第三章 主従の憂鬱
「ヒース様、私達はいつから空き巣になったんでしょうね」
窓の手摺に縛り付けた縄をつたって、よじ登りながら、ルルドは嘆き悲しむフリをする。
足下を見下ろすと、城内の様々な建物の屋根や遠くなった地面。そして、下から同じように縄を登る司教を拝すことができる。
「人聞きの悪いことを言うんじゃない」
ボーゼスの収入源を探るべく、ヒースはまず領有地事情に目をつけた。そして、今ヒースが向かう部屋には高位聖職者の領有地に関する資料の並ぶ財務官長室がある。ヒースはそこに忍び込むつもりでいる。
そのため、気づけば城の外壁からよじ登る羽目になっていた。
「しかし、何もヒース様がこんなことする必要なんてないでしょう。それこそ、あの暗部に任すべき仕事ですよ、これは」
ヒースが行くのならお供しなければならないルルドは好奇心半分、呆れる半分で従っている。しかし、今は運悪く雨。ヒースは視界が悪くなって見つかりにくくて良いとでも言いそうだが、生憎ルルドにしてみれば気分が乗らない原因の一つだ。
おまけにしゃべっていると、口の中に雨が入る、縄は滑るとくれば猶更である。
目当ての部屋に窓から、見た目のわりに軽く跳び入ったルルドは、人の気配がないのを確認してヒースを招き入れた。ヒースは無事部屋に侵入すると、結構いい年の男がむっつりしていることに顔をしかめる。
「何だ?この話をした時はその気だったくせに不満か?」
「普通は誰でも綱登りとか泥棒みたいなことはしたがりませんよ」
「普通?お前は普通というより奇人・変人の部類だから当てはまらないだろう」
聖職者のくせに嫌味たらしい声音で話すので、ルルドは可笑しくなるのを堪えて反論を試みる。
「私が普通かどうかは脇に置いておくとして、問題なのは、奴らの仕事を代わりにしているのが気に食わないだけです」
「あぁ、そこか」
「わかっていただけましたか?」
「いかに暗部が嫌いかってことはね」
ヒースの手がルスフェルの絵柄の描かれた白壁に触れる。すると、そこから壁に切れ目が入って二つに割れる。
「隠し通路。お約束ってやつですな」
「胸が弾むだろう?」
「もしかして、暗部ではこれが開けられなかったからわざわざご自分で?」
「暗部っていう存在を飼っているだけに、その住処ともいえる城内の機密は探りにくくなっているんだよ。でも、この国は本当に聖創力に頼りすぎてるね。ちょっと聖創力を上手く使える人間にはほら簡単に」
壁の割れ目から細い通路が伸びていた。
「守りすぎる秘密は危険です。それが大きな悪事なら、猶更。そう考えればいい感じに緩くていいんじゃないですかね。なんせ貴方の一族くらいでしょう、そんなに上手く聖創力を使えるのは」
「違いない。・・・・・そういえば、この国の秘密とは、我々にとって固いようで緩いものだと言ってたな」
「法王様が、ですか?」
「そうだ。こんなセリフを言うのは、伯母上か父上くらいだろう」
「確かに」
隠し通路を抜けた先の部屋に、二段に分かれた本棚が置かれ、領地分けされた資料が保管されていた。その他金庫らしいものから高価な置物などが並んでいる。ルルドは背中に背負っていた袋からカンテラを取り出して火をつけてそれらを照らす。
「また、後ろ暗そうなものがたくさんありそうですなぁ」
「臭いものに蓋をする部屋だからな」
「領民から規定されている租税より多く巻き上げてたりするんでしょうね。きっとボーゼス以外にも」
ルルドは何気なくとった資料を開いて眉が寄る。
「財務官長はその悪徳聖職者からたくさん賄賂を巻き上げているけどね。でも、聖職者たちはそんなに多く巻き上げているわけではないよ」
「それを避けるために、地方に監察官が派遣されてるからでしょう?でもこの数字は、『そんなに』と言えるもんじゃありませんよ。でかい屋敷でも買えるんじゃないですかね」
ボーゼスの領地に関わる資料に目を通しながらヒースは苦笑する。
「租税はそれほど高くしていなくても、大勢から回収すれば大金になるからな。それに、監察官は法王直属の暗部だから腕はいいよ。それでも取り締まれないのは、事が露見していないからでなく、そういう要領のいい聖職者が多すぎるから取り締まりようがないってだけだ」
「頭が痛い話ですな」
「それでも、目にあまるぐらい領民から金を巻き上げている場合は裁きの対象になるはずなんだ。だからこそ、ボーゼスが羽振りの良すぎるのが気になるわけだけど、他の聖職者ぐらいしか徴収していないらしいし・・・」
溜息混じりに手持ちの資料を閉じようとして、思い直したようにまたページを開く。
「どうかしなさったんで?」
「・・・・ルルド、ここにボーゼスの領地における戸籍を写したものがあるんだが・・・」
手招きするヒースに誘われて、ルルドは覗き見る。
「子供の数が少ないみたいですな?」
「あぁ。それと聞いた話しなんだが、市内でレグレットが暴れた時に子供が行方不明になることが多いらしい。大方、火事とか災害に襲われたからだと思ってたけど」
「ボーゼスに関係があるんじゃないかと?」
「そうでなければいいけどね。ほら、この前ヴァッツが奮闘したレグレットの騒ぎの時も、子供を捜す声が聞こえただろ。もしかして、頻繁に行方不明になっているんじゃないかな」
蝋燭に灯った火のようなヒースの目が、火事場の炎のように光を強めた。
「ヒース様、これこそ関係ないことかもしれませんが、ちょっと見てくれませんか?」
ルルドの手には、他の資料類と比べられないほど厚みのある本を開いて見せた。
「二十年前に正常政策が行われる少し前なんですけど、国庫が急激に減っているんです」
「正常政策における想師の育成に使われた額とも思えないし、時期も合わないか・・・」
「正常政策に少し敏感になってる私の勘違いだと思いますが、一様報告しようと思いましてね。でも、この金の使い道についてはどこを探しても見当たらないんです」
「国庫についての資料は法王が管理している場合もある。ここにはないかもしれないな。それについては関係ないかどうかもいえないから、とりあえず子供の行方不明者について調べよう」
「わかりました」
持っていた資料を元にあった位置に戻して、ルルドはカンテラを取り出した袋からタオルを取り出す。そしていそいそと床を拭きだした。
「泥棒に入って、掃除して帰るってのはどうなんですかね・・・」
ヒースは手伝いながらも、ルルドに顔を見られないようにしている。おそらく笑っているのだろう。
「・・・仕方ないだろ。いくら天候が悪くても、財務官長の出席している聖会議は今日を逃すとしばらくないんだから。それに泥棒と言うな、泥棒と。こんな親切な泥棒がいるか?」
「いませんな。しかし、涙が出ますよ」
「それは涙ではなく雫だ」
ヒースとルルドは雨に濡れた服と、濡れた床もちゃんと拭いて、その場を離れた。




