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第四章 日食の追想

色々なことが明らかになる、第四章のはじまりです。

今回は、自分にないものを追い求めた男、トスティンの回想話です。

 太陽が影に食われる現象を見て「おかしいものだ」と感慨に耽った。


もう、うろ覚えではあったが、子供の頃に太陽の半分が食われた時は町中すごい騒ぎになった。凶荒が起こる印だとか。伝染病が流行って人間が死ぬとか、とにかく悪いことが起こると信じ込んでいた。


それから十数年後、今度は太陽が丸ごと食われて外周だけ残されている。隣で空を見上げる白い外套に身を包んだ丸鼻の中年男は、古い記憶には見当たらない表情でそれを見上げていた。


視界は暗くなったがその顔だけははっきり視認できる。


「楽しい?それとも感動してんの?」


相手の口が弧を描いて持ち上がったのを見て、問いかけた。すると、丸鼻は白い外套に似つかわしい邪気のない笑顔で頷いた。


「このような奇跡の瞬間に立ち会えて、感動しています」


草原の小高い丘の上で、俺とそのルイースフェルの聖職者、あとは幾人かの同僚だけがそこにいた。木々もほとんどない地で、周りを見渡すと俺達以外の存在は確認できない。


不思議なことに、災厄の兆候とも言われているこの現象の最中、辺りは静謐ともとれる雰囲気を醸し出していた。そして、影から滲み出てきた太陽は、しばらくすると元通り大地を照らし、輝きを放った。


「・・・・美しかったですね」

「ただ暗いだけさ」


そう俺が言うと、丸鼻は眉間に皴を寄せて笑うという器用な顔をする。


「影がある。だからこそ存在を確認できるのですよ。暗いからこそ、光を感じられる」

「俺には、理解できない」


丸鼻はすっかり黙ってしまった。


「俺の国ではあれは凶兆だと云われてきた。それなのに綺麗だとは思えそうもない」


今度は二人で黙り合った。


この丸鼻は、丘の上から大地を一対の澄んだ目で見渡していただけだったが、この何もない大地で隣の俺の存在も感じていないはずがない。

どこにでもいる顔面油ののった男だが、この聖職者は清々しいとさえ思わせる雰囲気を持っていた。


成人してから入隊し、自慢の身体能力のおかげで、いつのまにか兵士として昇進した。そして、気づけば城に呼ばれた客人の、このペントラルゴから来た聖職者を送り届けるため護衛の任を任されることとなった。けして裕福とは言えないし、大陸の中では小国の部類に入る国で生まれ育った俺は、初めて外国の地を見渡している。


「時に先入観は真実を隠し、そして人の可能性を閉じてしまいます。この現象でいえば、美しいものからただ目を背けているだけなのです」


日の力が戻った大地は輝きに満ちていた。その中で響く聖職者の声は深みがあり、その声を使って大地が訴えかけているようだった。


「確かに、何年か前に太陽が食われた時に変事は起こらなかった。しかし日が照らなければ全ての作物は死に絶え、そして人も生きていられなくなる」

「そう、だからこの現象を皆が良くない前兆だと疑った。つまらない先入観です」


空を見上げていた同僚達が、徳の高そうな聖職者の話に聞き耳を立てていることに気づいた。まだ旅路の途中、しかも村や町も見当たらない丘で、皆が足を止めてただ人の話に耳を貸していることは普通ではなかった。


潔斎とは無縁の血生臭い軍の規律のもとで生活している人間達が、俗悪な女の話以外で熱心に話しを聴くことなど今までなかったはずだ。


「日が翳るからこそ、日の光の重要さがわかるのです。そして、美しさを知ることができるのです。真実の付随しない形を見ていては、自分の魂を汚すことにも繋がります。先入観に捕らわれてはいけません」


・・・・さすがは聖職者。


体に馴染むように説教が心にも馴染んだ。そうして、同時にこんな人間がたくさんいるというペントラルゴ国に興味を抱くこととなった。


人の数だけ思想があり、信仰で統制しようともずるずる雑草のように気づけば微妙に違った思想が根をはっている。それが現実ではないだろうか。それこそ、救いの国とまで人々に言わしめるペントラルゴで、先入観はどんな形で根をはっているものやら・・・。意地の悪い考えさえ浮かぶ。



 この丸鼻の聖職者を無事にペントラルゴに送り届けると、気づけば俺自身もその地に残ることを決意していた。




・・・・・それからのことを思い出すと、眩暈がする。



足元に転がる白い女が妻を殺し、自身も一度心臓を止められた。そして、今は、女が心臓を止めようとしている。奥歯に自害用の毒を隠していたらしく、体が痙攣し、白かった肌も徐々に土の色が混ざってきていた。


 妻になった女は意思の強い強固な信仰を背負った人間だった。


もとから神を信じない人間だったため、その思想は自分に馴染むことはなかったが、彼女の人間性を愛していた。しかし、その彼女・・・リディアンの父親は、娘の神への信仰とは大きく反れた悪い思想をもった雑草だった。


・・・ボーゼスだ。


 本来善い心をもって祈りを捧げる信仰であるはずが、邪悪な心を持ちながら女神の恩恵を受けているボーゼスはさらに恩恵を欲しがった。そして、祈るのではなく金で聖創力を得ようとして子供を売りさばいた。


妻がそれを知って黙っているはずがなく、父親と離れて息子と三人暮らしを始めてからというものの、父親に罪を償わせようとして、挙句殺されてしまった。



 女の肩に乗せていた足を退けて、鋭く光る針をしまった。


ちょうどその時、扉を煩く叩く音と一緒に「トスティンいるんだろう?」と妻の声に似た子供の甲高い声が部屋に響いた。

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