレットを吹き飛ばし散りじりにした。


入り口までの数十歩の空間ががら空きに変わり、加速するルルドがそこへ突っ込み、邸から標的をルルドに変更して素早く対応したレグレットを片っ端から切りつけていく。暴れ獅子が全てをなぎ払って突き進むかのような圧倒的なパワーにレグレットが押されていく。

一方ヒースは、ルルドが空けた空間を散歩でも行くかのように歩みを進める。


ヒースが到着する頃には、ルルドがレグレットの入れない範囲に到着して待っていた。

聖創力を体全体に纏うことができるヒースは、レグレットを浄化して進むのも途中で面倒になり、レグレットに絡み憑かれて泥団子のような有様になっている。

屋敷の軒下まで到着すると、レグレットが壁のようなものに弾かれ、ぬるぬる剥がれていく。


ルルドは気持ち悪そうにその様子を見つめると、邸内の扉を無言で開けてヒースを導いた。

邸に足を踏み入れると、様々な人の気配を察して二人は視線を合わせて頷く。


赤・黒の縞模様のタイルやジグザグ模様の壁。緩やかにカーブを描く鉄の階段。


・・・沈鬱な静けさが邸を支配していた。


ロングケース・クロックの白の文字盤の針がカチリと振れると、薄暗かった室内にポッと明かりが灯り、人の姿が浮かび上がる。


・・・・長い足首まである純白の法衣で身を覆ったボーゼスが立っていた。


「よく来てくださった。これで私の孫は救われますね」


この状態で歓迎の意を表すボーゼス相手に、ヒースも完璧な作り笑いで応戦する。ヒースの後ろで控えたルルドが面白くなさそうに鼻を鳴らした。


財務官長室潜入後、行方不明の子供については、中々無視できない件数の被害届が城に寄せられていることがわかった。それから間もなく、ボーゼスが子供を攫ってどんな悪事を行っていたのか、トスティンから手に入れることができた。


その話に耳を傾けていたルルドは怒り、同時に今まで知っていたのに黙っていたトスティンを攻めた。

しかし、主人でもないヒースに、暗部のトスティンが全ての情報を渡す義務などない。むしろ、これほどの情報を流してくれることが異例ともいえる。

だが間違いなく、トスティンから聞いた内容はあまりにも邪悪で、愚劣な欲のなせる愚考だった。


「このような埃臭い邸でご不満かとも思いますが、孫を蘇らせて頂いた暁には、心を尽くした晩餐の用意もしております。どうか、どうか、今日はお願い致します」

「えぇ、わかっておりますとも。心配はございません」

「さすがですな・・・・心強い。因みに・・・・外のレグレットが邪魔だったと思いますが、よく後ろの護衛の方は来られましたな?」


暗になぜ聖創力を持つヒースだけで来なかったのかと非難めいた意思を感じたが、「鍛えておりますので」と、ルルドは答えるに留めた。ヒースを一人で来させたかったのが見え見えではあるが、忍耐が必要な時もある。今がその時だと、ルルドは腹に力をこめた。


「それにしても立派なお宅ですね。このような場所にご招待いただけるとは光栄です」

「申し訳ありません。ヒース様をお呼びするような場所ではないとわかっておりますが、事情が事情ですのでこのような別邸になってしまいまして」

「お気遣いなく」


「別邸?レグレットが大量にいる手入れの行き届いていない町はずれの邸に呼び出しやがって」というヒースの内心が透けて見えたのか、ボーゼスは恐縮したように気持ち悪い笑顔を深めた。


ボーゼスも、子飼いの暗部がいる。おそらくヒースの真意にも、とっくに気づいているはずだ。しかし、お互いそれを噯気にも出さず終始笑顔を崩さなかった。


ボーゼスは挨拶が終わると、まるで急かすかのように、早速孫の遺体があるという場所にヒース達を連れていくと言い出した。

言われた通りボーゼスの後に続きながら、抜け目なく辺りに気を配っていたルルドは、ひっそりヒースに耳打ちする。


「周辺に二、三十。それと邸外にはちらほら隠れているようです」

「多いな。全部子飼いの暗部かな?」

「いえ、邸内でいいますと約十人は、ただのボーゼス一派の聖職者でしょう。気配をうまく消せない素人です。しかし、なにより広い邸ですから、まだ何十か人がいると考えていいでしょうな」

「・・・人海戦術で私を捉えるつもりかな?」


ヒースの赤い目に険が篭る。


「そうかもしれませんが、せいぜい、死なせないように頑張りましょう」

「よろしく頼む」


一人でも肩が擦れるほど狭くて薄暗い階段を下り、二人が連れてこられた場所は窓のない地下室だった。


前方中央に小さな赤黒い祭壇があり、その上には、意味ありげな巨大な銀の聖杯が祭壇を踏みつけるように乗っていた。ボーゼスの手燭に照らされて眩しく輝いた聖杯内部を覘くと、煤のついた黒い人骨が収まっている。


「・・・これが孫の遺灰です。さっそくで恐縮ですがお願いできますでしょうか」

「・・・可哀想に。それにしても、お孫様だけでよろしいのですか?」

「・・・というと?」


疑うような眼差しのボーゼスが、ヒースを見上げる。


「確か、あなたの娘様とその婿も同じくして亡くなったとお聞きしておりますので」

「ヒース様に何人も生き返らせてほしいなど、大それたことは望みません。跡継ぎだけで十分です」

「私は大丈夫ですよ」

「いいえ、孫だけで結構です」


目をぎらつかせながらも、ボーゼスは笑みを浮かべて首を振る。その様子にヒースは意地悪く笑みを深めた。


「そうですか・・・しかし困りましたね。あなたの娘様とお孫様は同じ時に同じ場所で亡くなられたはずです。この遺灰がお孫様だけのものだと、言い切れるものでしょうか。混じったりとかは?」

「ご心配には及びません。それは孫の遺灰です」

「ほぉ・・・・しかし、変ですね。私の調べでは、お孫様含む娘のリディアンご夫婦とボーゼス殿は数年前から別居してたはずですよね。死の原因となった火事の現場にあなたはいなかった。遺灰で孫だとわかるのも縁者だからですか?すごいですね」


ヒースは流れるように辛口に述べると、それまでの上品な笑みを剥がして、口を吊り上げていた。

・・・遺灰が孫のものだと分かるのは、火が付いた時、誰がどの部屋にいたのか、事前に知っていた人物だけだ。当時家にはその家族3人しかいなかったことは、調べではっきりしている。・・・・となると、それを知っているのは、火をつけた人間かそれを依頼した人物のみ・・・。


今から三年ほど前。ヒースは大聖堂の脇にあたる奥まった死角に、子供を守るように抱えて死んでいる男を見つけた。

子供は無傷で気絶しているだけだったが、男は全身ひどい火傷で力尽きて息絶えたようだった。

ペントラルゴには、早くに両親を亡くした子供を預かる保育施設が存在する。しかし、身元のはっきりしない子供は法王付きの暗部として育てられる場合もあった。しばらく考えたが、結局独断で男を生き返らせることにした。


そして、不運なことにすでに周囲の人間が、一度死んだ男のことを覚えていなかったため、男はまともな人生を歩めなくなっていた。すぐに男が姿を消したのでその後どうなったのか知らなかったのだが、再会してから聴いた話によれば、子供の記憶を消してから友人に託し、それから暗部として働いていたという。


三年ぶりに登城した時には本当に驚いた。

なにせどういう因果かその男の子供に会った直後だったからだ。

男の顔を見るまでその子のことは忘れていたが、その男・・・・トスティンのことは妙に記憶に残っていた。蘇生した直後の滾るような憎悪を貼り付けていたあの男が、このボーゼスの言葉を聴いたらそらぞらしい嘘に鼻で笑っていただろう・・・


落ち窪んだボーゼスの目が持ち上がり、邪悪な曇った瞳でヒースを凝視した。


「・・・・孫を・・・・助けてくれないつもりですかな?」


ヒースは「いいえ」とゆったりと首を振った。


「始めます。下がってください」

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